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「病院事務のAI副業」 - 予測の先で動き始めたもの【実録vol.16】

元病院事務のAI副業実録 — 第一部・完


真っ暗な部屋だった。

いつものように、寝る前にベッドで寝転んでスマホを開いた。

副業系の記事をスクロールしていた。

面白い記事もある。タメになる記事もある。でも読んでいると、何かが透けて見える瞬間がある。

その瞬間に、諦めに似た感覚が来る。

スクロールしながら、ふと思った。

自分の記事も、誰かにそう見られているんじゃないか。

本物だと思われていないんじゃないか。

スマホを置いた。

暗い天井を見ていた。




問いが、自分に向いた


AIを使えば、誰でも簡単にそれなりのものが作れるような時代になった。

プロンプトを工夫すれば、AIがそれらしい文章を作ってくれる。最近はそういうテクニックが溢れている。

生成した文章を投稿しているだけなら、その人は必要ないんじゃないか。AIがnoteに直接投稿すれば済む話じゃないか。

そういう時代に、自分は書いていた。

でも書き始めてわかった。

うまく伝えようとした瞬間に、整いすぎた。考えすぎると、綺麗になった。綺麗になると、面白くなくなった。

汚れを残さないと面白くない。散らかしていないと、本物に見えない。

整いすぎた文章は、AIが書いたものと変わらなくなった。

ノウハウをまとめようとした瞬間。人を引きつける言葉を探した瞬間。自分も、同じ場所にいた。

何も考えずにやれば、同じものが出来上がる。

AIの使い方はわかってきた。でも誰かと同じになる感覚が、消えなかった。

外から見ていたときより、自分が書くようになってから、その怖さはもっとリアルになっていった。




何を、主導するかだった


vol.6でこう書いた。

主導するのは自分だ。AIは提案するだけで、判断するのは常に自分だった。

あのとき、それが正しい使い方だと思った。実際、そうだった。

でも15回書いてきて、もう一段深いところが見えてきた。

主導する、はわかった。でも何を主導するかだった。

AIで画像が作れる。動画が作れる。音楽が作れる。ゲームも、アプリも。

便利になったと思った。でも同時に、別のことも見えた。

手書きから液タブに変わったとき、道具は変わった。でも表現の差は消えなかった。むしろ道具の性能が上がるほど、使う人間の差が露わになった。

AIも同じだと思った。

道具が変わるたびに、人間側の差が可視化される。センスが、経験が、何を作りたいかが。

それだけは、道具には決められない。

例えばタクシーで考えてみてほしい。目的地と時間と道順を正確に伝えれば、違う場所に行くこともないし、遅刻することもないし、遠回りをすることもない。AIもそういうものだ。難しく考える必要はない。正確に伝えれば、正確に動く。

でも正確に伝えられるようになって、気づいたことがあった。

タクシーは、乗せたものを届けるだけだ。どれだけ正確に目的地に着いても、乗せているものが空っぽなら、届けられるものも空っぽだった。




乗せるものが、違っていた


怖さの正体が、見えてきた。

体系化しようとしていた。そうした瞬間に、薄くなっていた。

思い出す場面がいくつかある。

病院のシステムが落ちたとき、受付に数百人が押し寄せた。一次対応を間違えると、暴動に近いパニックになる。患者同士の喧嘩も起きる。新人のとき、実際に経験した。

だからマニュアルを作った。そして作ってわかったことがある。マニュアルがあっても、指揮を取れる人間がいないと機能しない。その人間を普段から育てておく必要がある。そういうことは、現場にいなければわからない。マニュアルの外側にある話だ。

医師への増収指導も同じだった。最初は「事務に何がわかる」という顔をされた。それでも何度も足を運んだ。説明を繰り返した。信用は、時間をかけてしか積み上がらなかった。

ベテランのパートさんの話もある。その人の頭の中にしかマニュアルがない現場があった。自分の居場所を守るために、誰にも教えない。管理する側も業務を把握していないから、問題が可視化されない。

マニュアル化して、業務を一般化した。誰でもある程度できるようになった。でも同時に、「その人がいないと」が「もうその人じゃなくていい」に変わった。

その皮肉が、今の自分に重なった。

AIが使えるようになるほど、同じことが起きる。道具が誰でも使えるようになるほど、「その人じゃなくていい」が広がっていく。残るのは、道具では出せないものだけだ。




体験の細部だけは、違った


AIに自分の記事を予測してもらったことがある。vol.15で書いた話だ。出てきたのは、それらしい記事だった。文体も、構成も、温度感も。でも内容は、全く違うものだった。

AIが予測できないのは、体験の細部だ。その瞬間の感情だ。現場でしか知らない感覚だ。

そこを持って書いたとき、何かが違った。書いている自分が揺さぶられた。そのとき初めて、本物になった気がした。

同時に、予測通りの展開を意図的に避けた。経験と感情を前面に出すようにした。でも整えれば整えるほど、薄くなった。崩しすぎると伝わらない。その加減に、一番時間がかかった。

うまく見せようとした瞬間に、薄くなる。それはAIの問題じゃなかった。自分の問題だった。




届ける場所も、直した


vol.15でもう一つ、気づいたことがあった。届けたい人が、SNSにいなかった。

AIに不安を感じながら、でも誰にも聞けなくて、Googleで検索している人たちがいる。そういう人たちに届けるために、タイトルを変えた。見出しを変えた。届ける場所を、作り直した。

やり方を正しくするだけでは、足りなかった。場所も、正しくしないといけなかった。




たどり着ける場所が、あった


AIが誰でも使えるようになった世界では、道具の差はゼロになる。差がゼロになったとき、残るのは経験と体験だけだ。

逆説がある。道具が平等になるほど、経験の差だけが残る。

だから病院事務の経験が、今になって価値を持つ。AIがなかった時代には、その経験は現場の中だけで完結していた。AIと組み合わせて初めて、外に出せるものになった。

病院で20年積み上げてきたものが、AI時代になって初めて、武器になる条件が揃った。AIを持たない人間には真似できない。AIだけを持つ人間にも真似できない。経験とAIを両方持っている人間だけが、たどり着ける場所がある。




15回で、変わったこと


AIを信じて動いた。間違いを認めさせた。でも間違っていたのは自分だった。

自分が主導するようになった。型を覚えた。往復した。

場所がズレていた。届け方がズレていた。直した。

反応が返ってきた。ゼロが動いた。

気づいて、直して、また動いた。その繰り返しだった。

変わったのは、数字だけじゃなかった。

vol.6でこう書いた。「AIを道具として使う」。

vol.15でこう書いた。「道具が変わっても、使っているのは自分だ」。

そしてvol.16で、もう一段見えた。

使っているのは自分だ。でもその先があった。何を持って使うか、だった。

経験・感情・温度・情景。それを持って臨んだとき、初めて自分にしか作れないものが出来上がった。




第一部が終わる


第一部で手に入れたのは、収益じゃなかった。

AIの使い方がわかった。届け方がわかった。でも一番大きかったのは、自分の経験が武器になると、初めて信じられたことだった。

この15回は、その記録だった。うまくいかない日も、止まった日も、ズレていた日も、全部書いた。綺麗じゃないから、本物だった。

動いた先にしか、見えない景色がある。

あの夜、暗い天井を見ていた。自分の記事が本物かどうか、わからなかった。今もまだ、答えは出ていない。でも動いた自分には、あのときには見えなかったものが見えている。それだけは、確かだった。

ここまで15回、読んでくれた人がいる。うまくいかない話を、ズレていた話を、それでも続けた話を。最後まで読んでくれたなら、あなたにも動ける理由がある。道具はもう揃っている。

あとは、自分の経験を持って臨むだけだ。




次回予告


第二部では、その問いと向き合う。

vol.17では、その話を書く。




正直な現在地

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収益:1,700円
クラウドワークス:登録完了・案件待ち
ココナラ:ページ改善済み・問い合わせ待ち
X:フォロワー370人・告知ツールとして運用中
note:フォロワー800人・主戦場
有料記事:公開済み・全面アップデート済み
AIとのやり取り:工程ごとに分けて管理中
noteシリーズ:vol.16まで公開完了

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AIに予測できないものが、一つあった。


動いた自分だった。





(vol.17に続きます。)

👉シリーズ記事はマガジンにまとめてあります。




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