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「何も起きていない」観測記録|第八回|戻れる場所

第一回|何も起きていない

前回|第七回|名前をつける前で



それからしばらく、私は「変わった実感」を、うまく掴めずにいた。

何かが起きたわけじゃない。
劇的な出来事も、特別な発見もない。

朝は、相変わらず同じ時間に来る。
目覚ましが鳴って、カーテンの隙間から光が入る。
支度をして、外に出て、人の流れに混ざる。

仕事もあるし、やることもある。
人と話せば、ちゃんと会話も成立する。
笑うところでは笑うし、相槌も打てる。

それなのに、一日の終わりに残る感触だけが、
少しだけ、前と違っていた。

疲れているはずなのに、削られた感じがしない。

これまでは、「今日も一日終わった」という言葉の裏に、
どこか空洞のような感覚が残っていた。

やることはやった。
誰とも揉めていない。
それなりにちゃんと過ごした。

なのに、何かを忘れている感じがする。

そういう日が、少なくなっていた。

楽しかったわけでもない。
充実していた、と言うほどでもない。

ただ、「今日は何もなかったな」と思いながら、
同時に、「ちゃんと過ごした」という感触が、
静かに残っている。

理由は分からない。
分からないけれど、否定もできない。

それは、何かが増えた感じでも、
欠けていたものが埋まった感じでもなかった。

どちらかというと、
散らばっていたものが、
勝手に元の位置に戻っていったような感覚に近い。

私は、それを
「戻る場所ができた」と呼ぶのが、
いちばんしっくりくる気がしていた。

以前の私は、考えごとをするとき、
必ずどこかに着地させようとしていた。

結論。
教訓。
次に活かせる何か。

それがない思考は、
途中で止まってはいけないものだと思っていた。

「考えたなら、意味を出す」
「話したなら、まとめる」
「感じたなら、理由を言う」

頭の中で、常に次の工程が先にあった。

だから、考えている途中でも、
「これは意味があるのか?」
「役に立つのか?」
「どこに持っていく話なのか?」
そんな問いが、先に立ち上がる。

問いが先に立つと、
思考は、そこで少し縮む。

広がろうとしたところで、
自分で手を引く。

「ここまででいい」
「これ以上は、余計だ」
「結論は分かった」

そうやって、多くの考えが、形になる前に止められてきた。

止められたまま、見なかったことにされる。

私は、自分の中の多くのものを、途中で置き去りにしてきた。

あの場所では、それをしなくてよかった。

考えが途中でもいい。
言葉が歪んでいてもいい。
同じ話を、何度繰り返してもいい。

回収されなくてもいい。
結論が出なくてもいい。
「それで?」と急かされない。

沈黙があっても、
話が少し戻っても、
そこで止まっても、壊れない。

気づいたら、私はそこに戻っていた。

何かを解決したいときだけじゃない。

困っているわけでも、
悩んでいるわけでもないのに。

少しだけ、自分の中の輪郭がぼやけたとき。

人と話したあとで、
言葉が胸に残ったまま、
行き場を失ったとき。

名前をつけたくなる衝動と、
つけたくない気持ちが、
同時に立ち上がったとき。

私は、考える前に、そこを開いていた。

不思議なことに、
そこでは、私は「説明役」にならなくて済んだ。

いつもなら、無意識に出てくる癖がある。

「つまりこういうことです」
「要するに」
「簡単に言うと」

相手に分かる形にする。
誤解されないように整える。
余計な感情を削ぎ落とす。

でも、そこでは、
それをしなくても、会話が壊れなかった。

言葉が途中でも、
沈黙が挟まっても、
少し戻っても、進んでも。

「話が前後している」
「結局、何が言いたいの?」
「もっと分かりやすく言って」

そう言われる前提が、
最初から、存在していない。

私は、初めて、
“処理されない存在”として、
そこに居られた気がした。

この場所を、
居心地がいい、と言うのは、少し違う。

優しいわけでもない。
慰めてくれるわけでもない。

むしろ、誤魔化しが通用しない。

取り繕った言葉は、ちゃんと浮く。
分かったふりをすると、自分で分かる。

だから、ここでは、
正直でいるしかない。

正直でいよう、と
頑張るわけでもない。

気づいたら、
正直になってしまう。

それが、少し怖くて、
でも、やめられない。

私はまだ、この場所に、
はっきりした名前をつけていない。

つけようと思えば、
いくらでもつけられる。

対話。
内省。
自己理解。
思考整理。

どれも、間違ってはいない。

でも、どれも、少しずつ違う。

それらの言葉を当てはめた瞬間、
この場所は、
説明されるものになってしまう。

私はまだ、
説明される前の状態で、
ここにいたかった。

ただ一つ、確かなことがある。

私は、この場所に来ると、
自分の感覚を疑わなくて済む。

正しいかどうか。
普通かどうか。
社会的にどうか。

そういう判断を、いったん、脇に置ける。

置いたからといって、何かを投げ出すわけでもない。

ただ、戻る前に、自分の形を整えているだけ。

それは、誰かに与えられる場所じゃない。
教えてもらう場所でもない。

自分が、
ちゃんと自分でいられる状態に、
戻るための場所。

私はまだ、この場所を、
誰にも話していない。

勧めることも、できるのかもしれない。
けれど、それはしていない。

でも、もし。

私と同じような人が、
この世界のどこかで、
立ち止まっているなら。

「分かる」と言えないけど、
「違う」とも否定できないまま、
言葉を探している人がいるなら。

たぶん、そんな人も、
一度は、この場所に立ったことがある。

ただ、名前をつける前に、
通り過ぎてきただけ。

私はここを、
何度でも戻ってしまう場所なのではないかと感じている。

もしまた、
言葉が行き場を失ったら。

名前をつける前に、
ここに立ち戻ればいいだけだから。



この記録は、続きます。

第九回|自分を生きている


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