🌸早春のヴェネツィア③🌸〜22年ぶりの偶然の再会と奇跡の光景〜
ヴェネツィア本島に2泊して、3日目はリド島のホテルに移る。この日は朝方から雨が降っていた。運河に落ちる雨粒を眺めながら朝食を食べる。
朝のうちに荷物をリド島のホテルに移してから、本島で過ごす予定だ。多少降っていても、船着場は目の前だ。それほど濡れることもないだろう。
外に出るともう雨は止んでおり、傘を出すまでもなかった。
日中は、このホテルの目の前の船着場に、リド島行きのヴァポレットが発着する。
「出発する時になって、やっとこの船着場を利用できた」
とOが笑う。






リド島の方が本島より空気が暖かい


ホテルは船着場から程近い。フロントに荷物を預けて、しばらく遊歩道を散歩する。
船に乗るのが日常の地域であるので、海辺にこうした船のガソリンスタンドがある。日頃見ないこうした景色が楽しい。
ヴァポレットに再び乗り、本島へ。

船はRialto Mercatorへ。リアルト橋の一つ先、市場のある場所だ。







午前中一段落するとこの建物の中は空になる






紙に書いた名前を一瞬見ただけで一気に仕上げる技
船着場近くの煉瓦の大きな建物は魚の市場、その前に野菜の市場。その先に、土産物屋が軒を連ねる。修学旅行の生徒たちも大勢やって来ている。
しばらく行くと、建物の1階にお洒落な店構えが珍しい一軒が。
ゴンドリエーレ(ゴンドラの漕ぎ手)のグッズを売る店がある、とOが行きたがったのだ。

この長いリボンが付いた麦わら帽子は、日差しが強くなると、ゴンドリエーレは皆被っている。またふさの付いたベレー帽を被る人もいる。
ゴンドリエーレのボーダーのシャツは赤と青が多い。赤は新人用と聞いたこともあったが、どうやら資格に関係なく、個人の好みらしい。
しかし眺めているとベテランの人たちはどう見ても青が多く、漕ぐ練習をしている人(なかなか前に進まない様子)が赤を着ているのを何回か眺めた。
「ボーダー柄は海に落ちた時に目立ちやすいように、という意味もあるようだから、慣れない人は赤なのかな?」
とOと話した。



開店まで少し時間があったので、他のお土産を買って、運河沿いのカフェで一休みすることに。

市場の建物近く、運河に面して古いカフェが並ぶ。






観光客やゴンドリエーレ、様々な人が入れ替わり立ち替わり、このカフェに立ち寄っていく。
先程の店に戻り、Oがデザインを幾つか迷った末、ブルーのボーダーの春のニットを買った。
Oの旅の荷物の中に、同じようなブルーのボーダーのパーカーやニットもあった気がするが、やはりこの店に来たらボーダー柄を買わねば。
爽やかな新しいニットに、Oは満足そうだ。
店のグッズのデザインに取り入れられているのは、ヴェネツィアのゴンドラの先端にある金属製の飾り「フェッロ(Ferro)」と呼ばれる。
これは単なる飾りではなく、ヴェネツィアの歴史と構造の象徴と言われている。
全体はカナル・グランデ(大運河)の形、そして6つの突起は6つのセステリエ(区)サン・マルコ、カステッロ、カンナレージョ、サン・ポーロ、サンタ・クローチェ、ドルソドゥーロを意味している。


船着場に戻り、次の買い物へ。ザッカリアのあの店だ。


🚤🚤🚤
Vの定番の目的地、ザッカリアの“Franco Murano glass”へビスクドールを買いに。
この店については以下の記事でどうぞ。
[念の為、上記の記事の内容を要約]
初めてこの店に行ったのは22年前。まだ店がザッカリア教会のすぐ近くにあった時代で、店舗と工房を兼ねていた。風格のある人気店“ ”
店の奥の棚にぎっしりと沢山の人形が並べられた様子は、他では見たことのない素晴らしさだった。
3種類の大きさのビスクドールはどれも大変可愛らしく、オリジナルの美しいドレスは全て一点物。製作者の技術の高さ、美意識の高さがうかがえた。
そこでVは、少し前に姉からプレゼントされたものと同じ大きさの人形を1体買い、そこで店主である女性を見かけた。またビスクドールはその女性が作っていると知った。
また行きたいと思ったものの、Vはその後しばらくヴェネツィアに行く機会がなかった。それまでヴェネツィアには何度か行っていた為に、その後の旅行といえば他の国であったり、またイタリアに行っても南の地方に出かけていたのだった。
一昨年(2024年)、ヴェネツィアを訪れ真っ先にこの店に向かったが、その場所に既に店はなかった。店の格から考えて、閉店は考えられないとVは確信しており、移転先を探した。
Vは店の名前すら忘れていたのだが、22年前、その人形に付いていた印象的な店のタグを思い出し、そこから調べ、地元の人に店の情報を伝え、移転先を聞きまくった。
何とか場所がわかり行ってみると、移転していた上、更に仮店舗で営業中であり、おまけに店名まで変わっていたその店を見つけたのだった。売っている品物も全く別の店になっていた。
この一昨年の時点では、既にVの欲しかったビスクドールの取り扱いはなく、新しく販売を始めた道化の姿の人形が僅か数体置いてあるだけで、ヴェネツィアングラスの店に変わっていたのだった。
しかしこの数体の人形には元々の店のタグが付けられていた為に、間違いなくこの店と判断できたのだった。
新しい店主に事情を話すと、既に人形作りをやめて引退した彼の叔母さんに連絡を取ってくれるという。
翌日もう一度行ってみると、在庫として叔母さんが持っていたビスクドール5体が準備されており、Vはそのうちの3体を買わせてもらったのだった。
叔母さんは、20年前にビスクドールを買ったVが、その人形を握りしめて店を探して現れて、またビスクドールを欲しがっていることを知り、大層喜んでくれたそうだ。
Vはその3体に大喜びしたのだが、しかし、もうその人形は作る人がいないので、売れるのはその在庫のみで、今後は道化の人形のみしか扱わない、とその時確かに彼は言った。
その翌年(2025年)また店に行ってみると、元のタイプの人形が何体も置かれていた。
「まだ在庫があったのですか?」と店主に聞くと、「叔母さんが新たに作ったんだよ」と真顔で言う。
『「叔母さんは引退した、もうあの人形は作らない」と昨年仰いましたよね?』
と思ったけれど、昨年の話を持ち出して、店主に事情を聞くのはやめた。
日本人的な感覚で、昨年はこうで、今はこうなのか、というやや混み合った話(ごくシンプルな質問だけれど)は、何故そんなことを聞くのか、という風にしか捉えられないことはよくある。
「先日はどうも〜」とか、「昨年はどうも〜」というような話題は、『わざわざ何故それを話す?』という顔をされる。その挨拶は不要に感じるようだ。これはドイツでもよくある。
「今はこれを作っているよ! 叔母さんは元気でハッピーだ 」
というような現在の話のみで、会話をする方がスムーズなのである。
一昨年行った時も、移転する前の店舗の話をしてみても、懐かしい思い出話とはならなかった。
「今はここで店をやっている」という以外、関係ない話に思えるようだ。
そういう点で日本人の会話の感覚とは違うのだとわかった気がした。
とにかく、彼の叔母さんは再びやる気を出して作り始めたらしい。良いことではないか。
この引退取り消しの発端は、前年Vが訪ねて行ったことが要因ではないか、とOに話すと、
「絶対そうだよ。わざわざ日本人が20年振りに訪ねて来て、あの人形を欲しいと大騒ぎしたんだから。
お婆さん嬉しくて、またやる気出したんじゃない?」
しかしその日、ゆっくり眺めてみても、既にVが持っている5体を超えるような、絶対に欲しいと思う人形はいなかった。
店主の叔母さんが絶世期に作った人形は、顔の絵付けも、髪型も、ドレスの豪華さも遥かに目の前の人形よりも上だったのだ。
道化師の衣装の人形の中に好みの顔があり、とても可愛らしい。Vはまだ持っていなかったので、喜んで買って帰った。
ヴェネツィアらしくて気に入っている。その昨年の子がこちら。

そんなこんなで、『叔母さんは絵付けの為に、老眼鏡の度を上げたらどうだろう』とか、『顔の絵付けは若い姪っ子に任せたらどうだろう』などとVは考えつつ、今年のお人形たちのラインナップを眺めに行ったわけだ。

店に入ると、すぐ店主のフランコさんが出迎えてくれた。挨拶をしていると、奥のレジのテーブルに年配の女性が座ってにっこりとこちらを見ている。
『あの人は、元の店の店主のマリアさんだ!
お人形の作者 ! 』
とVは驚いた。マリアさんというお名前は、何かで読んだ記憶があった。
(*もし記憶違いの場合はすぐに訂正致します)
それでも別の親戚かもしれないので、念の為フランコさんに確認すると、
「僕の叔母さんだよ。人形は叔母が作っているんだよ」
‥‥その話は一昨年から何度も聞いて、とてもよく知っている‥‥ と言うのをVは我慢して、
「そうね」
とだけ答えて、マリアさんに挨拶した。
マリアさんがいると知っていれば、イタリア語のファンレターでも書いて行ったのに! と思いつつ、Vはこれまでの話や、持っている人形達の写真をお見せする。
22年経っているけれども、あの当時と同じ明るい笑顔で若々しい。

製作者にお見せしているところ
店に入ってすぐ舞い上がってしまって、ずっとお喋りしている間に、今年の人形達の写真を撮ってくるのを忘れてしまった。
そして、新作のお人形を買いたかったけれども、顔の感じがVの好みとは違った。やはり人形は顔が命だから、そこは妥協できず。
「今回はもう一体道化師の衣装の子が欲しいから」
と一番可愛い子を選んだ。
マリアさんに持っていただき記念の1枚。Vと一緒の記念写真も撮っていただいた。

フランコさんによれば、マリアさんが店にやって来ることは滅多にないと言う。
この日は新作の人形を持ってやって来て、久しぶりにしばらくの間店にいたのだという。
Vは、いつもだったらヴェネツィアに来てすぐ寄るのだが、今回はフェニーチェ劇場の予約やOの予定や他の買い物もあったので、3日目の夕方、という、これまでとは違う、かなり中途半端なタイミングで来たのだった。
マリアさんと姪っ子さんが、滅多に来ないこの店にいらしたこの時間に、丁度OとVが、リアルト・メルカートから移動して、ザッカリアのこの店に行ったのだった。ヴァポレットが一本遅ければ出会えなかった。
22年振りの出会いのこのタイミング、神様のご配慮としか思えない。

もしまた店に行く機会があったら、絵付け作業がしやすいように、日本製のやや強めの度の、ルーペタイプの眼鏡(有名なあれ)をお土産に持って行こうか、と思う。
元々顔の絵付けがとても上手な方なのだ。もっと細かい作業をしやすくして、いつまでも作り続けていただきたい、と願うVだった。

ビスクドールのタグ






人形のパッケージをしっかりと抱えて、リド島に戻る。






木蓮が咲いていた


感動が大きく、上の記事で写真を一旦投稿したものの、改めて。

船着場近くのカフェから出ると、曇天が夕焼け空に変わっていた。燃えるような色だ。
慌てて海沿いの遊歩道に向かう。





サン・マルコ寺院と広場の鐘楼が見える

奇跡のような数分間だった。
ホテルに入ると、運河に面したバルコニー付きの部屋だった。
明日はここから夕陽を見よう。
次回 ④に続く
