変えるべきもの。変えてはならないもの。経営と思考の軸 #89
■ マーケットインだけでも不十分な理由
かつての高度経済成長期、日本は“作れば売れる”時代にありました。
モノが不足していた時代においては、生産そのものが価値だったのです。
やがて、日本の製造業は世界的に評価され、「良いモノを作れば売れる」時代へと進化します。
技術力そのものが競争力となり、供給側発想の「プロダクトアウト」は確かに機能していました。
しかし現代では、その前提は崩れています。
モノや技術だけでは、もはや選ばれない時代です。
では、顧客の声に徹底的に応える「マーケットイン」の発想が正解なのでしょうか。
確かに、顧客ニーズを起点にすることは重要です。
しかし、それだけでは「言われたことをやるだけ」の存在になってしまいます。
いわゆる“御用聞き”です。
この状態は、顧客の目の前しか見えなくなる「カスタマーマイオピア(顧客近視眼)」に陥る危険を孕んでいます。

■ 企業の存在価値はどこにあるのか
現代は、不確実、不安定、複雑、曖昧な予測が困難な時代と呼ばれています。
ニーズは多様化し、変化のスピードは加速しています。
この環境では、
• 顧客に迎合しすぎるマーケットイン
• 自社の想いを押し付けるプロダクトアウト
どちらか一方では、支持を得ることはできません。
必要なのは、その両方を統合した発想です。
企業が社会に存在する意義は何か——
その問いに対する一つの答えが、「コア・コンピタンス」です。
これは単なる強みではありません。
他社には真似できない、自社ならではの価値です。
そして重要なのは、この価値は“顧客に言われて生まれるものではない”という点です。
つまり、コア・コンピタンスの創造には、プロダクトアウト的な発想が不可欠なのです。

■ 3Cが示す「価値の本質」
マーケティングの基本である3C分析は、重要な示唆を与えてくれます。
• Company(自社)
• Competitor(競合)
• Customer(顧客)
ここから導かれるのはシンプルな事実です。
「自社にしかできず、かつ顧客が求める価値」でなければ意味がない。
この重なり合う領域こそが、
• USP(Unique Selling Proposition)
• バリュー・プロポジション
と呼ばれるものです。
■ 変化の時代に問うべきこと
変化が激しい時代において、企業が問うべきことは一つです。
「何を変えるか」ではない。
「何を変えてはならないか」である。
変化に適応するために必要なのは、変化そのものではなく、
変わらない基盤への確信です。
それをここでは「セオリー」と呼びます。
大きく捉えたら経営理念であり、それを実現させるための戦略です。
• セオリーなき効率化は、空洞化である
• セオリーなき戦略は、ただの物語である
そして、
セオリーを持たない企業や個人は、やがて消えていくとも覚悟しています。
これは決して大げさな話ではありません。
DXやAIといった変化の波に乗ることは重要です。
しかし、その前に「何を拠り所とするのか」が定まっていなければ、すべては一過性に終わります。
■ カメラの進化が示すもの
かつて主流だったフィルムカメラは、デジタル化によって大きく姿を変えました。
現像の手間がなくなり、市場は一気にデジタルへ移行します。
しかしその後、スマートフォンの登場により、デジタルカメラですら衰退。
そして今、再びフィルムカメラや専用カメラの価値が見直され始めています。
また、カメラのデジタル化によって、フィルムの需要がなくなり、衰退した企業もあります。
逆に、フィルムを製造する技術的強みを活かして、新規事業の成功を収めている企業もあります。
ここにあるのは、技術の進化ではなく、
価値の再定義です。

■ まだ、可能性は、半分も残っている
イノベーションというと、多くの人が「革新的な技術」を思い浮かべます。
しかし、その本質はそこではありません。
本質は、
新しい価値によって、既存の常識を壊し、新しい顧客を生み出すことです。
もっと言えば、特別なものではなく「アイデアの延長」です。
アイデアとは、ゼロから生まれるものではありません。
「アイデアとは既存の要素の新しい組みあわせ」
——ジェームス・W・ヤング
同じものでも、見方が変われば意味は変わる。
「コップに『半分入っている』と『半分空である』とは、量的には同じである。だが、意味はまったく違う。」
——P.Fドラッカー
量は同じでも、行動は変わります。
そしてこの認識の転換こそが、イノベーションの入り口です。
すでに多くのイノベーションが生まれているからといって、
可能性が尽きたわけではありません。
むしろ逆です。
もし今の世界が「コップの半分」だとするならば、
残り半分は、まだ手つかずの可能性なのです。
■ これからの経営に必要な視点
これから確実に、顧客の価値観は変化し続けます。
だからこそ重要なのは、
• 進化させるべきもの(変えること)
• 守り続けるべきもの(変えないこと)
この2つを明確に意識することです。
変化に振り回されるのではなく、
変化を活かす。
そのために必要なのは、
確かな軸と、しなやかな発想なのだと思います。
