「部下が変わってくれれば」と言う管理職へ【#184】(産業保健-10)
「部下が、すぐ相手のせいにするんですよ」
管理職の方とお話をしていると、わりと高い頻度で出てくる言葉です。
自分のミスや、うまくいかないことを、環境や他人の問題として語る。
自分はどうすればよかったのか、というところに考えが向かわない。
そういう部下に困っている、という相談です。
うなずきながら聞いています。
たしかに、そのような現場を実際に目の当たりにすることがあります。
ただ、その続きを聞くと、少し気になることがあります。
伝えたことはあるのでしょうか
「そのように感じることを、ご本人に伝えたんですか」と尋ねると、たいてい言葉が止まります。
伝えていない、と。
指摘すると角が立つし、最近はパワハラなどいろいろうるさいから。
本人が気づいて変わってくれればいいんですが、と続く。
ここで、ひとつの構造が見えてきます。
部下は「相手が変わればいい」と思っている。
そして管理職は「部下が変わればいい」と思っている。
向いている方向が、見事に同じなのです。
部下の矢印が自分に向いていないことを問題にしながら、その管理職自身の矢印も、自分には向いていない。
指摘するという行動を起こさないまま、相手が勝手に変わることを待っている。
これは、見方によっては管理職の仕事を半分手放している状態かもしれません。
事実、耳の痛いことを部下に言うのは、仕事のうちですから。
心理的安全性という言葉の誤解
最近は「心理的安全性」という言葉がずいぶん浸透してきました。
いい流れだと思っています。
ただ、ときどき妙な使われ方をしているのを見かけます。
「安全を大事にしたいので、強くは言いません」という形です。
安全を理由に、指摘を控える。
それは、安全な職場ではなく、ぬるい職場ではないか、と思うのです。
心理的安全性というのは本来、率直に、忌憚なく言い合えるから成果が上がる、という話だったはずです。
言っても大丈夫だからこそ、踏み込んだ指摘ができる。
耳の痛いフィードバックが行き交う。
そういう土壌を指していたのに、いつのまにか「波風を立てない」ことの言い訳に転用されている場面があります。
安全はいいのですが、安全なだけでは足りない。
そこを取り違えると、誰も傷つかないかわりに、誰も伸びない場所ができあがります。
私自身も、同じ構造に陥らないように
と、ここまで書いて気づくのです。
これを私が「最近の管理職は」と愚痴っぽく書いて終わらせたら、私もまた、ひとつ上のレイヤーで同じ構造に入り込むことになります。
管理職を批判して、相手が変わればいいと思って、自分は何も行動しない。それでは部下を嘆く管理職と何も変わりません。
なので、立ち止まります。
面談で、この話が刺さりそうだと感じたときには、心理的安全性の解釈をあらためてお伝えしてみます。
安全と、ぬるさは違うこと。
率直さがあってはじめて成果につながること。
そのうえで、いきなり全部は難しいので、明日からできるスモールステップが何かないかを、一緒に探します。
「そうは言っても、すぐには難しい」という反応もあります。それもわかります。すぐには変わらないかもしれません。
それでも、管理職の方の悩みをいったん受け止めて、少しだけ前を向けるところまで一緒に行ければ、自分の役割は果たせているのではないか。
管理職の方は、相談できる人が少ないと言います。
相談できる、話を聞いてもらえる、そういう相手として、頼れる人が近くにいるというメッセージだけでも大丈夫。
そう信じて、今日もまた面談の椅子に座っています。
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