ヴェネツィアか、それ以外か🇮🇹〜逆打ちジョジョ聖地巡礼もやってみた〜
「ヴェネツィアではどこに行きたい?」と旅の計画をしっかり立てたい夫が、訊いてくる。
私は「あそこにいるだけでいい」と答える。ヴェネツィアの場合はいつもそうだ。
あ、いけない、いけない。今回はいつも行く場所の他に、行っておくべき場所があった。
「えーっとね、サン・ジョルジョ・マッジョーレ教会、フェニーチェ劇場‥‥他はいつも行くところ」
夫は、珍しく私が具的的に名前を挙げたので、それで満足したようだ。
「劇場は今からだと、多分チケット取れないよ〜」
「建物の前に行くだけでいい」と答える。劇場とその周辺の雰囲気を眺めたかった。
人生8回目のヴェネツィアへの旅。車では2回目となる。ドイツの家からは、スイスを越えて、車で数時間で行くことができる。ヴェネツィアが南の方でなくて本当にありがたい。
今回は世界遺産の街、マントヴァに一泊してから向かうことになっている。マントヴァも素晴らしい街であるので、ここに関しては後日の別記事で。ヴェネツィアの後に行ったヴェローナと共に語りたいと思う。
夫は、旅をイタリアへと決めた時点で、「どこへ行きたい?」と、わざわざ私に訊くことはない。「ヴェネツィア!」と私が答えるのは承知の上だ。
今回の1週間の旅行のうち、四日間はヴェネツィアだ。これまでで一番長い。私は全てヴェネツィア滞在でも良いのだけれど、夫は勿論、他の世界遺産の街も訪ねたいわけで、そこは無理も言えない。

サンタ•ルチア駅よりも一つ手前、ヴェネツィア・メストレ駅前の駐車場に車を置いて、荷物を持って島へ向かう。
メストレ地区はヴェネツィアの行政機関が集まる。まだ本島で働く多くの人たちの居住区でもある。
車で海を渡って、本島の大駐車場に置きたい気持ちはあるのだけれど、今回は四日間の滞在であるし、メストレに置けば三分の一の価格で済むのを知っているので、文句は言わない。
また電車で海を渡りながら、ガラス窓にへばり付いて、少しずつ近づくヴェネツィア本島の旧市街を眺めるのも好きなので、そこは寧ろ電車で行く方が楽しい。

サンタ•ルチア駅に到着した瞬間から、もう別世界だ。何回来ても、ヴェネツィアは何もかも美しく愛おしい。
夫はヴァポレットのチケットを買いに行き、三日分72時間チケットを手に戻って来る。これは45€。最終日に帰る時は、別に買い直す必要があり、1回券は割高だとぶつぶつ言っている。
本島の入り口とはいえ、近代的な建物の駅は、いつもただ通り過ぎるだけなのだけれど、今回は駅前広場にある街灯とゴミ箱、それを含めた景色をチェックする。
「どうして駅前の写真撮ってるの?」と夫に訊かれる。
「うん。ここも聖地巡礼の場所の一つ」と私。
「駅前が?」そう、駅前が。
夫には後で説明しよう。多分理解はされないけれど。

ヴァポレットのチケットは1回券(9.5€)、24時間券(25€)、48時間券(35€)、72時間券(45€)、7日間券(65€)となっている。
我が家は滞在が四日間なので、半端な一日が出てしまう。最終日は遠出せず、ホテル近くで過ごした後、駅に向かうだけなので、別に1回券(75分有効)を買うことになる。
こういう無駄感のある出費が、夫は嫌いなのだ。
「水上タクシーのモーターボートは山ほど荷物を積めるし特別感はあるけれど、サンタ・ルチア駅からサン・マルコ広場まで69€もするんだから、それに比べれば良いじゃないの」と言ってみる。夫はお高い水上タクシーなど、勿論永遠に乗る気はないので、慰めにもならない。
ヴァポレットは乗る距離は関係ないので、駅までの移動の為だけに買う1回券は、妙に割高になるのだ。かといって、他に移動手段はないし、観光地価格として割り切るしかない。
という内容を夫が語っているけれど、私は既にご機嫌で、頭の中がお花畑になっている。
2024年から、ヴェネツィア市内に宿泊しない日帰り観光客を対象とした入島税(5€)が導入された。14歳以上が対象となって、初年度は7〜8月の特に観光客が集中する日に実施されたようだ。
オーバーツーリズム対策としての5€、その程度の金額が課せられたところで、人は関係なく、行きたければ行く。だから、せめてもの対策なのであろうけれど。
この税金も事前に観光サイトに登録して決済が必要だという。どこもかしこも事前の予約が必要な時代となった。
『歳をとったからスマホが使えない』などと言うのは、もはや何の言い訳にもならない。
チケット予約も観光も食事も、人気のある場所は予約が必要なところばかりで、サン・マルコ寺院ですらオンライン決済のみの入場だ。外側にチケット売り場がないので、入場の仕方がわからずに入り口で困っている人の列ができていた。係員は壁にある説明書きを指差し、「あれで予約せよ」としか言わない。
午前に予約すれば、午後の予約が取れるし、3€と値段は安いが、このサイト自体が使いにくいと夫は何度もやり直していた。
オーバーツーリズム対策として導入されたのは明らかで、確かに一手間かかり、まぁ中の見学はいいや、と諦める人もいることだろう。
対策を講じる必要性はわかるが、入り口ではああした説明のみであり、入り方がわからずに困っている人たちへそれ以上の説明はない。不親切さは拭えない。
どこもかしこも、事前に旅先の情報入手、見学申し込みが必要なことばかり。旅先でふらりとある場所へ立ち寄ってみる、偶然の芸術との出会い、などという情緒は味えない時代なのだ。
おまけに、もしスマホを紛失したら、と考えるとゾッとする。
今回のホテルはサン•マルコ広場からほど近く、便利な場所でありがたい。体力的には、夫より遥かに劣る私であるけれど、ヴェネツィアではつい限界を超えて歩いてしまう。であるので、ホテルは便利な場所であるのに越したことはない。
ホテルに荷物を置き、街に出る。もう別の顔になっているのが、自分でもよくわかる。
幼い頃から憧れて憧れて、憧れ尽くした地、ここにいる時だけが、本来の自分であるような気がするくらい好きな場所。
運河を眺める、細い路地を彷徨う、ただそれだけでいいくらい、この街が好きだ。
サン•マルコ広場に行った後、早速馴染みのビスクドールを扱っている店に行くつもりでいたが、その前に夫がお昼を食べる店を予約してあるという。
レストランは運河から一本入った道の、サン・マルコ広場とサン・ザッカリア教会との間の辺りだ。
行ってみると、「あれ? あのお店のところだ」と夫。例の店の斜向かい 笑
単に夫は、地元で人気の店を予約したのだけれど、そんな近くだった。夫、良い仕事をする✨
一昨年、移転した店を探して、人に尋ねたりして執念でやっと辿り着いた場所。あの時は暑くて大変だった。移転した上、店の名前は変わり、おまけに一軒は改装中、扱う品物まで変わっていて、本当によく辿り着いたものだと自分を褒めたい。
見ると、当時は改装中だった右側の店も完成していて、2軒並んでいる。もう店は逃げないので、ゆっくり食べてから店へ繰り出すのだ。ああ、嬉しい🎶
予約をしてあったものの、トラットリアは満員で、20分ほど待つように言われた。その間も次から次へと観光客もやって来る。
「トラットリア・アッラ・リヴェッタ」
バーカロ(居酒屋)兼トラットリアで、人気店でガイドブックにも載っている。



同じブルーのボーダーのTシャツを着た、ゴンドラの船頭(ゴンドリエーレ)数名のグループも食事をしている。
彼らは、グループでまとまって交代で食事に出かけるようで、この店に行くまでの間にも、ゴンドラの乗り場はあちらこちらにあるので、それぞれ近くの馴染みのレストランに入っていく様子が見られた。
この店も彼らは常連のようで、店の人と楽しそうにお喋りをしている。
給仕係が大変愛想が良く、店の中は陽気な空気に満ちている。
店の奥が調理場だが、そちらから料理が運ばれてくるだけではなく、ゴンドリエーレ達は、入り口のカウンターに並ぶ料理を次々と盛り合わせてもらって、食べたりもしている。



しばらく入り口のカウンター近くで待っていると、外から男性が一人、顔を出した。
「あれ? 私、その人知ってる!」と言うと、夫に驚かれる。
「え? どうして?!」
「お人形のお店の店主さんの従兄弟! 」
「よく覚えてるな〜」
お昼を食べようとしたらしく、店を覗いたが、あまりにも混んでいるので、店の人と話し、自分の店に戻って行った。
「ほら! やっぱり従兄弟!」
「よく覚えてるなぁ〜」と夫はまた苦笑。
『あなた方を案内する予定のテーブルが、まだゆっくりデザートのティラミスをつついているから、もうちょっとかかるよ』と入り口の案内の人が、目線と態度で合図を送って来る。我々も「了解!』と目線を送る。
「まだもう少し座れないから、ちょっとお店を覗いてきたら?」と夫も言うので、斜向かいの店へ。

店のショーウィンドウには、懐かしいビスクドールが並んでいる。私が買った子たちの仲間も混じっている。新顔だ。
おや? 引退したお祖母さんは、まだ少しずつお人形を作り続けているのかな?と思いつつ店に入ると、従兄弟さんが。
「お久しぶりです。一昨年来たのを覚えてますか?」と訊くと、
「あ〜人形持って来てたよね?」と。覚えていてくれた。
その時買った三体の人形の写真を見せる。ああ、これこれ、と従兄弟さんも笑う。
「開設されたホームページ観ました。お祖母さんと女性の方の写真を拝見しましたよ」
「あれは僕の妹。妹があのホームページ作ったんだよ。店の歴史を伝えたいって」と。
「そこのレストランにさっき顔を出したでしょ?
お顔覚えてましたよ。私たち、これからあそこで食事なんです。後でまた来ますね」
と伝えて、取り敢えずレストランに戻った。
レストランに戻ると、テーブルはすぐに空いて、席に着く。
「何食べる?」
「アンティパストはパパにお任せ。プリモピアットはイカスミのパスタね」
速攻で答える。
背の高い給仕係のおじさんにお薦めを訊くと、メニューを見ながら日本語で一通り料理の説明をしてくれて、
「ドレモ オイシー」と付け加えていた(^O^)
✨✨🍝✨🍷✨🍝✨✨
元々イカスミのパスタは好きなので、よく食べるのではあるけれど、この日の注文には理由があった。聖地巡礼の一環である。
ヴェネツィア滞在中の[お勧め事項]が、コメント欄で話題に上ったのだった。
こちらの記事のコメント欄で、武智倫太郎氏より『ジョジョの奇妙な冒険』の熱心なファン達の、ヴェネツィア聖地巡礼についてご指南があった。
是非本文と共にご一読いただきたい。
私は、この有名なタイトルは知っていても、原作を読んでいないので、知らなかった聖地巡礼。
多くのファンが、ヴェネツィアをはじめ、作品の中で描かれているイタリア各地を訪れるようだ。
そこに書かれていたヴェネツィア以外の街は、我が家でもこれまでに全部行っている。まるで巡礼に出かけたかのように 笑。
武智氏が仰るには、ジョジョファンの皆さん、ジョジョラーは、聖地巡礼というはっきりした目的でヴェネツィアに向かう。
ところが私は、これまでヴェネツィアがとても好きであるから何回も行っていただけである。その私が、新たに知ったこのジョジョの聖地巡礼を行うとすれば、『逆打ちジョジョ巡礼』ということになるのではないか、とのこと。
面白い。ジョジョ巡礼に行ってみよう、と決めた。
武智氏からコメント欄で、何人かのSNSへの投稿記事を教えていただいて拝見したところ、とても面白かった。
ジョジョの原作は読んだことはないものの、『岸辺露伴は動かない』のTVドラマは大好きである。なので、ジョジョラーの要素は一滴ほどはある、ファンの中の、隅っこのまた隅っこの端くれと言っても罪にはならないだろう。
✨✨🌹✨🌹✨🌹✨✨
【余談】
漫画の聖地巡礼は、私も経験がある。
青池保子氏の名作『エロイカより愛をこめて』の主人公の一人、NATOのクラウス・フォン・デム・エーベルバッハ少佐のファンであるので、ドイツに来て早々、物語に出てきたドイツや近隣の国を訪ねていた。
少佐とドリアン・レッド・グローリア伯爵が世界各地で暴れ回ってくれるので、聖地巡礼は行く場所が多すぎて大変すぎる。私が行かれるのは近場だけ。それでも面白い。
昔はNATOの本部はボンにあったが、ベルリンの壁崩壊以降、しばらくして場所が変わったとか、全く縁がない知識を得るのが楽しい。ボンに行った時も感慨深いものがあった。
名前が同じというだけで、エーベルバッハの街にも行った。この漫画のブームが起こった当時、静かなエーベルバッハの街に、日本人女性観光客が押し寄せて、住民を驚かせたという。
観光への功績を認められて、青池氏は当時この街から表彰されている(^-^)
第18巻『皇帝円舞曲Part.2』の中で、オーストリア インスブルックの王宮の屋根の上で、少佐とCIAのディックが殴り合う場面や、その後マリア・テレジア通りを、二人ともかっぱらった馬に乗って、駆け抜ける場面がある。
大事に持って来たコミックスのページと見比べ、「ほら!! 同じ場面! 」と自慢して、夫に呆れられたものである。


マリア・テレジア通り。旧市街の中心地である。

第18巻 81ページより


上の写真は背中側なので、美しい正面をご紹介
このように、私も作者の世界観をその街で感じ、描かれたその場面と同じ場所で、同じ経験をしてみたいという気持ちはよく理解できる。
✨✨🌹✨🏰✨🌹✨✨
⭐️巡礼その1 サンタ・ルチア駅前広場
サンタ・ルチア駅では、私も写真は何枚も撮ってきたのだけれど、人が多すぎてイメージが少し違うので、ジョジョラーさんの記事から拝借させていただく。
⚫︎武智氏情報のジョジョラーさん①
詳しくはこちらをお読みいただきたい。
以下は上記『ジョジョのイタリア聖地巡礼 黄金の風邪』の中の駅の場面。朝日の場面を撮るために早朝にスタンバイされている。その為他の観光客が写り込まず、素晴らしい。気合が違う。

この街灯はヴェネツィアのこの界隈の至る所にある美しいもので、大変見慣れているのだけれど、
『そうか、これがギアッチョの首に刺さったのか〜』とか、
『あのどこにも置いてあるゴミ箱、ギアッチョがひっくり返したのか〜』とか。
ギアッチョってどなた?! と思いながらいつもと違う視線で街を眺めたのだった。
引用させていただいた本文の中の、ヴェネツィアの守護神「有翼のライオン像」は、私も大好き💓
これまでも見つけると必ず写真を撮ってきた。
⭐️巡礼その2 「有翼のライオン像」






⭐️巡礼その3 イカスミパスタ
というわけで、ジョジョ巡礼は、サンタ・ルチア駅に続き、イカスミパスタということにして、取り敢えずブリモピアット(前菜の後の料理、パスタ、スープ、リゾットから選ぶ)は、イカスミパスタを頼んだのだった。
イタリアで食べるイカスミは新鮮である為なのか、歯に全く付かない。食べた後、ニッと笑っても大丈夫。
とにかく美味しいのでよく食べるのだが、今回は巡礼の意味で食べていることが、何だか面白くて笑ってしまった。



前菜とドルチェは撮り忘れた‥‥イカスミパスタのことばかり考えていたせいで。
⚫︎武智氏情報のジョジョラーさん②

イカスミパスタの件、任務完了。任務だったっけ?!
⭐️巡礼その4、サン・ジョルジョ・マッジョーレ教会
ヴァポレットに乗って、わずか数分。サンマルコ広場の丁度対岸にあたる、サン・ジョルジョ・マッジョーレ島へ。
こちらもジョジョでは相当なエピソードが描かれているけれども、残念なことに、この日は教会の鐘楼への入場はお休みとのこと(ミサがある場合も休み)で、教会の見学のみとなった。
エレベーターで登る鐘楼の場面は、ジョジョラーさんの記事でご確認いただきたい。

サン・ジョルジョ・マッジョーレ島を望む








古代ローマ建築を模した16〜17世紀に造られた堂々たる建築物だ。海に浮かぶこの島は本当に絵のように美しい。
内部のティントレットの絵画が大変素晴らしい。「最後の晩餐」「キリスト降架」など多数。
✨✨🍝✨🍝✨🍝✨✨
さて、話はレストランの後に戻る。
ビスクドールの店 “Franco Murano glass”へ。






下はホームページ内でも使われているかつての店主の写真


さて、食べ終わり、斜向かいのお人形の店に向かう。今度は夫も一緒に。
従兄弟さんから、ホームページに載せている昔の店は、工房もあり、ビスクドールを中心とした大きいプロジェクトであったけれど、現在はこのカーニバルのビスクドールにシフトして、ヴェネツィアングラスがメインの店となった、と改めて説明を受けた。
従兄弟さんに一昨年の事を話してみたら、あの時にビスクドールを準備してくれた店主のフランコさんは、本日休みとのこと。
あの時お世話になったので、お礼が言いたい、と伝えると、従兄弟さんは、
「明日は来るよ」と。そして、「フランコは日本語が話せるから」と言う。
日本語? そういえば、挨拶や『ありがとう』は一昨年も話していたっけ、と思い出す。親切で、人懐こい人だったから、日本人客への接客の為に、新しい言葉を覚えたに違いない。
では明日改めて、と伝えて店を出た。
翌日、10時に行ってみると、従兄弟さんだけ。「フランコはあと2、3分で戻ってくるよ」というので外で待っていたら、ニコニコしながら橋を越えてやって来た。
一昨年はTシャツ姿だったが、サングラス🕶️にシャツ姿、イタリア人っぽいお洒落な姿で、店主のフランコさん登場。
従兄弟さんから、昨日訪ねた話は伝えられていたので、満面の笑顔で夫と私を歓迎してくれた。
「約束通り、カーニバルのビスクドールとヴェネツィアングラスを買いに来ましたよ!」と私。
一昨年買った人形たちの写真を見せると、
「大事にしてくれているね」と大変喜んでくれた。

そして驚いたことに、私がビスクドールを選び始めたところ、フランコさんは急に日本語を使い始めた。
単語が増えたどころか、この2年の間に、恐らく接客をするにあたって、最初から最後まで不自由しないレベルの日本語が話せるようになっていた!
もう買い物をするだけなら、私がイタリア語や英語で話すまでもなくなっていたのだ(^◇^;)。
代替わりして経営者となり、新店舗2店をオープンさせ、日本人観光客への接客は重要、とちゃんと勉強したのだろう。凄く偉い👏👏👏✨✨
この移転先の店舗は、サン・ザッカリア教会近くの元あった場所より人通りは多く、好立地である。
しかし、島には、同じようなヴェネツィアングラスを扱う店は大変多い。ヴェネツィアングラスの発祥地、ムラーノ島もすぐ近くであるし。
他の店との差別化は、商品内容は勿論、接客は重要だ。挨拶程度ではなく、ちゃんとした日本語での会話ができる接客は、店のブラス要素であるのは間違いない。何だか安心した。
じっくりビスクドール顔を選んで決めた。



箱の裏と側面のカーニバルの衣装の二人の絵は、20年前にビスクドールに付けられていた下げ札と同じものだ。現在のビスクドールにもブランド名と共に使われている。
2年前に店を探していた時の情報は、店名を忘れていたので、ほぼこの格調高い銅版画の絵のみだった。
『あのような品格のある下げ札を使っていた店が、消える筈がない』、私の確信はそれだけだったのだ。
この可愛らしいお洒落な専用箱に、かつての店名の“Magie di Carnevale”と、その下げ札の絵が使われている。
それは、この店の人々が歴史ある店への誇りを表したのだと理解すると同時に、私の懐かしい記憶をここに留めてくれたことに、感謝の気持ちすら湧いてくる。

夫はヴェネツィアングラスをペアで購入した。ムラーノ島へは翌日行く予定であったけれど、夫なりの気遣いでこの店の物を選んだのだろう。
どうもありがとう、夫🙇♀️

二人に見送られて店を出る。
「また来年来てね、約束ですよ」とフランコさん。
「ええ、また来年、必ず」と答えた。
店を出て振り返ると、二人が中でブンブン手を振っている。私も手を振って応えて、店を後にした。
また来年来られるのだろうか。夫次第だけれど、来年と言わず、冬の旅行にどうだろう、と早くも考え始めたのだった。
冬のスイスを抜けるのは雪が心配☃️、と昨年のように断られそうだ。
⭐️カフェ フローリアンで考察する
巡礼その5 サン・マルコ広場の鐘楼について

予々思っていた。寺院の前にある3本の柱は寺院撮影にはちょっと邪魔。右側手前のお土産屋さんも邪魔。
かといって、柱の手前に行くと、近すぎて全体像が撮れず下のようになってしまう。悩むところだ。




ジョジョラーさんたちの聖地巡礼に勝手におつき合いして、何箇所かをその目線で眺めてみた。
先に挙げた青池保子氏の『エロイカより愛をこめて』インスブルック編、マリア・テレジア通りを馬で駆け抜ける場面では、当時あった送電線が詳細に描かれていた。
描かなくても読者にはわからない。また描かない方が画面は綺麗かもしれなかったけれど、青池氏はリアルを求めた、と私は感じていた。
大好きなカフェ フローリアンにて、巡礼その5、サン・マルコ広場についての検証に入ることにした。
1720年創業、世界最古のカフェとされるこのフローリアンは、かつて多くの詩人や作家に愛された、ヴェネツィアを代表するカフェだ。観光客からの人気も高い。
三つに分かれたサロンはいずれも美しく、外テーブルでは生演奏を聴きながら食事もできる。







さて、サン・マルコ広場を考察する。先程のジョジョラーさんの投稿に興味深い記述がある。
寺院の前にはAの広場、Bの広場とがあるとの説明図があり、2番目の画像は、登場人物リサリサがお茶を飲みながらサン・マルコ寺院を眺める構図の考察である。
このリンク先から下、結論の説明図まで、抜粋させていただいた。




↑ 「鐘楼を爆破 ?!!!」この思いつきに、お腹を抱えて大笑いをしそうになったが、フローリアンの中だ。必死に我慢する。ぐふぐふ🤭
まさにこのA広場の現地の一角にいて、これを読む喜び。
作者 荒木 飛呂彦氏が、原作の中に描いた美しい絵と同じ場所を見たい、その気持ちと、実際の場との比較をすると、邪魔な物が多すぎる。また整合性が‥‥という問題。
確かに鐘楼が邪魔で、A広場からもB広場からも、描かれた絵の場面とぴったり完璧に重ね合わせるのは無理なのだ。
私の考察の結論としては、この方と同意見である。場所の特定はB広場である、とする。
街灯があるという点と、サン・マルコ寺院の側面が描かれている、という2点がやはり重要であると考える。寺院の角度もB広場からの目線の筈だ。
リサリサがいたのは、ドゥカーレ宮殿の向かい合わせの、B広場に面する新政庁(マルチャーナ図書館のある建物)の建物前にあるカフェのテーブルである、と結論づけたい。それも建物のすぐ前の席ではなく、広場の中央に近い位置の席の筈だ。
この外テーブルのカフェは、「有翼の獅子の像」の隣の「聖テオドロス像」のすぐ横にある。
確かに奥にある時計塔の左側の部分、旧政庁の建物は、鐘楼が邪魔になって絵に描かれているようには見えないが、やはり[寺院の側面を描く]というのが、作画の一番のキモである気がする。
そして、私がずっと邪魔だと思っていた、寺院前の3本のポールは消えている。可動するお土産屋さんも。
邪魔なものは描かない、そういう例かと。
A広場のフローリアンの外テーブルの位置からでは、本当に鐘楼が邪魔で側面は全く見えないので、これで間違いはないのではないだろうか。
フローリアンのサロンの一室で、このようなことを考えながら、優雅なお茶の時間を過ごしたのだった。実に有意義だった。
以下の写真は混雑していない夕方に撮ったもの。
フローリアン夜も美しい。








夫がドゥカーレ宮殿の見学から戻ってきた。今度は交代して私が見学に向かう。宮殿に向かって歩きながら、検証結果を話す。
「やっぱりさ、サン・マルコ寺院の完璧な撮影の為には、鐘楼を爆破するしかないっていうジョジョラーさんと同意見だわ、私」
「‥‥何のこと?!」
夫よ、説明させないで、感じ取ってほしい。
✨✨☕️✨☕️✨☕️✨✨
サン・マルコ寺院、ドゥカーレ宮殿、フェニーチェ劇場、ムラーノ島、教会の数々、そこにあるティツィアーノの絵画、その他四日間で回った場所はいずれも素晴らしく、一つのエッセイに収めるのは絶対無理、と判断した。
後日ヴェネツィアこぼれ話として、別記事とさせていただく。
メインにすべき立派な観光場所を、全てこぼれ話に‥‥。
まぁそういうことで、お読みいただいた方、今後とも宜しくお願いします。続きも是非。
ヴェネツィアは離れがたく、まだ去り際の辛さの余韻が残る。歳を取ったせいで、この先の予測ができないのが余計に辛い。
車に戻って、走り出したその時の気持ちを本エッセイのラストとしたい。
四日間を過ごして、ヴェネツィアを離れた。急激に喪失感が訪れる。もしかしたら、もうここを訪れることはないかもしれない。
人生は何が起こるかわからないのだから、今回が人生で最後かもしれない、とふと思う。
けれどヴァポレットを降り、運河を振り返ったらもっと寂しさが募る。淡々と駅ののホームに向かったのだった。
メストレ駅のそばの駐車場で、車に荷物を詰め込み乗り込む。身軽にはなったが、心は既に折れている。
ここも地名こそヴェネツィアなのだが、本島を離れてしまえば、生活感のある普通の街だ。
もう運河はない。ヴァポレットに乗ることもない。あの迷路のような狭い路地に迷い込むこともない。ヴェネツィアにいる間、少し歩けばすぐに運河の流れに出会えたのに、もう目の前は煤けた現代の建物ばかりだ。
運河をゆったりと進むゴンドラ。ゴンドリエーレが歌う声。あの声ももう聞こえない。
明らかに凹んで無口になった私に、夫が話しかけてきた。
「車は楽だね。次のヴェローナも綺麗な街だから」
「ううん、違う。どこに行っても違うから」と気の抜けた私は、ぼんやりと答える。
「え?」と夫は不思議そうに訊き返す。
「‥世界は『ヴェネツィアか、それ以外か』なのよ」
と、私は灰色の街を眺めながら、そう答える。
—完—
【あとがき】
『ヴェネツィアか、それ以外か』私はヴェネツィアが好きなあまり、去るにあたって哀しみが募り、思わずそんな言葉を口走ったことに自分でも驚いていた。
生まれ育った日本も含め、『それ以外』扱いだ。
旅が終われば、それ以外の場所に戻っていかねばならない辛さを味わった。
ドイツに帰って三日が過ぎ、この記事を書いている最中に、Googleで漢字を確認しようと検索していた時、ある言葉が目に入り、思わず『ん?』と画面を凝視した。
『ヴェネツィアか、それ以外か』とこのエッセイのタイトルを書いた結果、どうやらそれにAIが反応したらしく、似た言葉を探し出したらしい。
『俺か、俺以外か。』
かの有名ホスト、ローランド氏の著書名だった。
そういえば昔、このタイトルをTVで観て、凄い台詞を吐く人だ、と思ったことがあるのを思い出した(^◇^;)
読んだことはないけれど、きっと万能感に溢れた内容なのだろう、と思う。もはやローランド氏は思想の世界に入っている気がする。
『あれ? 主語と内容は違いすぎるけれど、私、この人と似たような発想をした?!』と思わず笑ってしまった。そして、ヴェネツィアを去った時のあの哀しみがほんの少しだけ癒えたのを感じたのだった。

【次回のお知らせ】
次回は、こぼれ話としてヴェネツィアで観光したほぼ全部(笑)、そしてヴェネツィアの前後に行ったマントヴァとヴェローナのエッセイをサクッとお届けします。
私が真似した聖地巡礼、真のジョジョラーの皆様、雑駁で大変失礼致しました🙇♀️
#エッセイ
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#ジョジョラーの聖地巡礼
#俺か 、俺以外か。
#ローランドという生き方
