ヴェネツィアこぼれ話〜世界遺産の街 マントヴァとヴェローナも〜
「あ、初代トヨタMR2 !」
アウトバーンを走行中、イタリアに入って間もなく、助手席側のドアミラーに懐かしい車が写り込んだ。
懐かしい♪ 乗っていたわけではないけれど、この年代の日本の車、そしてMR2だもの、何だか嬉しくなる。
「並走して!」
と夫に叫ぶ。
しばらく追い越したり、追い越されたり、並走したり、車体は大変綺麗な状態だ。
興味津々で運転者を眺めたら、ふわりと風になびく亜麻色の髪と髭、サングラス🕶️の若い男性で、車線変更の様子を眺めている限り、運転も上手い。
そして運転席側のドアを眺めたら、そこには日本語で『推しの子』(´⊙ω⊙`)
あのロゴだ。
「この人『推しの子』のファン!」
と夫に報告する。
夫はアニメを知らないので、そう聞いたところでスルーだ。私も詳しくは説明はできないので、後でGoogleの内容を読み上げることにする。
『MR2』も『推しの子』も好きな、つまりは日本贔屓らしいイタリア人。たまにこの手の人に出会う。ちょっと楽しい。
旅の楽しみは、こうした小さな出来事に出会うことだ。景色にしても、アウトバーンの様子にしても、何か気づくと面白くて喋りまくるのだが、殆ど返事はない。
130キロを超える速度で運転しているので、安全の為に集中していてもらわなければいけないのだけれど。
旅は夫が全て日程を決めており、誰も急かしていないし、到着が少し遅れたところで誰も文句も言わない。なのに、アウトバーンが少し渋滞し始めると、夫は信じられないほど多弁になり、文句を言い始める。
「渋滞の理由は何なのか、工事か事故か、何故この夏の混み合う時期に工事をするか、混んでいるのに何故ナビはこのルートを選んだのか etc.」
要は大変せっかちなのだ。
文句を言ったところで、どうにもならない件の時こそ黙っていてもらいたい。
車の運転者は、常にクールでスマートに、かつ余裕を持って安全運転してもらいたい。どうしようもない渋滞の折にも、「仕方ないな」とさらりと一言呟く程度であってもらいたい。更にヨーロッパにおいては、狭いスペースへの縦列駐車の際、極めて高度なテクニックを発揮してもらいたい。
せめて普通の駐車場に入れた時に、
「ちょっと斜めになってる」
と伝えても、イラつかずに直してもらいたい。というか、そもそも最初から斜めに入れないでもらいたい‥‥
『車の運転って、その人そのものですわね! 』
とマダムViolaは心で呟く。
✨✨🚙✨🏎️✨🚗✨✨
【マントヴァ】
さて、ヴェネツィアに行く前、ロンバルディア州、世界遺産の街マントヴァに寄る。ヴェネツィアまでは数時間で行かれるけれども、ここで一休みのための一泊だ。


旧市街に入ると、見事な中世の街並みが立ち並ぶ。世界遺産の街は、当時の建造物を維持しながら、街の中心地では、建物の1階は店舗、2階以上はアパートやホテルとして利用されているところが多い。
過去と現在が調和して、そこで当たり前のように生活する人たちがいる。
新しい建物の方が、当然水回りのトラブルも少なく、防音性や機密性が保たれたり、暮らす為に必要な良い点が沢山ある。しかし旧市街、新市街をつい比べてしまうと、近代の建物は何とつまらないのだろうと思う。
歴史ある街並みは、ただただ美しい。そこに暮らす人たちは、その美しさも不便さも当たり前のように受け入れて日々を過ごしている。

石の建物は冷んやりと涼しく、建物の入り口や窓の上には当たり前のように彫刻が施され、教会や広場を中心として見事な建造物が並び、そこに人が集まり、街全体は美しく調和が取れている。
毎度思うことであるけれど、地震のない国が羨ましい。戦争で破壊されなかった街は、何世紀も残り続けて、これからも不便さと共存しながら、その美しい街並みを維持していくことができるのだ。何と羨ましいことだろう。
ドゥカーレ宮殿はこの街のシンボルだ。ホテルはそのすぐ近く。こういう旧市街の中心部のホテルは趣があるけれど、道は狭く、駐車場に辿り着くまでは緊張する。
ナビは、旧市街では時折説明がつかないような道がある為、しばしば案内が不安定になる。
ナビのナビを担当する私は、
「左! 狭いけど左!」
『お祭りがあるらしくて、道が閉鎖!」
「環状交差点の2番目の出口はこれ!」
と、忙しい思いをする。旧市街は美しくあるけれど、『これ、道?!』と思うような道もあり、何とも複雑だ。ナビが悩む理由もわかる。
やがてホテルに辿り着き、駐車場を案内してもらい、やっと一安心。
古い館をリノベーションした部屋は、大変広く造りも洒落ている。夫のホテル選びは、なかなか凝っていて面白い部屋が多い。こういうところばかり泊まっているので、たまに普通のシティホテルに泊まると味気ない気分になる。
ホテルから出てすぐのエルベ広場で、観光の前に何か一口食べることに。広場の周辺にはカフェやレストラン、ジェラートの店などが並ぶ。
ふと見ると、先程車でうろうろしていた時から人の出入りが多かった店がある。ピザの店だ。一口食べるのに丁度良い。




ピザは四角の鉄板で焼かれたタイプで、それをまた四角にカットして出される。街中のピザの店ではよくあるタイプ。
上に乗せられたチーズや野菜など大変種類が多く、眺めているだけでも楽しい。マルゲリータと、薄切りきゅうりや生ハムなど数種類が乗せられたピザを頼んでみた。
街によくあるピザ屋さん、人気があるお店のようだが、さほど期待して入ったわけではない。しかし奥でピザを焼いている担当の男性を見ると、実に甲斐甲斐しく、店先に出ているピザの減る様子を見ながら、次々に焼き上げる。見事な働きっぷりだ。
店先では注文してカットした後、もう一度温めてから出される。しばらくして我が家の分もカウンターに準備された。


一口齧って驚いた。
「何これ?! 美味しい!」
これまでの人生で食べたピザの中で間違いなく一番美味しい。
日本でも美味しいと言われる店には何軒も行ったし、イタリアでも人気のレストランや、街角の気軽な店や、様々な店で食べたけれど、これはすごい✨
薄切りきゅうりが乗ったピザは上品な取り合わせで、きゅうりとチーズそのものの旨みも強く、絶品。またマルゲリータの方も美味しすぎて感涙もの。
生地の厚みや焼き加減や歯応え、そしてトッピングの種類と味のバランス、本当に素晴らしい。
作っている男性は、10種類くらいのピザを同じように繰り返し焼くのではなくて、トッピングの種類をその都度変えたりしながら、店に並んだ時の彩りやボリューム感、全体のバランスを、店先のケース内の様子を確認しながら作っているようだった。
またマルゲリータのようなシンプルなものは、作る人次第で味に大きな差が出る。結局この店で作っている人が味覚に優れていて、とても料理上手だということなのだろう。トマトソースもチーズも絶妙、感動だった。
ヴェネツィアに行く前の一休みの為に寄った街、疲れた身に美味しいものはありがたく、観光前から印象深い場所となったのだった。
✨✨🍕✨🍕✨🍕✨✨
マントヴァは、北イタリア ルネッサンスの中心で、芸術の街として栄えた歴史を持つ。ヴェルディのオペラ『リゴレット」の舞台の街だ。
三方を湖に囲まれた小さな街で、ガイドブックを眺めると、『街の規模や雰囲気の割に宮殿が立派』とちょっと珍しい紹介の仕方がされている。
ドイツ人やイタリア人観光客が多い。ここはミラノから電車で2時間、ヴェローナからは50分くらいの場所。日本人はここまで足を伸ばすことは少ないだろう。
あちらこちら旅行をしてきたけれど、まだまだ知らない美しい街が沢山あるのだと改めて思う。
⚫︎ドゥカーレ宮殿
エルベ広場からほんの数十mほど歩くとドゥカーレ宮殿に着く。ここは豪奢な宮殿、城、聖堂からなり、500近い部屋があるという。公開されているのはごく一部で、40〜50分で観て回れるようだ。



















入ってみると、ラファエロの下絵によるタペストリーや「騎士の物語」の連作が飾られた部屋が見事だった。
ルネサンス期の絵画、天井や壁の装飾の見事さを堪能する。
離宮の見学が普通に行われる中、華やかな最も大きいホールでは講演会の真っ最中で、100人ほどの聴講者が座っている。後ろを通り抜けさせてもらいながら、一枚だけこの部屋の記念撮影も。
これほどの天井の装飾や壁の絵画に囲まれ、更にタペストリーの前に設置されたスクリーン、何て豪華な講演会だろう。

この中世の城から外に出ても、歩くと気分は中世のまま。周囲の建造物群が中世なだけではなく、足元も中世のままだから。
この宮殿前広場の石畳は特徴的で、周囲の平らな石畳の間を、丸っこい拳大の石で埋められている。これは人も馬も車のタイヤにとっても、難儀な地面だ。

足裏に食い込んでくるボコボコの大きな丸い石。これは歩くのにとても大変。一足一足グキッとなる。ヒールで歩くことなど、絶対不可能だ。よくある普通の石畳、あの隙間に踵が挟まるどころの問題ではない。
「端っこ歩きなよ」と夫は既に、広場の周囲の平らな敷石に移動して歩いている。何だか負けた気になったが我慢できず移動する。
それでも今後も残していくんだろうなぁ、世界遺産だもの。
歩きにくくても、どんなに足が痛くても、誰かが足首を捻って捻挫しても、滑って転んで打撲しても保存。世界遺産だもの。
宮殿の中の豪華なフレスコ画などにあれだけ感動していたというのに、丸っこい石を踏んで広場を抜ける頃には、足にかなりダメージを受け、もはや宮殿よりも、丸い石が一番印象に残っている始末だ。
広場中央だけでも、是非アスファルトに‥‥💦
夕食はホテルの人から教えてもらったオステリアへ(郷土料理のお店)。大変人気なようであっという間に満員となった。









こちらの店のバルサミコ酢は絶品で、頼んでみたところ仕入れ値をわざわざ調べてくれて、1本買わせてもらえた。オリーブオイルも頼めばよかった‥‥
こうした飲食店で出されるオリーブ油やバルサミコ酢は美味しい物が多い。店で買おうとすると種類が多すぎていつも迷ってしまうが、やはり味は値段に比例するようだ。
家に帰ってからは、他のドレッシングは使う気になれず、イタリア式にオリーブオイル、バルサミコ酢、塩でサラダを食べている🥗

✨✨🥗✨🥗✨🥗✨✨
翌日は、朝から広場に市が立つ。街が賑やかで楽しい雰囲気になり、宮殿前にも沢山の店が並ぶ。
またボコボコの石の上を歩いて、買い物をする。









ひとしきり市場で買い物をして、街のお店でお菓子やおやつのピザを買い足して、ホテルを出発。
⚫︎テ離宮
離宮の名前が『テ』。短い。
アルファベットにしても、Palazzo Te である。
隣国フェッラーラから嫁いだイザベッラ・デステが、マントヴァの芸術的隆盛をもたらしたと言われている。
彼女は教養高く、イタリアだけではなく、ヨーロッパ宮廷人からも尊敬され、教皇からも一目置かれた、と説明されていた。
この離宮は、そのイザベッラの子フェデリーコが人妻の愛人ラ・ボスケッタの為に造ったという。
庭園を囲む形の離宮は、すっきりとした佇まいだ。





離宮の外観はすっきりしているが、内部の装飾は全ての部屋が意匠が違い、大変面白い。
見学コースを進むと、どの部屋の天井も壁も装飾過多と思うほどの絵に覆い尽くされている。
騙し絵手法で描かれた「馬の間」、入った途端沢山の巨人に囲まれる「巨人の間」は圧巻だ。
確かにガイドブックにあったように、宮殿もこの離宮も、この芸術の数々も、このこぢんまりとした街にはそぐわないと思うほどの豪華さだ。イタリア ルネッサンス恐るべし。










それらを抜けると、今度は大きめの展示室がバレエ🩰のオーディション会場になっていた。
『え? バレエ?! この部屋を通っていいの?!』と一瞬躊躇うが、見学コースなので、しっかり部屋の展示も女の子たちの様子も眺める。まだトゥシューズを履けない子たちが、ゼッケンを付けて踊っている。


ゼッケンを付けているということは、いろいろな教室から集められ、何かの舞台か、大きなバレエ学校への入学を目指す為のオーディションなのだろう。
『頑張れ〜👍』と思いながら先を進むと、今度は、もう少し年上のお姉さんたちの会場。彼女たちの履き込んだトゥシューズのコツコツいう音が響き渡る。


バレエの舞台は優雅だけれど、胸にゼッケンが付いているこの場は、真剣な闘いの場面だ。
選ばれた子たちは、どの街のバレエ団を目指すのかな、と思いながら会場を通り過ぎる。
それにしても、世界遺産のこの街の『夏の離宮』の、豪華なルネサンス期の芸術に囲まれた中で、バレエのオーディションが行われるって、何て贅沢な事だろう。どこかの学校の体育館とかじゃだめなの?と思う私。
それが当たり前になっている市民は、その贅沢さも、もはや日常になっているに違いない。
離宮の外側の庭園は誰でも普通に立ち入れて、散歩ができるようになっている。特別な場所であっても、特別ではない。
いつもヨーロッパの街で驚かされることは、その歴史的建造物を含む風景が、そこで暮らす人たちの日常であることだ。
ああ、贅沢!!!!
✨✨🩰✨🩰✨🩰✨✨
【ヴェネツィア】
さてヴェネツィアへ。
『ジョジョの聖地巡礼』に絡めた名所は、先に公開した以下の記事で是非ご覧いただきたい。
この前回のエッセイに盛り込めなかった部分は、このこぼれ話にて。
⚫︎サン・マルコ寺院
これまで何回もヴェネツィアに来ていたというのに、縁がないのか、タイミングが合わなすぎたのか、サン・マルコ寺院は修復中で入ることができなかった。私が知っているだけでも、随分長い期間、修復に修復を重ねている。
また、海の水位が少し上がれば、簡単に水に浸かってしまう場所だ。今後も様々大変なことだろう。
広場のカフェ フローリアンでお茶☕️をするとか、ドゥカーレ宮殿を見学するとか、広場周辺で毎回やりたいことは沢山あるので、さほど気にしていなかったけれど、毎回入れないというのもどうだろう、と思っていた。
そうこうしている年月の間に、サン・マルコ寺院まで、入場はオンライン予約が必要な時代に変わった。
翌日の予約が取れたので、今回の旅でやっと内部を見学できることに。


ただし以前は外壁は修復していなかった時もあり、寺院全体は眺められた。今回は中には入れるものの、外側は向かって左側が修復中‥‥
世界遺産の街は、大抵どこかが、修復中でカバーに覆われている。それは致し方ない。
翌日、見学へ。前回の記事でも触れたが、チケットはオンライン予約のみである。その説明は書いてはあるものの、大変わかりにくく、入り口で困っている人多数。何とかしてもらいたいものだ。
街の守護聖人サン・マルコを祀るために建てられたサン・マルコ寺院、屋根の五つのクーポラが特長的だ。
内部は大変重厚で見応えがある。旧約聖書をテーマとした、丸天井のモザイク画は特に見事だ。






中央祭壇の後ろには『パラ・ドーロ』、宝石類が散りばめられたこの寺院を代表する宝物が飾られている。


前述の屋根のクーポラは、奥からパラ・ドーロ、キリスト昇天のクーポラ、ペンテコステのクーポラが縦に三つ並び、左側が聖ヨハネのクーポラと名付けられている。






外観・内部共に造りは独特で、イタリアの他の寺院や教会とは趣の異なる、異国情緒溢れる様式が見られる。やはり観るべき価値のある寺院だ。
見学可能な時期にヴェネツィアにいらっしゃる方は是非オンラインにて早目のご予約を。
⚫︎ドゥカーレ宮殿
サン・マルコ寺院のお隣、元はヴェネツィア共和国総督の政庁であった宮殿である。
ティントレットやヴェロネーゼなどの素晴らしい絵画が飾られている。これまでも何回か見学したが、やはり今回も入ることにする。
大評議の間のティントレットの『天国』は世界最大の油絵といわれる。写真にはとても収まりきれない大きさ。













内部の階段を下ると、ドゥカーレ宮の牢獄に渡る『溜息の橋』が。
、

橋を渡りながら外を見ると、観光客が皆こちらを向いている。この『溜息の橋』の撮影中だ。

この橋を渡ると二度とこの世に戻って来られないといわれており、橋の小窓からこの世に別れを惜しみ溜息をついたという逸話による。
パリア橋からこの溜息の橋を、いつも沢山の人が撮影しているので、橋内部からそちらを眺めると、ちょっと囚人気分になる。
また牢獄内部を眺めるのは、何となく背中がザワザワする。カサノヴァはここをどうやって脱獄したのだろう、などと考えてみる。







⚫︎サンタ・マリア・デッラ・サルーテ教会
サン・マルコ広場から運河を挟んで、丸い大きなクーポラの教会が見える。八角形の建築で真っ白な大理石が日に映えて美しい。ヴェネツィアを代表する象徴的な教会だ。

内部はティントレットの『カナの結婚』、ティツィアーノの『カインとアベル』『ダヴィデとゴリアテ』などの絵画が観られる。








いつもヴァポレットから散々写真を撮っていながら、この対岸に渡る時間がなくて、今回初めての見学であった。想像以上の素晴らしさ。
すぐ近くにアカデミア美術館、グッテンハイム美術館がある。
それにしてもヴェネツィアには一体どれだけの教会と美術館があるのだろう。歩いてない地域がまだ幾らでもあるのだ。もっと長く滞在して別の場所も眺めてみたいと思う(いっそ住みたい)。
⚫︎フェニーチェ劇場
以前、過去生を見てもらった時、ヴェネツィアの劇場の娘で、舞台で歌っていたと言われたことがあった。
「ヴェネツィアの劇場といったらフェニーチェ劇場でしょう! 」と夫に持ちかけて、今回は日数に余裕があったので、とうとうその場所に行ってみることにした。
「この時期だからチケットは取れなかったよ」と夫に言われていたが、それは別にいい。今回、観客になりたいわけではない。単にその場所に行ってみたかったのである。
『過去生を信じるも信じないも、真偽の程は誰にもわからないのだから、そんなものをまともに信じ込んでどうする?』
と、夫の顔には書いてあるが、気にしない。
その地に立って、何か感じるのかな?と、それだけを知りたかった。
アカデミアの方から回ってきたヴァポレットを降りて、ナビを見ながら劇場方面に向かうと、建物に[フェニーチェ劇場 →]と矢印が書いてあった。
夫はそれを見て、右側の道へ進む。私は「そっちじゃない気がする」と言ったが、夫はだいぶ早足で行ってしまった。
そのうちに大きな白い堂々とした建物とその前の広場が見え、夫は「あれだ!」と写真を撮り始める。
装飾が美しく、立派な建物ではありすぎて、私には違和感があり、
「これじゃないと思う」と何度か繰り返しているうちに、ナビを確認した夫が間違いに気づく。
「ごめんごめん💦間違った、これじゃない」
やはり違った、そのことに安堵したのは、この場所に何も感じなかったからだ。
元来た道を戻る。

先程の[→ ]は、右側の道へ行け ではなく、
[→ ]この建物の横の道を真っ直ぐ進め だったらしい。
日本だったら[↑ ]こう書くべきところ。
向かった先は、直線距離では近く、劇場の建物の裏側は見えているものの、運河がその周辺を取り囲んでいる為、ぐるりと大回りした上で、更に橋を2回越えなければ辿り着けない場所だった。
地図で見たヴァポレットで降りた時点で、距離は近いものの、そもそも大回りをしなければ辿り着けない場所だったのだ。
私はいつもこういう場合、どうやっても主人公が城に辿り着けない未完の物語、カフカの『城』を思い出す。
しかし、劇場の裏側は見えている。『城』のように主人公を阻む者はいない。ただ歩くだけ。
夫は既に疲れて口数が減っているが、私がどんなことがあってもそこまで行こうとしているのを知っているので、諦めて頑張って歩いている。
いつもは「もう足が動かない💦」と弱音を吐く私は、ヴェネツィアにいる時だけ、夫の体力を上回る。
「何故ヴェネツィアだけは歩ける?」と夫に聞かれるたびに、「過去に住んでたから〜」と答える。
返事はないが、気にしない。
そしてとうとう建物の横の道まで辿り着いた。壁に沿って道を抜けるとそこは白い建物の劇場正面、そして劇場を取り囲む広場、教会、いくつかのレストランとカフェが目の前に広がった。







昼間であるので劇場は閉まっている。ポスターの写真で見る限り、こぢんまりとした数百名収容の中ホールだとわかる。
いかにも中世のホールらしく、装飾が麗しく、桟敷席が優美な劇場だ。入り口から覗いてみると、置いてある調度品にも歴史を感じる。
思いの外、劇場がこぢんまりとしていて、優美で可愛らしいことに、何だかホッとしている自分がいた。何故ホッとするのだろう?
そして劇場横のレストランの外テーブルやカフェの佇まいが妙に気になって、沢山写真を撮っていた。
どこの広場に面してもレストランやカフェはあるのだけれど、そこは劇場の建物のすぐ横のせいで、ただでさえ優美なフレームの中に存在しているように見える。
尚且つ、緑に囲まれ、落ち着いた、何か親しげな雰囲気を感じられる店なのだ。
よくある劇場横のお高くとまったレストランではない。
何故かそこの店で休みたいとは口にしなかった。見ているだけで十分な気持ちがした。
どうしてかわからない、『今ではない』と思ったのだった。ちなみに私は疲れた時は、どこでもお茶を飲みたいタイプなのだけれど。
広場のすぐ裏手にある小さな古い教会も妙に気になって、沢山写真を撮った。[妙に気になる]というのはいつも感じるわけではない。

劇場を探し、歩き回って疲れた夫は
「もういいよね?」と。
夫は夕食を予約したレストランに向かおうとしている。




だけど何だろう、この不思議な満足感は。劇場の中に入った訳でもない。劇場の正面を見たり、中を覗き込んだり、周囲を眺めただけなのに。
過去生を見てくれたYさんは、
「あなたがかつていた場所ですからね。行きたいはずですよ」と淡々と話していた。
そういうことなのだろうか。そういうこともあるのかもしれない。でもそれは誰にもわからない。
船着場から劇場に辿り着くまで、あれほどぐるぐる歩き回った複雑な道だったというのに、帰りのルートは真っ直ぐ進めばいいらしい。
両側の古くからあるお店を眺めながら、ひたすら細い路地を歩き続けると、何とホテルのある通りに出た。
「何故あそこから、ずーっと、真っ直ぐ進んだだけなのに、ここに出るの?!」
ヴェネツィアの道は奥が深い‥‥
⚫︎ムラーノ島
有名なヴェネツィアングラス発祥の島だ。サン・マルコ広場からはヴァポレットで50分ほど。



訪れる人は多いが、ヴェネツィア本島に比べて、のんびりした空気が流れている。カラリと晴れて暑い。









お茶を飲んで一息ついてから、ガラス博物館に行く。
13世紀から島に閉じ込められた職人がガラス製品を生み出し、ヴェネツィアの東方貿易の輸出品となり、ヴェネツィア共和国に莫大な富をもたらしたという。
古代のガラスから現代の作品まで展示されており、最盛期といわれる15世紀頃の素晴らしい作品が並んでいる。











岸辺に立ち並ぶ店で、娘たちへのお土産を買い、船着場に向かってのんびり歩く。
かつては、貴族たちが都会を離れて寛ぎに来た島。海辺から離れた島の中心辺りがどんな様子なのか興味があるが、なかなかそちらまで行くことはできない。
観光客は皆、海沿いの道を歩き、一時ガラスを眺めて買い物をして、立ち去っていく。

「やっぱり、住んでいないとあちこち見られない!」また私がいつものセリフを言っている、という顔で夫は返事もしない。
「次回はリド島にも行く!」
「うん」と返事が聞こえたような、聞こえなかったような。
私の声はヴァポレットのエンジン音にかき消される。
✨✨🚤✨🚤✨🚤✨✨
【ヴェローナ】
ヴェネツィアで三泊四日を過ごし、立ち去る悲しみでずっと不機嫌な私。
不機嫌さが直らないうちに、あっという間にヴェローナに着いてしまった。
帰りの一休みの為の一泊は、また世界遺産の街。一休みどころではない。私の疲れはそろそろピークに達し、そして暑い。
ヴェローナといえば、『ロミオとジュリエット』の舞台となった街、ここは2000年に世界遺産に登録されている。
ホテルからは『ジュリエットの館』までは歩いて10分ほどのようだ。
「私にとっては、ジュリエットってオリビア・ハッセーのイメージだけ」
と夫に話した瞬間、あの映画『ロミオとジュリエット』のテーマ曲“What is a youth?”が頭に浮かんだ。
そして私は、あの英語の歌詞を最後まで覚えていて歌えたのだった。覚えていた嬉しさで歌う歌う♪
あれはイタリアとイギリスの合作映画で、セリフは英語だった。
信じられない。歌うのは何十年ぶりだろう。映画は公開時に観たわけではないので、30年ぶりくらいだろうか。
レナード・ホワイティングとオリビア・ハッセーの美しい二人の写真を眺めながら、繰り返し歌ったものだった。歌の最後は、劇中の有名な二人のセリフが入っていて、それも覚えていた。
当時オリビア・ハッセーは15歳、黒髪をヘッドドレスで後ろにまとめた髪型と中世の衣装が良く似合い、神々しいばかりの美しさで溜息が出た。
レナード・ホワイティングは16歳、彫りの深い顔立ち、やはり10代ならではの美しさで、ブルーグレーの衣装が実によく似合っていた。


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ヨーロッパの女性の美しさのピークは15〜16歳、その辺りの年齢だといつも思う。
肌も髪も瑞々しくて、大人に近づいた何ともいえない色香が漂い、身体はほっそりとしつつも、顔は適度にふっくらとし、天使のような美しさを放つ人が多い。オリビア・ハッセーはその代表格ではなかろうか。
女優さんは別としても、15歳の頃は大変美しかったはずなのに、あっという間に不思議な肉付きになり、結婚すれば髪はざん切り、メイクもしないで、こざっぱりしたスタイルで、スニーカーで歩き回るドイツの女性たち。
スポーツジムは大変沢山ある。こちらの人は歩いたり自転車の旅をしたり、登山が大好きなのだ。ボルダリングも人気。
大人になるにつれて、15歳の頃とは似ても似つかない、化粧っ気のない、よく歩くサバサバしたおばさんになっていくのだ。近所の人たちのあらゆる年齢層を眺めているだけでもよくわかる。
さて、ジュリエットの館に向かう。チケットは私の分をオンラインで予約済み。夫は以前来たことがあるので入らなくていいからと、庭で写真係に徹するそうだ。
これまで私はイタリアに来る際も、ヴェローナに行きたいと言ったことはなかった。シェイクスピアはよく読んだものだが、ジュリエットが実在したわけではなく、このジュリエットの館はあくまでもそれっぽいモデルであることは、昔から知っていた為だ。
帰りに寄ると知っても、さほど興味を持たなかったくらいだったのだ。
けれども到着して、ふと昔の映画と歌を思い出したところ、別の感情が湧いてきた。
オリビア・ハッセーとレナード・ホワイティングも映画に出演するにあたって、ヴェローナのこの館に来ていた写真を見たことがあった。その時は映画のバルコニーと違いすぎる、としか思わなかったけれど。
ということで、何だか懐かしい思い出の地を訪ねるような感覚になっていた。歌を歌いながら。
あの歌は、そんな風に何十年も経ってから、人を動かす名曲であったのだ、と今更ながら感動する。

道路脇のアーチ型の門のところから、既に行列ができている。しかしよく見ると、全員が館に入場しているわけではない。
前庭まで入り、下からバルコニーの写真を撮り、庭の奥のジュリエット像を撮影し、恋愛成就の願掛けに、像の胸の部分を触って帰るだけの人が大多数だった。
入館する人のみが庭に入れる、というような規制はない。入館する人が優先との表示もない。
無秩序であり、太っ腹だ。



折角だから入ればいいのに、と思うが、ロミオの立場であれば、館の中には入れない場面であるのだから、下からバルコニーを眺めて、淋しく帰るのもそれはそれで良し、とも思う。


見学者は当然ジュリエット気分を味わいたい人ばかりなので、全員バルコニーに立つ為に、2階の窓辺には列ができていた。
私も順番が来たのでバルコニーに立ち、下の庭に群がる大勢の人を見下ろし、夫と愛犬を探し手を振ったが、勿論「ロミオ」と呟いたりしない。そこまでおめでたくはない。
でも、もし16歳のレナード・ホワイティングがあの衣装でそこに立っていたら、事情は変わるかもしれない。台詞言っちゃう。覚えてたし。

この館は13世紀の建物であるが、前述のように、ジュリエットらしき娘が実在したわけではない。この地方に名士の家同士のいざこざはあったらしいが、いがみ合う両家の息子と娘の悲恋というのは、シェイクスピアの生み出したフィクションであることは有名な話だ。


歴史家アントニオ・アヴェナが、ヴェローナにシェイクスピア博物館を作る際のムーブメントに乗じて、街中のいかにもそれらしい建物を見つけて、ジュリエットの家と決めたという。
皆が撮影するのに夢中なバルコニーは、後から取り付けられたもので、おまけに元は石棺であるという。確かに13世紀の館の壁の質感に似せるには、古い石棺を使うのは良いアイディアだ。
私は映画のイメージが強い為、もう少しゆったりと優雅なバルコニーであってほしいし、すぐそばにはロミオがよじ登るための木がなくっちゃ、とずっと思っていた。

またアヴェナがジュリエットの家を決める以前に、シェイクスピア推しのイギリスの人々が、ヴェローナを訪れては、ロミオとジュリエットの聖地を探していたという。
探しても実存したわけではないのだから、無理がある話だけれども、ファンのロマンとはそういうものだ。見つけるまで探すのだ。昔も今も変わらない。


館を回る際、ついつい2階の展示された中世の衣装を眺めたあたりから、“What is a youth?”を歌ってしまっている。いけないいけない、と思いつつ。
でもどうしても、昔の思い出と共に眺めたいような気持ちになっていた。
イヤホンを持っていなかったので、YouTubeで映画の中でグレン・ウェストンが歌う挿入歌を探し、小さ目の音で耳に当て、映画の場面を思い浮かべながら、館の中を見学して回った。臨場感たっぷりのBGMとなった。








13世紀の人々が実際に暮らした館である。建物や家具、窓からの風景、その空気感を味わう。思いの外楽しかった。
What is a youth?
Impetuous fire.
What is a maid?
Ice and desire.
The world wags on.
A rose will bloom
It then will fade
So does a youth.
So does the fairest maid.
Comes a time when one sweet smile
Has its season for a while
Then love’s in love with me.
Some may think only to marry,
Others will tease and tarry,
Mine is the very best parry.
Cupid he rules us all.
Caper the caper; sing me the song,
Death will come soon to hush us along.
Sweeter than honey and bitter as gall.
Love is a pastime that never will pall.
Sweeter than honey and bitter as gall.
Cupid he rules us all.
A rose will bloom, it then will fade
So does a youth.
So does the fairest maid.
館を出ると、中庭の奥に、皆が写真を撮ったり、触ったりするジュリエット像が。
中世の佇まいではあるけれど、オリビア・ハッセーのことしか考えていない私の目には、ジュリエット像はジュリエットに見えない。ごく大人しそうなお嬢さんの顔だ。
一応写真だけは撮ったが、架空の像であっても、原作のイメージで製作してもらいたい、と些か不機嫌になった私。
思わず息を呑むような際立つ美しさと、強い意志のお嬢さんを表現してもらいたいわけだ。ジュリエットだもの。
おまけに観光客向けの恋愛成就のシンボルにさせられている為に、胸を触られまくっていて、見ていて余計に不愉快になる。ごく大人しそうな顔のお嬢さんが触られている姿は、セクハラされて辛そうな顔にしか見えないのだ。
ニヤついたオヤジにしても、興味本位の子供たちにしても、見ていてムカついた。

結論、芸術作品に触るな! (私見)
⚫︎アレーナ(円形闘技場)〜エルベ広場




さて、ジュリエットの館を出て、アレーナ方面に向かう。夏のこの時期、野外オペラが行われる為に、街は華やいだ空気に包まれている。
すでに何組もフォーマルな姿のカップルとすれ違った。
こちらも犬は連れて入れないし、途中交代することもできないだろうから、一枚だけチケットを取ったという。途中交代など考えずに、最後まで観ればいい、と夫に勧める。
このアレーナは1世紀の建築で、ほぼ完全な形で残されている。毎年6月下旬から8月にかけて野外オペラが催される。
夜9時スタートのオペラ『アイーダ」。古代ローマ時代のアレーナ(1万8000人分の席がある)で、多くの観客と共に観るオペラは、相当な迫力だと想像できる。
興味はあるものの、終わると12時を過ぎる。暑いこともあり、旅の疲れが既に出ており、私にそれを観る体力が残っているとは思えなかった。
大体、夫はいつもオペラのチケットを私のために予約するが、折角なのだから、たまには自分で観れば良いのだ、とも思うし。
白いパラソルの下に屋台が並ぶエルベ広場。土産物、果物、花などが売られている。ここからイタリアらしい華やかなマッツィーニ通りの店を覗きながら、ホテル方面に戻り、和食の店で夕飯を取る。日本のアニメキャラがたくさん飾られ、大人気店のようだった。
ホテルに帰って着替えて、アレーナまでは一緒に行き、まだグズグズ言っている夫を入場口に残し、ホテルに帰った。
このホテルはフロントのある本館と新館にに分かれており、我々は100mほど離れた新館。
中に入るには、入り口の暗証番号の入力が必要で、部屋の階に着いても、途中のセキュリティの為のガラスのドアをカードキーで開けないと、部屋の前まで来れない。
カードキーは一枚しか渡されていなかったので、帰ってきたら、エレベーターを降りたところで電話かLINEをするように話してあった。
シャワーを浴びて、真夜中に帰って来る夫を待ちながら髪を乾かしていたところ、終わったので帰る、とLINEが来た。じゃあ、あと10分くらいかな、と思ったところで私の限界が来た。
つい一瞬ベッドに横になってしまい、そのまま沼に沈むように寝てしまったらしい。
気づくと鍵が開き、夫が帰って来た。
部屋のフロアまでやっと帰って来て、そちらのガラスの扉の前で、電話とLINEを何回もしたけれども、私が反応しなかった為に、またフロントのある本館まで100m歩いて戻って、真夜中にカードキーをもう一枚発行してもらった、と説明されなくても、事情はわかった‥‥
アイーダの感想を聞くこともなく、
「あれ?寝ちゃってた」と言い訳をすることもなく、「お帰り」だけ言って、再び爆睡した私だった。
夫、旅の最後の夜、ヴェローナの悲劇。



アレーナの座席は座るとお尻が痛くなるので、座布団が必要とのこと。行かれる方はお忘れなく。
(エルベ広場やブラ広場の土産物屋で、街の写真が入ったお土産物的座布団が販売されている)
—了—
【次回の予告】
こぼれ話のつもりが、こぼれていた分が多すぎて、本編より長くなりました。最後までお読みいただき、ありがとうございます🙇♀️
このイタリア旅行から帰って1週間後、再び旅行へ行って参りました。
次回は、イタリア・オーストリア・スイスの山岳地帯を巡る旅。どちらも気温22度くらい。涼しげな山や村の風景をお届けします🏔️
私の長年の疑問だった「牧草地の謎」がとうとう解けたエピソードも♪ 是非お読みください。
ちなみにその旅で疲れすぎて、現在まだ臥せっておりますが、そのうち書き上げます(^◇^;)
お待ちいただければ幸いです🍀

