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「海の日」の始まりに「みらい」を感じる朝に。

三連休の最終日。

昨日までの喧騒は終わった。

「既存秩序を終わらせて、みらいへ向かう」

個人的には「チームみらい」が議席を獲得した、ただ一点でこの選挙は良かった。

もうシンギュラリゼーションの時代だ。

ホモ・サピエンスの社会は既に一人の政治家、一つの政党によって社会全体を網羅することが困難であり、あまりにも「時」の流れが高齢者と若者で逆行した「激流」の渦を巻き起こしている。

チームみらいが議席を獲得し、政党要件を満たす2%を超えた。

これによって、未来に向かって政治のアップデートが行われる扉が開いたことに安堵している。

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正直、公共メディアも既存政党もうんざりだった。

左翼セクト・盲信カルトの誹謗中傷合戦による二元論的思考停止を操り、どちらに転んでも良い様に

皆、既得権益に群がり、利権の奪い合いと忖度、盲信を保守する事があたかも社会を生きるものの仕事であるかのように振る舞って、まともなことを実行しようとするものは蹴り飛ばされて、爪弾きにされてきたが、

チームみらいに2%以上の票が集まったのは、日本人の中に当たり前の事を当たり前に選択する人が2%以上存在している。

日本人はその2%から過去の大掃除と、未来への再生が始まる事を予期させてくれた。

これで私としては主権者国民としての穏やかな意識と共に、今ここからの日常をみらいから送る事が始まった。

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私たちホモ・サピエンスの体液は海水の比率に近い。それは多元宇宙からこの水の惑星・地球における生命を見つめた時、海とホモ・サピエンスの差など誤差中の誤差にしか過ぎないのかも知れない。

私たち一人ひとりの人生は、ホモ・サピエンスという種族にとって誤差であり、全ては誤差である。

そして誤差こそが生命として実在する意味なのだろう。

その僅かな誤差の連鎖が、歯車のように重なる時、物語が動き出す。

私たち地球に乗った、21世紀を生きる生命のみらい航路、旅路はまだまだこれから。

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「己の執着を手放して、次世代へ譲る勇気」

地位にあったものの周囲は、あなたを知らぬ誰は、それを他人は誰も評価しないだろうが、己だけがそれを理解していれば十分だ。

そして全てを放擲した場所から、今からまた新しい人生を生きる。

恐らく男性で50歳を過ぎても、それが果たせぬまま生きる人を、ある意味私は可哀想に感じる。

私だったら、そのしがらみの中で生きた事よりも、解放された余生の中で死を迎えられる事を、残された時間の中に己だけの自由な意志と選択がある人生の果てとして死という終着点を歓迎できると感じるからだ。

そういった意味で言えば、日本国の「家制度」や、「世襲」、「大企業」「権威」といったものが支配する事を「メディア」や「政治」「グローバリズム」が与えている事に違和感を感じる。

いつまで、それを重ねるつもりなのだろうか?

全ては「放擲」でいい。

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20代の頃よく流れていた「バックス」

ラスベガスにある「Sphere」での講演時の映像だ。

この時代に、生きている。

それなのに、日本の政治やメディアの現状、衰退には絶望感しかない。

団塊ジュニア、氷河期世代の私から捉えた時、発展途上国並みの次元まで転落速度が加速している状態が今の日本国社会。

地球旅を重ね、様々な国家や地域を体験してきた若い日本人には、日本の良し悪しが鮮明に見えているはずだ。

日本国でしか生活したことの無い、日本人にそれが理解される事はない。

全ては、思考ではなく、行動と体験の結果。

そもそもその思考は、過去の因果関係によって形成されている。

両親によって与えられた遺伝子と、地球上の生育環境によって始まっている。

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私が義務教育を、団塊の世代ジュニアのマンモス高で受けていた頃、これらの生命物理科学は教科書のどこにも見つからなかったが、

これから生まれてくる未来の世代にとって、「基礎」となっていく事がお分かりいただけるだろうか?

特に高学歴自慢の権威主義に陥っている人々にこそ、自覚してもらいたい。

東大・京大を出ていようが、発達段階で、実在した情報を共有して、自然や仲間と触れて遊ぶ中に芽生えていく、次世代の感覚が織りなすことへ、

あなたの執着を捨ててみてはどうだろうか?

はっきり言えば、「少子化問題」の殆どは、高齢者の選択によって生まれている。

昨日の参議院選挙においても「比較第1党」として「自民党」が維持されたのは、圧倒的数を持つ「高齢者」がそれを選択した事を「票数」として示した結果。

老人になればなるほど、執着が手放せず、習慣化したことから脱却することがままならなくなる。

一応OTRとして数多くの高齢期、「認知症」を臨床場面で経験してきた。

私としては日本人として、「医療介護福祉義務」があったとするならば、その中で10人分は貢献したと思う。

何故、次世代の日本に生きる同胞の為にそれを譲り、最後を迎えようとは思わずに、預金や資産を溜め込むのだろう?死後は政府に取られる、家族の争いの元になるそれを必死でしがみつき、擁護するのか?

その意識、思考がそもそも「認知症」を己の体内に育む苗床、根源だろう。

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芸術や音楽による表現技法を、己に持つ者は幸福なのだろうと感じる。

人として、生きた感情や体験を創造し、誰かの意識へと届き、つながる事に人生を費やす事が出来るのだから。

今はSNSで、動画で、生成AIで、ボーカロイドで、VRで・・・・

あらゆる人類が人類であることへの可能性が、全ての人に届く所まで来た。

私もこうして、noteに残すことで、ユーザーの他、オンライ上のビックデータに、AIに文字を言語表現を食べさせている。

その先の未来にある、言語情報が人類に与える何かへの波紋、もつれとなる様に。

そして実際、私は私の重ねてきた日々の、その影響が広がっていることを、少しずつ実感し始めている。

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未来から今を捉えた「航路」の上に、ホモ・サピエンス社会における「シンギュラリゼーション」は「軌道線上」を航行している。

過去を見ている人にとってその往路は、激動に見えるだろうが、

未来から今を見据えている人にとって、それは「平常運行」に近い状態だ。

オーケストラの指揮者を思い浮かべてみれば、何となく想像可能だろう。

「みらい」は楽譜の通り、その新楽曲は進んでいるが、聴衆はそれをまだ知らない。

ホモ・サピエンス社会が、学者が、メディアが「シンギュラリゼーション」を語り始めた時は、その楽曲が演奏を終えて拍手喝采が終わり、その情報が会議に登り、採用された後だ。

「風」や「光」、自然界の生物達はいつも私たちの細胞に、呼吸に、肌感覚に流れているそれを知らせているのに、

「盲信」「確信」好きな彼らには、「瞬間」と「己の多元性世界」の領域を無視したまま、「思考」による制御を採択した判断で生きる。

何れにせよ「シンギュラリゼーション」は平常運行で進んでいく。ただ、その平常運行の速度は、前世代の10年が1日である程の、超光速ではあるが・・・。

そのもつれが適正なみらい秩序を偶発的に育む。だからこそ、明日は、みらいは、孤独、苦難や絶望に満ち溢れていても、同時多元的ワクワク、冒険の選択肢に満ちている。

本当にここからが楽しみになってきた。

2%を超える日本人の仲間が、この国にまだいた事にも希望を感じた、今朝の数的事実も含めて。

それは1点の小さな波紋かも知れない。

ただしその波紋は既に実在している事実になった。

青い空と海に、真夏の太陽が登る。日本列島に「夏休み」の季節がやってきた。

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ご愛読、ありがとうございます。
これからもいつ果てるか解らぬこの小生が、残せるだけ「note」にアップロードしていこうと思っております。
あなたの、その更に先にある存在に、明日への静寂、安寧なる心の棲家が、この惑星で人類として生きる全て人が見つけその胸に宿った事を、風が運んでくれる今この瞬間への出会いを、いつも願っております。




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『ホモ・サピエンス・宙唄(そらうた・Sorauta)の独り言』 私は地球生命、生態系、精霊、神々は一つであると捉えています。人類が千年先にも続いていく為にも地球生命体との共存共生は、今人類社会を生きる我々全ての責務です。これからも地球規模で、生態系保全や風土に紐づいた文化、生態系資源を未来へ繋ぐの活動を、皆さんと共に共有して生きます。

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