南米 15日間の旅 (3/3) ボリビア ウユニ編
パタゴニア、アタカマ砂漠に続いて最終編はボリビア ウユニ塩湖です。
前置き
日本人にとても人気のあるウユニ塩湖ですが、私も漏れなく物心ついた頃からいつか行ってみたい旅の目的地の一つでした。
ただ南米は遠くウユニだけにいくのはもったいないと、また今の私が求めていたのは大自然であった為、パタゴニアからチリの砂漠を抜けてウユニに到達する無茶なツアーを選択しました。
一生に一度の遠い秘境へ到達したことに感慨深くもまた再び訪れたいと思える経験でもありました。
ボリビア滞在記
チリからボリビア🇧🇴へ
最終編は前編でアタカマをバスで出発したところからスタート。
2/16(月) ホテルを 8時に出発して 9時にボリビアの国境に到着しました。


ここまでお世話になったチリのガイドとドライバーとは別れて、ボリビアのガイドと、ここからは高地に入るのでお医者さんが同行します。
なんとなくお爺ちゃんのドクターを想像していましたが、可愛げな女性のドクターでした。
ここまで順調に進みましたが、ボリビアの入国で大量の車が待機しており、私たちも待機列に並んで待つことに。列は順調に進みますが、添乗員さんには心配事がありました。日本を出国する前にボリビアのビザを取得できなかった為、入国審査で交渉するしかないそうです。
一抹の不安を抱えながらツアー参加者の入国審査はスムーズに終え、添乗員さんの番になりました。現地ガイドが心配して付き添ってくれています。何やら深刻な表情で話し込むこと 10分ほど、ガラス越しに添乗員さんの笑顔が見えました。
こちらも安堵して合流すると、ガイドさんが入国審査員と知り合いだったらしく、上手く話をつけてくれたそうです。そんな感じで入国審査って通るんですか?とも思いますが、こちらとしては何よりです。

ボリビア事情

ここにはランクルしかないのかと思うくらいこの形の 4WD しか走っていませんが、それもそのはず、この辺りはダカールラリーの舞台にもなった砂漠と舗装されていない道なき道を行く過酷な最終章の始まりです。
ボリビアの生活に根付くランクル

そして悪路だけではなく、ボリビアにはお手洗いが本当にありません。
水道もない場合が多い為、手も洗えません。

インカトイレとも言うそうです
白の湖 緑の湖 足湯処 食事処
そんなこんなで国境を出発してすぐ近くの湖に到着しました。

さらに走ること 20分

沈殿物の銅によるエメラルドグリーンの煌めき
さらに走ること1時間、足湯処兼、昼食会場兼、お手洗い休憩処に到着しました。

水着で入ってる人もいました


ドライバーさんは野菜を細かくカットしてご飯に混ぜて食べていました。

ハイビスカスのゼリーやお茶も定番でした。


ボリビアの間欠泉 赤の湖
次の目的地に向かって荒野をまた走ります。

ボリビアでは 4WD 4台に分車していますが、
3号車の車内は、私を含めた女性 3名と英語を話さない現地ドライバーで旅しています。
車内はドライバーの選曲でボリビアンポップス?がガンガンに流れています。そして観光スポットに到着すると Picture! と言って教えてくれます。

国境を挟んでタティオ間欠泉の反対側に位置するボリビアの間欠泉。高温なので落ちたら命がありません
再度、車に乗って移動していると何やら雲行きが怪しくなってきました。

午後 15時。天候の事などは意に介さず、次の目的地に到着しました。よくある通り雨でしょうか。


赤い湖に同系色のフラミンゴが無数に。ここは黒い尾にピンク色の脚のジェームズフラミンゴが多いよう🦩
さらに進むこと 1時間、料金所でトイレ休憩。

ビジャマールの町 謝肉祭
18時です。ビジャマールのホテルに到着しました。標高 4,000m

夕飯は 19時からということで雨の中、町の散策に出掛けることにしました。


川の近くに町ができるのか




ホステルを営んでいるのでしょうか



私は寒いので帰ります
19時。ホテルに戻って夕飯。



部屋に戻ってシャワーから上がるとなんだか頭が痛い。急いで髪を乾かして暖かくしてベッドに横になりますが 3時頃に目が覚め、明らかに熱があります。高山病だか風邪なのか分からないけどツラい。
ふて寝して目が覚めると5時。汗をたくさんかいていましたが熱は下がった様子。シャワーを浴びて支度している内に気持ちが晴れやかに。
単純な生き物です。
ウユニ
失われたイタリア ボリビアの動物
2/17(火) 朝食を済ませ、7時半にはウユニ塩湖に向けて出発。

9時。今日最初のビューポイントに到着。


少し走るとまたフラミンゴの湖に。


この辺りの岩場には苔が群生しており薬草として使われるそうです。煮出して飲んだり、潰してクリームと混ぜて湿布がわりに、歯の痛み止めに詰めたりして使うそうです。ガイドさんも鷲掴みで持ち帰っていました
さらに走って 10時。


11時。リャマの放牧地


鉱山の町サンクリストバル
12時。昼食会場に到着。まずお手洗い。




少し時間があったので周囲をぐるっと案内してもらいました。



列車の墓場
散策を終えウユニの観光地へ。14時半



かつてウユニ塩湖から塩や鉱物を運んでいた蒸気機関車がチリとの敗戦後に投棄されたままになっています
ウユニ塩湖
15時半。途中長靴を借りて、やっとウユニ塩湖ほとりのホテルに着きました。トイレ、チェックイン。18時の夕暮れ & 星空鑑賞までお部屋で休憩。
18時。まだ陽が高いですが 20時の日の入りまで水の張っているところに移動して、暮れゆく塩湖を堪能します。
日差しが強く、風も強く、マウンテンジャケットの下にインナーダウンと手袋で、足は水の中に浸かりっぱなしの為、カイロを貼って完全防備。


雨季の間は沿岸から 5km まで車で走行できるそう


日暮れまで湖上で用意くださった軽食を頂きました


手元からミルキーウェイが流れ出ているようです
初日からだいぶ満足したので、ホテルに戻って夕食を済ませ、明日の日の出に備えます。
2/18(水) 朝 5時。日の出前に出発。




日の出を堪能したらホテルに戻って朝食。
観光は 10時半からなのでしばらくホテルで休憩。
この日はインカワシ島を訪れる予定でしたが、
水位が高く車で走ることができない為、予定変更となりました。


遠くに白く見えるのが塩湖
コルチャニ村と塩工場
10時半。日中の観光に出かけます。


湖上のピクニック
いざ昼の塩湖に戻ります。





どこからかケータリングカーも合流

一頻り撮り終えたところでホテルに戻ります。
今日も塩湖でサンセットと星空、明朝の朝焼けがありますが、私はもう満足したので全てパスしてホテルのサウナで寛ぐことにしました。

ことが多いようで、サウナはドライとスチームの両方があり、ここのドライサウナは 70℃ の温めです。
水風呂はなくプールも温めなので、なんとなくポカポカしてプカプカ浮いて寛ぐスタイル
20時に皆んなと合流して夕食をいただき、チェックアウトの準備をして寝ます。
翌朝は慌ただしく、7時に朝食、7時半にチェックアウト、9時の飛行機に飛び乗ります。
ウユニ塩湖で役に立つ持ち物
ボリビア通貨
ボリビアのお手洗いは有料でボリビア紙幣のみ。
コルチャニ村では 3ボリビアーノでした。
また、アルゼンチン、チリではUSドルが使えましたが、一部のボリビアの空港の売店はボリビア紙幣のみでクレジットカードも使えませんでした。
ウェットティッシュ、アルコール消毒液
お手洗いに水道がない時に重宝しました。
余ったら現地の方にプレゼントすると喜ばれます。
サングラス
普段はかけませんが、ここはサングラスがないと目を開けていられません。
マウンテンジャケットまたは派手な色のカッパ、細身のトレッキングパンツ
ウユニ塩湖では風や塩水の跳ね返りで衣服が塩まみれになるので、洗いやすいアウターがオススメです。足元は長靴を履くので、その中に入れやすいパンツでないと、歩いている内に長靴の外に出てきてしまってびしょ濡れになります。
また、写真を撮る時には明るい色の洋服が塩湖に映えるので、見栄えで選んでも良いと思います。
靴下2枚履きまたは貼るカイロ
長靴で水の中に立っていると足元から冷えます。
水着
ホテルにサウナやプールが付いている場合は大浴場がわりに身体が温まり旅の疲れも取れます。
帰国
ボリビアとお別れ
2/19(木) こういう時、私たちよりも現地ガイドやドライバーの方が焦っていて、搭乗に遅れてはいけない一心で急かされます。
我らが 3号車のドライバーもいつもならヘラヘラしているのに今日はキリッと無駄がありません。
ボリビアでは現地ガイド、医師、ドライバー 4名に同行して頂きましたが、悪路のドライブやウユニ塩湖での撮影会を通して、ボリビア人の人懐っこさのようなものを感じたので、全員と握手でお別れしました。
直接お話もできて一際お世話になったガイドさんには、帰り際に日本から持って行った飴とアルコール消毒液を手渡しました。水がない時にも手を清潔にできると説明すると喜んでくれていました。ガイドさんともハグでお別れです。
ここからは 三日かけての帰国の旅。


標高 4,000m のエル・アルトで 3時間ほど時間がありますが、町に出るにはタクシーが必要で、あまり治安も宜しくない、且つなんだかお腹の調子が悪くなってきたので、空港のロビーで大人しく待機します。コーヒーを飲みたいけれど我慢。
13時。サンタクルスに向けて出発。
サンタクルスのホテルを満喫
14時。サンタクルスに到着。

サンタクルスは気温 30℃。
突然現れた熱帯ムードに心が置いてけぼりです。
空港からバスで南国感あふれるホテルに到着。



お部屋に入る前に恒例のサウナチェック。
室内プールもいい感じなので、スーパー買い出しはパスして一人サ活に勤しむことに。
ホテルのお部屋は 10室抑えられていますが、
足腰が弱かったり体調が優れない方がフロントに近いお部屋、健康優良児は上層階やさらに歩くお部屋をあてがわれます。
今回ももれなくエレベーターで上がってさらに歩くお部屋でしたので、事前の施設チェックは抜かりなく。
お部屋に入ってここで初めて、慌ててチェックアウトしたウユニのホテルにUSB変換プラグと歯ブラシを置いてきたことに気がつきました。
スマホもモバイルバッテリーも充電できません。エミレーツに乗ってしまえば USB で直接充電できるので、モバイルバッテリーだけフロントに預けて、翌朝まで充電してもらうことにしました。
これで一日は凌げます。大人になったな。
早速お部屋でシャワーを浴びて水着に着替えてタオルを持っていざサウナへ。
その前にウェルカムドリンクでパッションフルーツジュースを受け取り、プールサイドで優雅に頂きます🍹
優雅に南国気分を味わっていたら、プール兼サウナに入るためのチケットが飛ばされてしまったようです。
素知らぬ顔で室内プールに入って行きましたが、受付に誰もいなかったのでそそくさとサウナへ。
下見の時に受付のお兄さんと会話したのでなんとかなるでしょう。
ドライサウナは日本のサウナと同じくらいの高温で 15分の砂時計もついています。
温水プール脇のジャグジーは 40℃くらいあるので、足を伸ばして湯船に浸かりながら中庭を眺めてのんびりできます。
サウナから上がるとさっきまで暑かった外が夕暮れで涼しくなっていました。
部屋に帰って着替えてから夕飯の前にプールサイドで寛いでいると蚊が飛んできてあえなく退散。
夕食の席でもパッションフルーツのジュースを注文し、皆んなで頂く最後の晩餐を楽しみました。
食後は皆んなと同行しなかったスーパーを一人覗きに行きましたが、悩んでいる内にまたお腹が痛くなって来たので何も買わずにホテルに帰ります。

明日からまた帰国の旅が再開。ここからは一気にサンタクルスからサンパウロ、ドバイに飛んで日本へ 30時間のフライトとの戦い。
2/20(金) 今日だけはゆっくり、10時にチェックアウト。優雅に朝食を頂きたいところですが、お腹の調子がイマイチです。
レストランに行くとシェフが卵料理を振る舞っていたので、これは頼まずにはいられません。

焼き方、具材など全てオーダーメイドで作ってくれます
朝食は美味しく頂いたものの、本格的に体調を崩しながら空港までのバスに乗り込みます。
道中ナマケモノが歩いていたようですが、それどころではありません。
腹痛に耐えながら空港に着くと、飛行機が 2時間遅れているとのこと。後から思えば体調が悪かったので、空港で横になって 2時間寝れて良かったかもしれません。サンパウロの乗り継ぎ 6時間も分散されたので結果オーライ👌
時間があったのでお土産物も見てみますが、南米全般的に物価が高く感じます。これは偏に南米の国々と比較しても円の価値が下がっているから。
通貨が弱い国ジャポン。
🇧🇷サンパウロから帰国の途 あとがき
無事サンタクルスを出発してサンパウロに到着。こちらもかなり時間があるのでお店を物色。
アルゼンチン、チリ、ボリビアに比べると若干手が出るお値段、且つパッケージも可愛いのでお土産を買い足しました。
あっという間に搭乗時間でサンパウロからドバイまで 14時間。実に長いのですがエミレーツは快適なので気になりません。帰りの飛行機は新作映画も増えていました。ブゴニアは日本語字幕でもう一度観たい。
🇦🇪ドバイでこれまで旅を共にしてきた皆さんとお別れです。二週間も一緒に過酷な旅を過ごした戦友なので寂しい別れ。
私だけターミナルが違うのでご挨拶をして一人、成田行きのゲートに向かいます。
ドバイの空港でやりたかったことが無料シャワーを試してみたかったので、シャワーのマークを追って扉の中へ。写真で見た通りの室内で広い個室にシャワーしかありませんが、長旅のリフレッシュにはありがたいです。贅沢は言いませんがシャワーはもう少し暖かい方がホッとします。ドライヤーもないのでタオルドライでやり過ごします。
さっぱりしてゲートの待ち合いに行くと成田行きだけあって日本人が多いですね。
ドバイ経由で皆さんどこに行かれたのでしょう。
久しぶりの海外旅行はとんでもなく過酷でしたがこれまでで一番満足度の高い充実した二週間でした。成田までの機内も腹痛に耐え、帰国後も丸二日寝込んでやっと胃痛が治りました。
(その後、油断していたら悪化させてしまい、胃痛・下痢・嘔吐で水分も栄養も摂れず点滴を打ってやっと回復へ…)
治ってしまえばこれに懲りずにまたどこかに旅立ちたいもんですが、これ以上の体験はできるのかな。

🇧🇴経済危機の中での政権交代
ボリビアはアルゼンチンに続き対米協調路線政権が誕生へ。サンタクルスのガイドさんは新しい大統領を好意的に受け止めているようでした。
