なぜ私たちは、不調を「自己責任」にしたいのか【#206】(産業保健-14)
色々な人の話を聞いていると、ときどきこういう言葉を聞きます。
「あの人は、体調管理・ストレス管理ができていないんですよ」
言った人が冷たいわけではありません。
むしろ真面目で、責任感のある方だったりします。ただ、その一言が出た瞬間に、話がそこで終わってしまう。
原因は本人の中にあって、対処するのも本人。
そういう線が引かれます。
私はその線の引かれ方が、ずっと気になっていました。
自己責任にすると、自分は安全
なぜ人は、他人の不調を自己責任にしたくなるのでしょうか。
いちばん腑に落ちたのは「自分を守るため」でした。
あの人が不調なのは、あの人の問題である。
そう決めてしまえば、自分は関係ない場所にいられます。
逆に、職場の構造や人間関係が関わっていると認めた瞬間、それは自分にも関係のある話になってしまう。何かしなければいけなくなる。
つまり、自己責任論は他人を切り離す道具であると同時に、自分の責任を増やさないための道具でもあります。
なるほど、自分の担当が増えるのは、めんどくさい。楽なほうがいい。
人のことより自分のことで手一杯な時期は、誰にでもあります。
でも、健康は本人の中だけで決まっていません
健康の社会的決定要因(Social Determinants of Health、SDH)という考え方をご存知でしょうか。
健康は個人の意志や生活習慣だけでなく、収入・雇用の安定・住まい・人間関係・労働環境といった社会的な条件に大きく左右される、というものです。
ざっくり言えば、あらゆる病気にはSDHの側面があるということになります。
そう考えると、「ストレス管理ができていない」という個人に向けた評価は、不十分かもしれません。
その人が管理できていないのではなく、管理しきれない量が乗っている可能性があります。
長時間労働、人手不足、相談しづらい雰囲気。そういうものは本人の努力の外側にあります。
アドラー心理学には「課題の分離」という考え方があります。
誰の課題かをはっきりさせる、という発想ですね。
ただこれは、切り離して終わりにするための道具ではありません。分離したうえで、共同の課題にするという次の段階があります。同じ職場にいるのなら、関われる余地はあるはずなのです。
自己責任にしてしまうと、この「共同の課題にする」という選択肢が、最初から消えてしまいます。
ストレスチェックが職場環境改善まで進まない
ストレスチェックの趣旨には、自分のストレスに気づくことや高ストレスの方の面接指導、そして集団分析の結果を使って職場環境改善をすることがあります。
制度としては、そこまで設計されています。
けれど、職場環境改善にまで進む職場は、多くありません。
理由を並べれば、いくらでも出てきます。時間がない。知見がない。手伝ってくれる人もお金もない。どれも本当の話です。私自身、無いものねだりだなと思う場面は、たくさんあります。
ただ、それだけでもない気がしています。
不調が本人の問題なのだとしたら、環境を変える理由は、そもそも生まれません。
分析結果を見ても「この部署は少ししんどい人が多いようだ」で終わってしまう。
改善の動機のほうが、立ち上がらないのです。
さきほどの、自分を守るための線引きが、ここでも効いています。
とはいえ、これは誰かの怠慢ではないと思っています。
高ストレス者の上司の方とお話しをしていて実感するのは、上司の側にも余裕がないことです。
自分の業務を抱えたまま、部下のマネジメントもする。
1日8時間でも働く時間としては十分に長いのに、そこに残業が乗る。
その状態で「人に気を配ってください」と言われても、無理があります。
余裕のない人に、他人を思いやる余白は生まれません。
これは根性の問題ではなく、時間と体力の問題です。
そして、余裕がないときほど、「本人の問題だ」という説明は、都合がよくなります。
そう考えられれば、自分が何かをしなくて済むからです。
自己責任論は、冷たさから出てくるというより、手が回らないところから出てくるのかもしれません。
つまり、自己責任論を生んでいるのも、また構造です。
自己責任論にする人を責める、という形でこれまた個人に責任を求めていくと、最後は全員が加害者みたいになってしまいます。
そうではなくて、どこに無理が仕込まれているのかを見たほうがいい。
それでも線を引き直す作業をする
構造の話をすると、何もできないような気分になります。
実際、一人でできることは多くありません。
ただ、面談の場で「あの人の管理不足ですね」と言われたときに、そこで会話を終わらせないことはできます。
どんな働き方をしているのか、何が重なっているのか、もう少しだけ深掘りして聞いてみる。
それだけで、個人の問題だったものが、職場の話に変わることがあります。
線を消すことはできなくても、引く場所を少しずらして引き直すことはできる。
なかなかスムーズにいく話ではありませんが、少しでも構造に視点がうつると、対策のきっかけが出てくるように感じています。
自己責任だと言いたくなったとき、自分は今どのくらい余裕がないんだろう、と考えてみる。
私はそこから始めることにしています。
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私の自己紹介記事とマガジンはこちらをご参照ください。
第1回目の自己紹介の記事
自己紹介のマガジン
産業保健のマガジン
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