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なぜ「ここにはいい共同体がある」と言っても「意味がない」のか


昨日の記事が大きな反響を呼んでいる。


ありがたい話だけれど。誤解もあるように思う。たとえば、藤沢市の村岡地区で読書会を運営されている方から、こんなメッセージを貰った。

「宇野さん、僕たちの読書会に来てください。ここにはたぶん、キツくない共同体があります!」

とても嬉しかった。こういう試みを、僕は無条件で応援したいと思うし、ぜひ、スケジュールが合えばお伺いしたいのだけれど、その一方でイマイチ僕が前回の記事で書いたことが伝わっていないようにも思う。

前回僕が主張しているのは「コミュニティの中心にいる人は、そこが良いコミュニティだって言うに決まってるけど、周辺や外部の人はそうとは限らない」ということと、「この瞬間はいいコミュニティでも、人間関係で全てが決まる場所は代替わりしたときにどうなるかわからないので、とても危険」だと言うことだ。

だから「ここにいいコミュニティがある」と言われても……というのが正直な感想だ(ごめんなさい)。いや、いいコミュニティをがんばって運営されているのは頭が下がるけれど、こういった属人的な回路を社会の原理原則にしてしまうと、まったく機能しないーー具体的には弱者にどんどん不利な社会になるーーと言うのが、前回の記事のポイントなのだ。

これは完全に「個別の試みの良し悪し」の話でもなく、基本的に「共同体から弾かれた人」「共同体にアクセスしづらい人」を念頭に置かない社会思想は意味がない、という話だ。

しかしこれがなかなか伝わらない。

僕を読書会に誘ってくれた方はめちゃくちゃいい感じだったのけど、同じように僕が昭和の飲みニケーションを批判すると、「オレはよく飲みニケーションを主催しているが、ちゃんといろいろな人に気を配っているんだ」と怒られることが多い。申し訳ないけれど、僕の書いたものをちゃんと読んで欲しい。独裁者が「善政」を強いたとしよう。しかしそのことで独裁制のリスク(ヤバいやつが政権を掌握したら終わるので、民主主義で権力分散&制限を加えたほうが長期的には圧倒的にいい)が消えてなくなるわけじゃないのだ。

僕はあなたやあなたの共同体運営をまったく批判していない。ただ、共同体への回帰がこれからの社会の「解」には絶対にならないと言っているのだ。

しかしこの噛み合わなさはどこから来るのだろうか。

それはたぶん、いま「共同体」を運営している人は、それが良心的な人であればあるほど、それ(共同体回帰)をロマンチックな物語として、誰もが共有すべき「大きな物語」としてウットリ浸ってしまう傾向があるのだと思う。しかしこの傾向はものすごく危険だ。

僕はこう考える。たとえば親ガチャはなくせない。もちろん、毒親による心身への加害は法で裁かれるべきで、その努力を怠るべきじゃない。しかし、人間が動物の一種である限りゼロにはできない。だから特に大事なのは「社会」が親ガチャを可能な限りキャンセルできることだ。貧乏な家に生まれても奨学金が得られること、虐待してくる親からは逃げて、しかるべき施設で育つことができること、田舎に生まれても東京と可能な限り同じレベルの図書館があること……これが重要なのに、ハートフルなエピソードを消費して思考停止している人たちが、「自分はいい親をやっています」自慢を反復しているのだ。

いや、それはいくらでも写真入りでFacebookに(子供の人権に配慮した上で)書けばいいと思うのだけど、「いい家族があればいい」みたいな発想(共助)を振りかざして、ここで僕が述べたような親ガチャのキャンセル装置(公助)を批判するのは、どう考えてもおかしいと思うのだ。

ここで考えなきゃいけないのは、こうした共同体や家族の「物語」を欲している人たちへの「ケア」だと思う。

15年くらい前にNHKの「日曜討論」に出たときに、生前の西部邁さんが、子供へのネグレクトや虐待に対して、「いい男といい女が出会って、いい家庭を作ればいいんだ」みたいなことを言っていて、西部さんはいい人だな……と思ったのだけど、社会的なメッセージとしては意味がない……とまでは言わないけれど、ズレているなと思った。

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僕はもはやFacebookやTwitterは意見を表明する場所としては相応しくないと考えています。日々考えていることを、半分だけ閉じたこうした場所で発信していけたらと思っています。

宇野常寛がこっそりはじめたひとりマガジン。社会時評と文化批評、あと個人的に日々のことを綴ったエッセイを書いていきます。いま書いている本の草…

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