食堂だった場所に、「ケア」をつくる。私のエクアドルでの挑戦が始まった
エクアドルに来て、しばらくしてから気づいたことがあります。
私が活動している高齢者センターは、もともと「高齢者をケアする場所」としてつくられたわけではありませんでした。
そこは、高齢者に昼食を提供するための場所。
つまり、基本的な役割は、
「食事を提供すること」
だったのです。
高齢者が集まり、一緒に食事をする。
それは、とても大切なことです。
でも、私が日本で経験してきた「高齢者ケア」とは、少し違っていました。
日本では、高齢者が集まって食事をする場所でも、
「安全に食べられるか」
「身体の状態はどうか」
「認知症の症状はないか」
「転倒の危険はないか」
「口腔ケアはできているか」
「普段、どんな生活をしているのか」
など、さまざまな視点から高齢者を見ます。
でも、ここではそもそも、
「ここで高齢者をケアする」
という考え方自体が、まだ十分に形になっていませんでした。
パトロナートが考え始めた「高齢者ケア」
そんな中で、少しずつ状況が変わり始めていました。
この高齢者センターを運営しているパトロナートが、
「高齢者のために、もっと何かできないだろうか」
と考え始めたのです。
食事を提供するだけではなく、
高齢者が安心して過ごせる場所にしたい。
楽しく過ごせる時間をつくりたい。
高齢者の生活や健康についても考えていきたい。
そのために、JICAに高齢者介護の専門家、そして老年医学の専門家を要請しました。
そして、その要請を受けて、私はエクアドルに来ることになりました。
でも、私を待っていたのは……
「高齢者介護の専門家として活動する」
そう聞いてエクアドルに来た私。
もちろん、ある程度の準備はしていました。
日本での経験もあります。
看護師として働いてきました。
高齢者ケアにも関わってきました。
認知症の人たちとも、長く関わってきました。
だから、
「これまでの経験を生かして、エクアドルの高齢者のために何かできるだろう」
そう思っていました。
ところが――。
実際に現場に入ってみると、
「あれ? 私は何をしたらいいんだろう?」
となりました。
受け入れ態勢が、ほとんど整っていなかったのです。
「高齢者介護の専門家」として来たけれど、
何をするのか。
誰と一緒にするのか。
どこから始めるのか。
具体的な活動の形は、ほとんど決まっていませんでした。
日本なら、ある程度の仕組みがあります。
施設があり、
介護職がいて、
看護師がいて、
ケアマネジャーがいて、
サービスの目的があって、
記録があって、
研修があります。
でも、ここには、その「当たり前」がありませんでした。
「私は、何をすればいいんだろう」
最初の頃は、本当に悩みました。
日本でやってきたことを、そのまま持ってくればいいのだろうか。
認知症ケアを教えればいい?
レクリエーションを増やせばいい?
職員研修をすればいい?
健康管理をすればいい?
でも、そもそも人手が少ない。
介護を専門に担当する職員もいない。
学生やボランティアが来てくれるけれど、ずっといるわけではない。
「日本ではこうしています」
と言っても、
ここで続けられなければ意味がない。
そう思うようになりました。
そこで、私は一度、難しく考えるのをやめました。
まず、この人たちに安全に、楽しく過ごしてもらおう。
これが、私の最初の目標になりました。
特別なことをする必要はない。
立派な介護施設をつくる必要もない。
まずは、
高齢者が安全に過ごせること。
そして、
毎日、楽しく過ごせること。
そこから始めよう。
そう考えました。
「楽しい」も、ケアになる
高齢者センターでは、少しずついろいろな活動を始めました。
音楽を聴く。
身体を動かす。
踊る。
折り紙をする。
色を塗る。
ボールを使って遊ぶ。
学生たちと一緒に活動する。
時には、日本の文化を紹介することもありました。
最初は、
「これは介護なのかな?」
と思うこともありました。
でも、高齢者の笑顔を見ていると、
少しずつ考え方が変わっていきました。
杖をついて歩いていた人が、音楽が流れると身体を動かす。
普段あまり話さない人が、活動の時には笑っている。
「今日は何をするの?」
と楽しみにして来る人がいる。
それを見て、
「楽しく過ごすことも、高齢者ケアの大切な一部なんだ」
と思うようになりました。
でも、「楽しい」だけでは足りない
一方で、活動を続けていると、いろいろなことが見えてきました。
認知症の人への関わり方。
転倒の危険。
手洗いや爪などの衛生。
食事のこと。
口腔ケア。
高齢者の身体の変化。
職員同士の情報共有。
学生やボランティアへの教育。
そして、
「この活動を、私がいなくなっても続けるにはどうしたらいいのだろう」
という問題。
一つの問題を考えると、次の問題が出てくる。
「レクリエーションをすればいい」
という単純な話ではありませんでした。
高齢者が安全に過ごすためには、いろいろなことが必要です。
楽しく過ごすためにも、いろいろな人の力が必要です。
そして、それを続けるためには、職員が学ぶ必要があります。
少しずつ、「ケア」の形が見えてきた
そこで私は、これまでやってきたことを一つずつ整理するようになりました。
認知症の人をどう支えるか。
高齢者が安全に生活するためには何が必要か。
どうしたら毎日を楽しく過ごせるか。
学生やボランティアに何を伝えたらいいか。
職員にどんな知識や技術が必要か。
一つひとつは小さな活動でした。
でも、並べてみると、
全部、高齢者の「その人らしい生活」を支えるためにつながっている。
そう見えてきました。
私はそこで初めて、
「もしかしたら、ここで必要なのは、日本の介護をそのまま持ってくることではないのかもしれない」
と思いました。
ここにある人材。
ここにある文化。
ここにある場所。
ここにある時間。
学生。
ボランティア。
職員。
そして、高齢者自身の力。
今ここにあるものを使って、この場所で続けられるケアをつくる。
それが必要なのではないか。
そう考えるようになりました。
「ないからできない」ではなく、「ないなら、つくる」
もちろん、まだまだ課題はあります。
完璧なケアができているわけではありません。
私一人でできることにも限界があります。
でも、
「介護士がいないからできない」
「職員が少ないからできない」
「仕組みがないからできない」
と考えてしまったら、何も始まりません。
だったら、
今いる人たちでできることを考える。
小さくてもいい。
一つずつでいい。
やってみて、うまくいかなければ変える。
そして、できるだけ誰か一人に頼らず、みんなで続けられる形にする。
そうやって、少しずつ「ケア」をつくっていく。
それが、私のエクアドルでの新しい挑戦になりました。
そして、気づけば……
最初は、
「私は何をしたらいいんだろう?」
と悩んでいた私。
でも、活動を続けるうちに、
「これも必要」
「これも伝えたい」
「これも一緒にできる」
と、一つずつ増えていきました。
レクリエーション。
認知症ケア。
安全と健康。
衛生。
学生教育。
ボランティア教育。
職員教育。
そして、何より、
高齢者が安心して、尊厳を持って、楽しく過ごせること。
最初はバラバラに見えていた活動が、少しずつつながっていきました。
でも、この時の私は、まだそんなことを体系的に考えていたわけではありません。
ただ、
「この場所に合ったケアをつくりたい」
そう思って、目の前の高齢者と向き合っていただけでした。
日本で経験してきたことを、そのまま持ってくるのではなく、
ここにいる人たちと。
ここにあるものを使って。
ここで続けられる形で。
小さなことから、一つずつ。
そうやって、食事をするために集まっていた場所に、少しずつ「ケア」が生まれていきました。
そして私は、まだ名前のないその取り組みを、少しずつ形にしていくことになります。
私のエクアドルでの挑戦は、ここから始まったのです。
※私がエクアドルの高齢者センターで出会った、ちょっと驚くような光景をご紹介します。杖をついて歩いていた高齢者が、音楽が流れると踊り出す。(写真は実際私が活動している高齢者センターです)

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