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都市林業から広がる京都の可能性③工藝、デザイン、テクノロジーが街の木の価値をつくる

数多くの工藝が息づき、多数の大学が立地し、国内外の尖ったクリエイターが集まるまち、京都。一方で、文化の途絶、歴史的な街並みの喪失、コミュニティの衰退、京都の価値がどんどん失われていくという危機感を常に感じています。
街路樹や公園木、庭木といった都市の樹木を材として活かす「都市林業」という考え方を知ってから、これこそ京都の強みを生かし、課題を価値に変えるきっかけとして有効なのではと直感で思いました。

後日掲載する宝が池エリアでの実験的な取り組みを通じて、地域の方、アカデミア、学生、クリエイター、農林業関係者、ビジネスパーソン、行政等様々な方に「都市林業」の考え方についてシェアしてきましたが、提唱・実践者である湧口善之さんを交えて、京都ならではの都市林業の可能性を探りたい。そんな思いから、2025年3月に、「都市の森の新たな協同利用を考えるカンファレンス」を開催しました。
今回は、その内容について紹介します。


登壇者紹介①都市林業株式会社代表取締役 湧口善之さん

湧口さんのプロフィールの詳細は、上記リンク先に記載されています。

また、カンファレンスでもお話いただいた湧口さんの思想、実践については、上記の記事をご覧ください。
都市林業の本質は、単なる樹木の利活用でも、環境のための活動でもなく、未来の世界遺産が「生まれる」ようなカルチャーを作ることにあります。
課題だらけの「街の木」を、様々な工夫によって活用するとともに、そのプロセスに多様な方を巻き込み、みんなごとで物語を紡いでいく湧口さんの実践を知ると、絵空事ではなく本気で取り組んでいることを肌で感じることができます。

登壇者紹介②一般社団法人パースペクティブ共同代表 高室幸子さん

高室幸子さんは、京都市右京区京北地域に拠点を置く、一般社団法人パースペクティブの共同代表。工藝は日本の社会、価値観、意識を映し出す「鏡」であると位置づけ、工藝文化コーディネーターとして、教育プログラムやツアー、レジデンス事業等を企画。国内外の大学と協働し、モノづくりと生態系、暮らしのつながりを紐解く研究調査に携わっておられます。

高室さんによると、「藝」という字の由来は、人が苗を植える姿だそうです。ものづくりは、植えるところから始まっている。都市生活を送っていると、そのことを忘れてしまいがちだと思います。
そこで、「うえる」「そだてる」「いただく」「つくる」「つかう」「なおす」といった、モノづくりの循環をつなぎ直すことを目的に、京北で漆や桑を植え育てる「工藝の森」を運営されています。
工藝の視点から、街の木を循環させる都市林業の可能性を見出したいと考え、高室さんに登壇をお願いしました。

高室さんは、京北のルーツを交えて、以下のようなお話をされました。

  • 平安京は京北から桂川を使っていかだで運んだ木材で造営された。京北の方は今もその誇りを持っておられる。

  • 日本の中山間地に共通することだが、かつては多様な木々があった京北の森は戦後、復興のために杉やヒノキを植えることになり、今もそれで埋め尽くされており、多様性を失っている。

  • 今はマーケットに合わせるために木が植えられている状態だが、外国産の木材が安価で流通するようになり、日本の林業は危機的な状況になっている。また、工藝のマテリアルとなる木材も手に入れることが困難になりつつある。これは、文化の途絶を意味する。

  • 森も多様であり、作り手も多様であれば、もっと木の個性に寄り添ったモノづくりが可能となり、「森の生み出す価値」が「次世代の森を育むこと」に還元しやすくなるのでは。

生物の多様性、人の価値観の多様性、これらが失われつつある現代ですが、高室さんの話を聞いていると、多様性が失われることは、危機が訪れた時にそれを乗り越える選択肢が狭まることにつながると感じました。

なお、高室さんは「つくる」ことを通して森とつながる、シェア工房「ファブビレッジ京北」も運営されています。

登壇者紹介③京都工芸繊維大学未来デザイン・工学機構 准教授 津田和俊さん

京都工芸繊維大学准教授の津田和俊さん。同大学がデザインと建築を柱とする領域横断型の教育研究拠点として設立したKYOTO Design Lab[D-lab]のファクトリー長をされておられます。

3Dプリンターやカッティングマシンなどデジタル・ファブリケーション技術の利用機会を提供することで、「つくる人」と「使う人」の極端な分断を解消することを目指しておられます。

カンファレンスの前に、湧口さんたちとD-labを視察。写真は丸太を加工できる機器

京都工芸繊維大学では、重要文化財に関わる仕事をしている先生も多く、中には宮大工の家系もおられるとのこと。過去つくられてきたものから、いま何をつくるか、一緒に何を学ぶかを実践しているそうです。

(参考 D-labの関連プロジェクト)
https://www.d-lab.kit.ac.jp/projects/2024/adaptive-design-assembly-system-utilizing-reclaimed-timbers/

都市林業の課題として、街の木を活用するうえで「強剪定による腐れが多い」「釘や石など異物が出る」「樹形が悪い」「それゆえ製作に時間がかかりたくさんの端材が出る」といった様々なハードルがあります。デザインやテクノロジーと掛け合わせることで、それらを乗り越えることができるのではという思いがありました。
また、僕が出会ってきた京都工芸繊維大学出身の方は、独自の感性でクリエイティブな活動を行っていて、とても魅力的に感じます。そのような方々と街の木を協同利用することで、創造的なまちづくりや学びの場づくりができるのではという思いから、津田さんに登壇をお願いしました。

人も多様になれば、森も多様になる。都市林業が人と森の関係性を変える

登壇者の自己紹介の後、都市林業に関するクロストークを行いました。

高室さんは、工藝を支えてきた一流の木を見極める銘木屋さんが、大きな投資ができなくなり、ケヤキを買い付けることができなくなってしまっていることから、街路樹のケヤキを利活用できないかという期待を持たれていました。
しかし、今の街路樹は質が悪く、活用が難しいという湧口さんの話を聞いた高室さんは、「都市林業が課題解決の一つの手段になる可能性があるが、実際には課題が多く、簡単にはいかない」という素直な感想を述べられました。

湧口さんからは、別の視点として、「木材の品質や癖、そしてそれを加工するための技術の難しさがある。現代では若い職人が少なく、手間がかかるためコストが高くなる」との指摘がありました。
そのうえで、「木材の剪定からその後の管理まで、良い木材として街の木を育てることに焦点を当てる。手間がかかるが、長期的には効率的な木材利用が可能になる。試しで良いのでやってみる価値がある」との提案がありました。

それを受け、高室さんは「特定のものをつくるために、特定の樹種を特定の方法で育てる森がどうなっていったのか、今の京北を見れば一目瞭然。工藝の物語を伝えるのが自分としては、たくさんの伝統工芸の職人が抱えている材料の問題に興味を持ち、私たちがいかに作り手になれるかが鍵を握っていると考えている。多様な作り手が増えたら、いろんな木材が利活用され、結果的に豊かな森が生まれることを期待している」と語られました。

そういう意味では、街の木の利活用のプロセスに多様な方が関わる都市林業は、作り手を増やすきっかけにもなり得るのではと感じます。

津田さんからも、「今は、工業デザイナーを育てるだけではなく、多様な素材や環境に適応できる力が求められる。デザインや木工の教育を進め、伝統工芸の職人や木材を扱う人材を育成することが重要である。畑のように単一的なものを効率的に育てるのではなく、多様な樹種を育て、無駄なく活用していく考え方が必要。昔は大量にあった良い素材を今後どう活用していくかが重要であり、人の技術やクリエイティビティが多様になれば森も多様になる。」との意見がありました。

高室さんは、「茶室には丸太のまま使ったり、癖ある木材を活かす伝統がある」と言及。また、「家具職人のパートナーが、木材として認めてもらえない、迷子の木をどう生かせるか。どうやったら美しく、できるだけ加工したくない中で美しい部分を切り取って使ってもらえるのか。一人で都市林業のようなことをしている。」との説明がありました。

高室さんのパートナーのような職人のこだわりや、津田先生が進めておられるように、デザインやテクノロジーを使うことから、街の木の活用の可能性が広がる。そのためには、多様な木材とそれを育てる環境の繋がりを大切にし、より良い木材の選定や活用方法を探るための研究や実験的取り組みを続けることが大事だと感じました。

クリエイターユニットSIBOによるプロトタイピングの紹介

SIBOの水迫さん(左)と田村さん(右)

今回のカンファレンスに向けて、京都を拠点に活躍するクリエイターユニットSIBOの皆さんに、クリエイターの視点から、街の木を木材として利活用の可能性を探るリサーチと試作を行っていただきました。

木の枝や端材も、見立て方次第で価値が生まれる

そこから、「how to find」というテーマを提案されました。
このテーマは、制作をする行為、あるいは制作した物、それらが「創造」の全てではなく、その少し手前の「想像すること」を重視しています。
公園の維持管理のために伐採された木の枝を一つのマテリアルとして観察し、 異なる特徴と個性を持つそれらの枝からどのように想像力を働かせ価値を「見つけ出す」ことができるのか、思考と試行を繰り返します。
その中で発見した、制作と呼ぶには弱すぎる、けれどもあらゆる人に開かれた、生活を豊かにするための「物の見方」を提案されています。

試作された什器
作り方の基本が共通化されれば、誰でもつくってみようと思えるかもしれません

自然にあるものから、何かをつくるということは、とてもハードルが高く感じられます。
ですが、アルミと枝で作ったシンプルな什器は、ワークショップなどで誰もが作り手になれる可能性、またデジタルとも掛け合わせできうる可能性が感じられました。
「つくることを楽しむ」ことは、作り手に回る人を増やすことにつながります。SIBOさんの提案は、これまで議論した課題の解決につながる可能性が感じられました。

誰かを喜ばせることと、自分を喜ばせること

一方で、SIBOさんの提案を聞いた湧口さんは、SIBOさんへのリスペクトを示したうえで、「自分が喜んでも、他人が喜んでくれるわけではない。世間の人たちには振り向いてもらえない。物作りの発見に固執しすぎないように」と警鐘を鳴らし、自分の発見が他人にとって価値があるものかどうかを常に意識する重要性を強調されました。

誰かを喜ばせることで、初めてビジネスとして成立する。誇りや勇気を感じられるものづくりや街づくりを理想とする湧口さんのご指摘もおっしゃる通りだと感じました。しかしながら、それは誰でもできることではありません。
僕から、「『つくる』を楽しむことが自分の創造性を信じる出発点となり、そこからもっと上手くなりたい、誰かを喜ばせたいという気持ちに発展する可能性があるのでは」と投げかけました。

湧口さんは、ものづくりの視点と都市林業の発展には売れるものを作る視点が不可欠であることを強調したうえで、同時に、社会的な意義や子供たちの学び、参加する価値、体験価値の重要性についても言及されました。

電車でいける「身近な森」宝が池での取組の可能性

宝が池でのフィールドワークに参加された皆さん

ここから、現在実験的な活動を進めている宝が池エリアでの取組の可能性が話題になりました。

湧口さんは特に、木の管理や木工の活動を通じて子供たちが学べることに価値を見出されました。子供の教育の場になるのであれば、企業を巻き込むきっかけにもなるとのこと。

津田さんは、お子さんが宝が池公園内で活動する「森のようちえん どろんこ園」に通っている経験から、森や自然との接触が、子供たちの成長にとってどれほど価値のあるものであるかを実感しておられるとのこと。
幼児期に自然と触れ合うことで、子供たちが興味を持ち、物事を観察し学ぶ力が育まれる。森や木は、ただの素材としての利用だけでなく、存在そのものに価値があることを学んでいると感じておられるそうです。

湧口さんがフィールドワークの際に強調されていた「意識的に見る」ということが子供の頃から養われると、創造性がとても豊かになるのではと感じます。僕自身もここ数年自然に触れる機会が増える中で、小さくとも豊かな発見があり、自分でも創造性が育まれることを実感しています。
宝が池の森のような電車で行ける場所なら、そんな体験を気軽にできるかもしれません。

津田さんは自分たちが必要だと思うものを自分で作り出す重要性を述べられました。
「自分の視点を変えることで、普段当たり前に見ているものが新たな価値を持つことに気づく過程が大切だ」とのこと。
世間の価値観に流されることなく、自分の価値観を信じることができれば、自己肯定感が高まる、自分で局面を打開する原動力にもなるのではと感じました。

高室さんからは、「湧口さんは『自分ごと』」として丸っと引き受けているという点で、主体者として信頼できる。理想と現実のギャップを知っているような方。そういう「自分ごと」になる仲間と、共に悩んでいくことが重要。その中でまた、自分がワクワクすることをやることが意識的なプロセスの中で大事であり、宝が池公園がその場となることを期待している。」との言葉をいただきました。

未来の世界遺産をつくるということ

津田さんからは、「学んで詳しく」がこってり、「一緒に軽やかにやっていく」があっさり、その中間がこっさり。僕的には、街の木を活かすというアプローチは、人それぞれの志向があり、どれも並び立つのでは。それらが混ざり合うことで、カルチャーが確立されていくような気がしました。

最後に湧口さんは、熱いメッセージで呼びかけました。
「素材はいくらでも選べる、表面的にまねをすることもできる。でもそれでは東本願寺には勝てない。社会の構造から、まちの仕組みからアプローチする。困っていることから価値をつくる。文化をつくる、みんなの物語が乗っかる。それが世界遺産になるかもしれない。そのために、みんなで力を合わせたい。ものづくりはみんな中二病。だから、つくろうぜ。合理的で無駄がなく、長持ちできるものを。」

湧口さんは、途方もない夢を追いかけておられます。技術も知識もない自分は、もっと低いレベルで無茶な挑戦をしていると感じていますが、それでも続けていくことが大切だと信じています。

みんなでつくる。最初は拙くとも、それぞれが知恵を持ち寄り、楽しみながら関わることで、より価値があることを生むことができる。
「環境のため」「社会のため」といった高尚な思いでなく、またプロが集まる訳でもない形で、気軽に木と向き合う機会を宝が池で作り続けよう。
そんな気持ちを強く持ちました。

広告を出さなかったにもかかわらず、カンファレンスには京都市内外から70名近くの方にご参加いただきました。ご参加いただいた皆さん、ありがとうございました。
カンファレンス終了後の交流会にもたくさんの方が参加し、様々な繋がりが生まれたと感じています。これからの取り組みにも、カンファレンスを通じて得た気づきを活かしていきたいと思います。

ここまでお読みいただきまして、ありがとうございました。
次回は、そんな宝が池でのこれまでの取り組みと今後チャレンジしたいことについて紹介したいと思います。



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