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【備忘録・無愛の息子】誉めてやらねば人は動かず、任せてやらねば人は育たす、信頼せねば人は実らず。

また今年も「盆」。暑夏の終わり、その日がやってくる。

あの地球人類最大の戦争。80年の地球と人類における記憶。円運動の周期が。

私は、私の与えられた家族へ、その全てやったから、諦めて「放擲」「孤独」を選んだ。

母はその山本五十六の格言を知らなかったのか?或いは興味がなかったのか?それともそもそも私に関心がなかったのだろうか?

母は私へ、その全てを真逆に実行した。そして恐らく母はその自覚がなかっただろう。そして私と世間の中に入り、誤解を溶かし込むための言い訳をするだろう。

私は「孤独」と母からの「無愛」を自認した。絶望的な「家族・血族」であった事実を容認した。

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私の場合、新興宗教系私学文学部出身の両親の「カルト宗教」「マルチ」「スピリチュアル」に満ち溢れた環境を、全般的因果と捉えていたが、

その根底にあるものは、両親の70年安保・学生運動を各々の意識で支持「左翼・共産思想」にこそあった事がより因果の根深さを示している。

更に問題だったのは、成人するまで両親は私に、その事実を「隠匿」し続けようとした。

つまり「事実に向かった子育て」を私に与えなかった。

「ヤマギシズムは、今でも私にとって最も素晴らしかった。」

母は私に別れ際までも、そう語った。

西暦2025年10月末。三年半前、参議院選挙中に起こった事件に対する初公判がある。

それは私の父が亡くなってから約半年後の出来事だった。

相剋とも言える因果関係、時代のもつれ。

60年安保闘争から約22年。

「右・左」「イデオロギー・民族・宗教」という思考による熱狂の渦。

数世代に渡り

もつれあった日本国社会の裏で錯綜した因果は、一つの事件という結果に結び付いた。

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「見捨てた子育てに気づかない両親。それを100%受け止めるしかない長男の私」

父は常に「公安(CIA)」から「無法の軟禁状態の監視」を生きてきたのだろう。

私は大人になるまで何も知らなかった。分からなかった。

自動車の普通免許を取得する際に「戸籍謄本」を見るまでは。

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母は、その新興宗教のエスカレーターだった。女子の短大を含めた進学率すら10%程度だった時代、母は「能力」も「財政」も相当に恵まれていたのだろう。

そしてその「虚無」からの「理性」の「存在自体」が「虚構」「カルト」「マルチ」への「無償の利他」として利用される根源であった事を、生涯気づくこともない。

つくづく残念な「母」だった。

私には「母性愛」という「体験」が無い。ひたすらに私の心は「心の栄養不足と虐待」が繰り返されたという事に、「放擲」から「孤独」を選択した私は幼少期の生育環境と私の遺伝子プログラムが獲得した「事実」を知る事となった。

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母は結局その新興宗教の学校が用意した「学業成績」が得意だった人だ。私にはその「母」しかなかったから、大人になって「すざまじく社会的に有能」な人物であった事を相対的に知る。

文句も言わず、並の人の3倍は働き、処理を続けた。必死で勉強した。

「私は馬鹿だから何も分からない」が口癖だった。

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母の真意は分からないが、恐らく私の子育ても「新興宗教の私学教育」と同じ意識で向き合ったのではないか?

彼女にはその教育と、その教育に費用を払い通わせた、自営業の両親と三姉妹の子育てしかなかったのだから。

「世間に家の秘密は隠す。商売のために。」

それが私の母の家の教えだったと話していた。

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母は「お金」ばかりを気にしていた。

「うちは貧乏だから。」

本当にそうだったのだろうか?「貧乏」と決めつけ、「倹約・貧性」が「正義」というジャッジした場所から生きていたのでは無いだろうか?

母は、私が話す「経営」「投資」「金融」「取引」「資産運用」よりも、「税」「マルチ」「カルト」「スピリチュアル」「奉仕」「寄付」に金を使い続けた。

どうやら宗教系文学部は「金融工学・経済学」や「理数・乗数」を教える事はないらしい。

「褒める」ことも「任せる」ことも「信頼する」こともなかった。

母自身が父や他人から「褒める」こと、「任せられる」こと、「信頼される」事をずっと、誰かから、気づかれることを、潜在的に願い続けていたのだ。

「カルト」「マルチ」はその母の性質に都合よく漬け込んできた。

私は最後まで、母と会話が噛み合わなかった。私は最後の最後まで努力したと私自身認め、諦め、孤独、無から己を生きる事にした。

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恐らく父の親友が、母を最もよく理解していた。ただ母はその親友が大嫌いだった。

そして父が信奉していた、インドの聖者も母をよく理解していた。ただそれも母は大嫌いだった。

そして母は、私たちとの時間、価値観よりも、マルチやカルト好きな友人との時間を大切にした。

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私も間も無く、この地球人類、日本人の両親から遺伝子プログラムとして誕生して、呼吸を始めてから50年を迎えようとする。

父も去り、孤独から己と向き合う生涯を始められた事を、いかなる理由があれ私自身を愛する事を全肯定する気持ちが芽生えた事に、ただ私を許そうと思う。

ナルシストではない。寧ろ対極にある感情。

誰も私を見るものは、愛するものは居なかった。幼少期のトラウマなのだ。

それは綺麗なパズルピースのように私の奥底にあった感情に作用した。

何故、「泣いた赤鬼」の童話にあんなにも固執する感情があったのか?

家族は誰も、「青鬼」としての私をそれを理解しようとはしなかった。寄り添おうとせず、寧ろ私の失敗から学んだ「母」からの「母性」と「母」との関係にとって「兄」は邪魔だった。

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貴方が、これから「育児」「子育て」に携わるなら。

或いは既に「育児」「子育て」に関わってきた人間関係があるとしたら。

この私の人生体験から得た「愛着障害」「複雑性PTSD」の生育記である「note」が、あなた方の先に関係していくであろう未来の因果関係に流れていく「意識」「行動選択」「時空」に繋がっている「愛」のようなものを芽生えさせる事になれば幸いだ。

「思考」「教育」が「少子化」「民族崩壊」「格差社会」に繋がった事は「事実」から解析すれば明らかだ。

そもそもホモ・サピエンスに限らず遺伝子生命の社会構造は、支配者や生命を利用し、搾取する側から見た時、一般大衆にとっての「不都合」で出来上がっている。

つまり、物心がつくまで「子」にとって身近な「親」以外に頼る存在は無く、その機会が大人たちから与えられないまま育った子供は「不安」「心配」「恐怖」が常に根幹に存在する事になる。

これは「後天的に与えられた生理現象」だ。

国家は社会の繁栄のためにも「カルト」「イデオロギー」を「生育環境要因」から積極的に排除し、健全に大人と子の民族社会の絆、「生育環境」を用意するという「最も根幹的な社会づくり」を、今すぐにでも最優先で始める必要があると、私はこの「note」に明記する。

いかなる日本人の両親から生まれても「日本国の次世代を担う社会遺伝子で連なる子孫」である。

国家行政が、その3歳までの生育環境に全集中すれば、その子供たちは未来に適合した活躍をする。

「ガーデニング」や「農業」、他の生命の「養殖」の方が、それを理解するには近いかもしれない。

そもそも私たち自身が「真核生物・地球生態系の一部」だ。

そして「シンギュラリゼーション」が「科学工学」によって「汎用性超越人工知能」の活用された未来社会構造を、瞬く間に切り拓く。

私たちは健全に、次世代の子孫を継承していく、遺伝子生命体として我々の祖先がその集団を形成してから、ずっと紡がれてきた当たり前のホモ・サピエンス社会を生きることへと回帰していくだろう。

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ご愛読、ありがとうございます。
これからもいつ果てるか解らぬこの小生が、残せるだけ「note」にアップロードしていこうと思っております。
あなたの、その更に先にある存在に、明日への静寂、安寧なる心の棲家が、この惑星で人類として生きる全て人が見つけその胸に宿った事を、風が運んでくれる今この瞬間への出会いを、いつも願っております。

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『ホモ・サピエンス・宙唄(そらうた・Sorauta)の独り言』 私は地球生命、生態系、精霊、神々は一つであると捉えています。人類が千年先にも続いていく為にも地球生命体との共存共生は、今人類社会を生きる我々全ての責務です。これからも地球規模で、生態系保全や風土に紐づいた文化、生態系資源を未来へ繋ぐの活動を、皆さんと共に共有して生きます。

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