【ギャルゲー・エロゲー】サブカル・私のオタク「厨二病」から「現実世界」へ救った『リハビリテーションゲーム』とも言えたあるメーカーを振り返る。

以前誰かのママさんのnoteで、「昔のエロゲー音楽がいい」というものを拝見してワクワクした。

「ときめきメモリアル」


今から30年ほど前、ちょうど失われた30年の始まりとなる世紀末へと向かう日本社会。

そこに現れた、ソニーのプレイステーションで流行った学園恋愛シミュレーションゲーム。

しかし今回のテーマはそれではない。


この頃から、家庭用ゲーム機に【ギャルゲー】が汎化されて、オタクのコスプレやキャラクターグッツへの障壁が軽くなったのではないか?と感じる。

もちろん、私は孤独で引きこもりの誰も「同級生」にも明かせない

何せ、卒業文集に「オタクやめろ」と書かれるくらいだったのだから。

最も私自身が、両親の代からカルトや左翼、日本人としてカオス的な因果の全てを背負っている事を、この現実世界を知らなかった私には知る由もなかった。

余談だが、ある意味この宗教やスーフィの人間欲的中心に、『教皇選挙』は歴史と共にあった。

知ってしまったこと、気づいてしまった事から逃げる事は不可能であって、生きることとは死ぬまでただその事実と向き合って生きる事。

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隠されていた数々の秘密と疑念を胸に、ティーンネイジャーだった私はただ、オタクの中に感覚的に引き寄せられていた。

そして、私を本当の意味で救ったのはギャルゲーというよりはエロゲー。

『elf』・『同級生2』


という作品だった。

この作品との出会いは、私に「能動性」というものへの気づきを与えてくれた。

高校三年生の冬休みを過ごす、

同級生に出会って恋愛をする、アドベンチャーゲーム。

私は、このゲームでPCの中にいる私の世界から「卒業」を選択する事になった。

今の若い人は恋愛経験が少ないと聞く。

そういった意味では、

未だにバーチャルな仮想空間や、2.5次元の擬似恋愛に固執して拗らせている人は、

騙されたと思って、蛭田昌人氏のシナリオが描く世界線を体験してほしい。


恐らく長月鉄平氏の「リゼロ」好きな人は、共感覚を得られると感じる。

自らの選択次第で、違った時間軸でifのパラレルワールドに
それぞれ違った現実の可能性が存在しているということ。

蛭田昌人氏や長月達平氏がどんな人生観を両親や家族、運命から感じ得たのか、妄想することにとてもワクワクを感じて生きている。

恐らく、他にもたくさんのギャルゲー・エロゲーを秋葉原へリュックを背負って学校が休みの日に通ったが、

蛭田氏のアドベンチャゲーム以外に、その地獄ループから抜け出すきっかけを与えてくれるゲームは、私軸のシナリオルートには存在していなかった。

私は、高校卒業式の前に、初恋だと思った人に告白して、見事に振られた。


そして振られる体験をした私は、オタク文化からの一端の離脱と共に、

リアルな恋愛を大学デビューすることとなった。


まぁ、そこから先も紆余曲折。

結局両親の親ガチャで全ては決まっている「宿命」からは逃れられない今にたどり着くが、

結婚すること、親になること、子育て、離婚、出家、放擲。


ホモ・サピエンスのオスとして、地球に生を為して、

全ての祖先達が体験した、或いは体験しなかった極みへの人生探究の実践。

全てにたどり着く、導きの因果の大きな分岐点に

「同級生2」

は存在していた。

何故かふと、あの頃の、そのことを思い出した。

elf・蛭田昌人氏・同級生2


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『ホモ・サピエンス・宙唄(そらうた・Sorauta)の独り言』 私は地球生命、生態系、精霊、神々は一つであると捉えています。人類が千年先にも続いていく為にも地球生命体との共存共生は、今人類社会を生きる我々全ての責務です。これからも地球規模で、生態系保全や風土に紐づいた文化、生態系資源を未来へ繋ぐの活動を、皆さんと共に共有して生きます。