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都市林業から広がる京都の可能性②誇りや勇気を感じられる街並みをつくる湧口善之さんの思想

様々な分断を生む側面を持ってしまった街路樹や公園木、庭木といった都市の樹木を材として活かす「都市林業」。
2025年3月に提唱・実践者である都市森林株式会社 代表取締役で、自称・永遠の中二病(笑)の湧口善之さんと直接お会いしてその思想やパッションに触れる機会に恵まれました。

そこで都市林業の本質は、単なる樹木の利活用でも、環境のための活動でもなく、未来の世界遺産が「生まれる」ようなカルチャーを作ることだということを知り、「これこそ、京都に必要な思想だ」と、胸が熱くなりました。
今回は、その時伺ったお話や湧口さんの著書「都市林業で街づくり」から、都市林業の可能性について掘り下げたいと思います。


湧口善之さんのプロフィール・都市林業提唱・実践の経緯

湧口さんのプロフィールの詳細は、上記リンク先に記載されています。

湧口さんは建築を学び、設計事務所で仕事をされる中で、歴史や文化、伝統など、その土地ならではの文脈や素材が考えられることなく、建物がつくられ、「そのまちらしさ」が姿を消し、どこでも同じ風景がつくられている、そして一定の期間が過ぎると躊躇なく壊されることに疑問を感じておられました。
そんな時代にありながら、何か少しでも、その土地ならではということを取り戻すことができないか。
どうすれば私たちは、誇りや勇気を感じられるような建築物や街並みをつくることができるのか。
50年、100年経っても、「これは私たちにとって大切なものだから壊さずに使っていこう」と、人々が自然に思える建築や街並みはどうすればつくることができるのか。

そんな問いを抱き続けてたどり着いたのが、「街の木」だそうです。

街には驚くほど多種多様な樹種があり、そしてそれらは毎日のように伐採され、(山でも珍しい大木であろうと)ごみ同然の扱いをされていました。
それらを木材として活かす試みを始められましたが、現実としては、維持管理の過程で樹木にダメージが蓄積し、材として活用するのは難しいものが大半だったそうです。
大規模な山の林業でさえ採算をとるのが大変な現状の中、街の木を使う位なら、はじめから電話1本で届く外国産の木材を買った方が良い。
そんな「常識」を理解しながらも、ダメならダメで自分自身でとことんまでやって、絶望したい。工事現場で大きな丸太がごみ同然に転がっている光景には、それくらいの力を感じたそうです。

街の木を集め、あの手この手で工夫しながら材として活用する試みを続けていく湧口さんのもとに、徐々に木の持ち主から相談されることが増えてきたそうです。再開発に伴う反対運動の現場に関わることもあったとのこと。こじれた状況が少しでもよくならないかと、意見の異なる人たちが一緒に取り組める様々なプログラムを考え、実施する中で、街の木をとりまく従来からあった課題とも向き合うことになったそうです。

木があって良かった思える体験を増やす

木は植えれば植えるほど、育てば育つほど、維持する負担が増えていきます。そのコストは深刻な問題のため、手に負えなくなって伐採に至ったり、倒木リスクが高まったりしているそうです。
そして意外なことに、木の持ち主は、伐採を決めたとしても木を大切にしない人はいなかった。ところが、いざ伐採となった時、非難される。立派な木を育てれば育てるほど分断の起点になってしまうという理不尽さを感じられていたとのこと。
「都市の森に、もっと好ましい循環をつくりたい。『負債』から、持てば持つほど私たちを豊かにしてくれる『資産』へと変えていきたい。木があって良かったと思えることを、何でもよいので増やしていこう。」

「眺めるだけの緑から、活かす緑へ。街の木に触れて、恵みをいただいて、楽しむことをしてみよう。多くの人と発見や体験をともにできる機会をつくろう。木材としての活用もにも、地域の人たちが参加できるプロセスを設けてみよう。それらの体験は、きっと特別なものになるに違いない。」

「伐採反対の声の大きい場合や、SDGsがどうだとか、二酸化炭素がどうだとか、そういう話をテコにして木材にするのではなく、経済合理性以前に、自分たちの街で育てた木々を木材することが当たり前の選択肢になる。自然で無理のない仕組みと文化を作って、そうして得られる私たちならではの素材で、街の建築物が一つ、また一つと作られ増えていく街は、世界のどこにもない特別なものになるでしょう。」
湧口さんはそう展望します。

都市林業の本質は、単なる木材活用ではない。

広告を打たなかったにも関わらず、約70人が参加したカンファレンス@QUESTION

カンファレンスでも、書籍でも、湧口さんは東本願寺が明治時代に再建されたとき、採って、運んで、集めて、洗練を極めた技術とデザインで加工して加工して、完成した人々の壮絶な営み、人々の多層的な物語に言及されています。建築とは本来、そういうものであったはずであると。
京都には、そのようなエピソードが山のようにあるはず。なぜ、現代でそれをやろうとしないのかと。
都市林業で目指されているのは、そういう世界。明日の世界遺産になるような街を、今、私たちの手でつくりたい。

湧口さん伝わるパッションには、見た目のクールさとは裏腹に、とてつもない熱さが感じられました。

都市の樹木が活用されない理由

宝が池公園で行ったフィールドワーク。強剪定された桜がまちのあちこちに存在することに気付く

湧口さんが都市林業を実践するに当たっては、多くの木のプロから、「そんなものを扱っていたら稼げないからやめておけ」と忠告されたそうです。なぜ、街の木は、それほどに価値が見いだせないのでしょうか。
理由は多様です。「強剪定による腐れが多い」「釘や石など異物が出る」「樹形が悪い」「それゆえ製作に時間がかかりたくさんの端材が出る」「それゆえクレーム発生率が高くなる」「まとまった樹種がそろわない」
これらの欠点に加え、より本質的な課題として、都市での小規模な素材生産から始まるものづくりが時代に合っていないということが挙げられます。

ソーシャルグッドに逃げない。投資に見合う価値を

ここまで聞くと、本当に無理筋な取り組みのように感じられます。
都市林業は、ある程度お金がかかるのは仕方がないにせよ、あまりにも不合理な手間、コストをかけて成立させるのでなく、かけた手間、コストに見合ったもの、使う人だけでなく作る人にも、「良かった」と思えるものにしなければならない、そうしなければ続かないと考えておられます。
どうやってこの難題を乗り越えていくのでしょう。
詳しくは、書籍をご覧いただければと思いますが、ポイントは、「効率化とワンストップ化」、つまり芸域・職域を広げて成立させる。また、どんな価値創出ができるかひたすら突き詰め、投資に見合う有形・無形のメリットを生み出す。そして、自分ありきでなく、本当に喜ばれることをして、売れるものにする。本当に愛のある提案や商品をつくる。
たくさんの木を育て、たくさんの人を喜ばせて、また自分も喜び、そんな循環をぐるぐる回して、街の木でできた特別なモノ、コトを通じて、街の木、お金、愛情を循環させる。
ソーシャルグッドな取り組みだから、に逃げない姿勢が感じられます。
簡単なことではありませんが、カルチャーとは、持続可能な本物のビジネスとは、そういった信念がないと成立しないことを痛感させられました。

実際の取り組みと事例

都市林業は、街の木とそれを取り巻く仕組みや文化全体を問い直し、変えていく。補助金やボランティアにだけ頼るのでなく、自立して成立する形を目指しておられます。そのためには、やはり「やって良かった」「お金や時間をかける甲斐があった」と思えるものをつくることが重要とのことです。
書籍では3つの事例の詳細が説明されていますが、ここでは概要を紹介します。
どの事例もかなり大変なプロジェクトと感じますが、関係する人が自分事で関わることにより、後世に語り継がれるような物語が生まれています。街の木には、人の心を動かす力があるのかもしれません。

児童数の減少に伴い廃校となった区立小学校の跡地への地区会館や児童館からなる複合施設を整備するに当たり、学校のシンボルであった桜を活かせないかという話を出発点に、都市林業の取り組みが実践されました。
地域のために汗をかいて動くことを厭わないたくさんの方々と、行政職員、彼らを支えるまちづくりの専門家が互いに信頼し合える関係を築くきっかけに、街の木が活かされています。
伐採・造材、樹木染め、家具づくりのワークショップを通じて、多くの物語が生まれ、その結び目としての街の居場所が誕生しています。

駅前の大規模商業施設と隣接する広大な公園とを融合させる、大規模再開発プロジェクト。市民の手で公園で採られた木々を製材し、開発エリアの苗木を救出・育成し、リニューアル後の公園への植樹、製材した木々を活用した新施設づくりまで、都市の森の循環がぐるっと一周した事例です。
「前例がない」から躊躇せず「やってみよう」という気持ちでチャレンジした町田市職員の方々には、心からリスペクトしたいと思います。
また、このプロジェクトでは関係ないそうですが、反対運動が起きた現場で考案した「樹木カルテ」の取り組みを通じて、みんなで一緒に木の図鑑をつくりながらともに学び、思いが重なるという手法も素晴らしいなと思います。

障がい者支援に取り組む福祉法人が運営するお店のリニューアルプロジェクト。それほど立地の良くない場所であっても、福祉だからではなく、ただお洒落なお店をつくるのでもなく、「個性を集めて調和をつくる」というインクルーシブな視点を取り入れながら本当に良いものをつくるという難題を、こちらも関係者がプロセスに参加しながら見事に乗り越えておられます。

まとめ

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

湧口さんにお会いして感じたのは、「新しい文化を創造する人とは、こういう人なんだろうな」ということです。2024年 ForbesJAPAN 「世界を救う希望」100人にも選ばれているのも納得できます。
後日紹介するカンファレンスで湧口さんの話を聞いた京都市の某区長も大変感動され、「心の師匠」と慕っています(先に出会った僕が兄弟子です笑)。

もし、少しでもこの記事を読んで、湧口さんのことや都市林業に興味を持たれたなら、ぜひ湧口さんの書籍を読んでみてください。
1ページ1ページ、静かに、でもとてもパッションが詰まっており、胸が熱くなります。

次回は、湧口さんの刺激を受けながら、独自の課題意識も盛り込んで取り組んでいる、宝が池公園での実験的な取り組みについてご紹介いたします。

また、僕が考える都市林業に取り組む背景については、以下の記事をご覧いただけますと幸いです。


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