【育児】赤ちゃんが泣いていたら可哀想じゃない|0y1m|C-11
2025年の秋に男児(第1子)が生まれました。
赤ちゃん育児の記録を すこし遅れて 投稿しています。
赤ちゃんが泣いていて、どうにもこうにも泣きやまないとき。
「わたしのやりかたが悪いのかな…」
「わたしだって泣きたいよ!!」
と、ナーバスになりがちではないでしょうか。
赤ちゃんは「泣くのが仕事」ともよくいわれますが、今回は赤ちゃんが「泣く」ことについて論じていきます。
赤ちゃんは「泣く」のが仕事
赤ちゃんという生き物は、よく泣きます。
喋ってなにかを要求することができないので、
・おなかが空いた
・オムツが気持ち悪い
・あつい
といった「要求ごと」は、すべて「泣く」ことで発信します。
その他、要求がなくても
・おなかがなんか不快
(便秘気味、軟便気味)
・夕暮れ時に暗くなって不安
・なんか今日はちょっと寂しい
・何かがいつもと違う(不思議に思う)
・からだがなまって、ちょっと発散したい
といったことでも、よく「泣く」のです。
赤ちゃんが泣きだすと、
「いけない!泣いちゃってる!」
と慌ててしまうものですが・・・
泣くこと自体は問題ではなく、むしろ赤ちゃんは「要求」や「感情」のもとを「発信できている」ということですので、正常な状態です。
悪魔の言葉 「かわいそう」
さて、ちかくに年長者(たとえば赤ちゃんの祖父母など)がいるときに、赤ちゃんが泣きだした状況を想像してみてください。
「あらぁ、こんなに泣いて。」
さぁ、つぎの言葉です。
衝撃に備える姿勢をとってください。
↓ ↓ ↓
↓ ↓ ↓
↓ ↓ ↓
「あらぁ、こんなに泣いて。
可 哀 想 に 。」
この瞬間、登場人物は
・可哀想な赤ちゃん
・可哀想な目に遭わせている親
・それを指摘する年長者
という構図になります。
そして「あぁ、わたしは、なんてひどい親なんだ、親失格だ、人間失格だ」と、自分を責めてしまうのです。
でも大丈夫。
赤ちゃんが「泣く」ことは「正常」な状態です。
誰も悪くはありません。
ところで「可哀想」という言葉をよく見ると、
「想」という文字が入っていますよね。
「哀しい可もしれないと想う」
と書いて、「可哀想」です。
すなわち「かわいそう」というのは、発言者が「想ったこと」であり、個人の感想にすぎません。
一方で、わが国・日本においては、思想の自由と表現の自由が保障されていますので、言ってきたひとに対して、何か特別な感情をもつ必要もありません。
・・・といっても、言ってきたのが自分の実親だと、強く言い返しちゃうんですけどね(笑)
哀しくて泣くわけじゃない
おとながボロボロ泣いていたら、なにか哀しいことがあったのかもしれません。
でも、赤ちゃん、とくに新生児期においては、泣いている理由は冒頭に書いたとおり「なにか要求があるとき」がほとんどです。
わが家のボウヤの泣きかたを観察した結果として、「喜怒哀楽」が泣きかたの違いとなって現れたのは「月齢5カ月になった頃」でした。
それ以前は、赤ちゃんが泣きだすと
「さっきオムツ替えたばっかよね?」
「2時間しかたってないけどミルク?」
「ちょっと夜風にあたってみようかね」
と、可能性の高いそうなものからひとつずつあたっていき、最終的に
「うん、これは理由なんて何もないけど泣きたいやつだ」
となることも多々ありました。
また、泣いて声を出すことで、消化器官が刺激されて、おなか周辺の不快感が解消する…ということもあるのだそうです。
泣いているときの子守歌
赤ちゃんを泣き止ませる歌!といえば。
言いたい事も言えないこんな世の中じゃ Poison
俺は俺をだますことなく生きてゆく Oh,oh
(略)
汚い嘘や言葉で操られたくない Poison
素直な気持ちから目をそらしたくない
こんなにも、赤ちゃんのいる生活を表現した歌詞がほかにあるだろうか、いや、ない。
…というくらい、
「言いたいことも言えない」ため、泣いて発信する赤ちゃんを体現している、良い曲だなと思います。
わが家では、Poisonのほか、パパがこちらをよく歌っています。
きっと 誰だって誰だって あるだろう
ふいに気付いたら泣いていること
理由なんて何も 思い当たらずに
涙がこぼれる
赤ちゃんじゃなくても、誰だって ふいに気付いたら泣いていることがある わけですから、あまり「泣いちゃった!どうしよう!」とナーバスにならなくて良いのです!!
まとめ
毎度、ながい文章をお読みいただき恐れ入ります。
今回は、赤ちゃんが泣いていても、周りから何を言われたとしても、赤ちゃんは「可哀想な存在」ではないんですよ、という主張でした。
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