パープル・セイヴィア《第5章 HOPEという名のあんぱん》【創作大賞2025】
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第5章 HOPEという名のあんぱん
春の気配は、母の奏でる「子犬のワルツ」を思い出す。風に揺れる若草は、三拍子のやわらかなステップを踏みながら、足元をやさしく撫でていく。佐藤先生との心の距離は、その旋律のように、気づけばそっと近づいていた。
ふたりきりになると、彼は「結婚しよう」と繰り返すようになり、押し込まれることのない鍵盤のように、ノンレガートの音がふわりと空気に溶ける。その言葉は、手のひらで触れる前に消えてしまいそうで、そっと大切に心にたたんだ。
佐藤先生も、隠していた口元を覆う仕草は、少しずつ減ってきていた。
手は握らない。唇も交わさない。外に出ることもない。それでも、確かに私は、彼にふれていた。返事をしない私に、彼はそれ以上を求めず、ただひとことだけを残して去っていく。
まるで、その静けさの中に、すべてを託すかのように。
――心の支え。
看護師を辞めたいと思っていたあの頃に折り重なった、黒ずんだマーブルな心は、いつしか、少しずつ色を滲ませて前の季節に置いてきたようだった。
母を失い、家族という形が消えてしまった私に、彼は看護という灯りを照らしてくれた。
私の心は、静かに、けれど確かに、動きはじめていた。
彼のおかげで、夜の孤独に沈む時間は少しずつ減っていき、洗いたてのシーツに素肌を沈める夜は、どこか少しだけ、幸せな春の香りがした。
毎日は、淡い色を取り戻していく。
何気ない会話、すれ違いざまの目線、同じ空気を吸うひととき。そんな一つひとつが、生きている実感となって、胸の奥にひろがっていった。
看護師という仕事は、もしかしたら、私にとって天職なのかもしれない。そう思える今が、愛おしい。
「依田、牧さんのIC出られる?」
「はい、行きます」
牧三吉さんは、誤嚥性肺炎を繰り返している84歳の男性患者だった。
歳月とともに、嚥下機能はゆっくりとすり減り、食べ物や唾液が気管へと迷い込んでは、肺に届く。高熱にうなされ、喀痰を絡めた湿った咳をこぼしながら、何度もこの病院の扉を開けてきた。
そんな「常連」となった牧さんも、今回は少し様子が違っていた。目に映る弱り方が、これまでよりも深く、静かだった。
食べることが難しくなり、栄養を届ける手段として、鼻からのマーゲンチューブの挿入も検討されたが、牧さんは、それを静かに、けれどはっきりと拒んだ。
点滴の管も、自分の手で抜いてしまう。
痣のように残る青紫の皮下出血が、彼の意思の強さと、どこか祈るような頑なさを語っていた。
奥様もまた高齢で、自宅での介護にはもう限界がきていた。
彼女が望んでいたのは、施設入所のための胃瘻だった。お腹に小さな穴をあけ、胃に直接チューブを通して栄養を届ける処置。それは、医療の視点では延命措置と呼ばれるものだった。
午後の光が、静かな会議室に差し込んでいた。
IC(インフォームド・コンセント)は、ゆるやかに始まる。
車椅子に座る牧さんは、奥様の横に並び、佐藤先生の説明に耳を澄ませていた。
言葉数は少なく見えて、その表情は、一音一音をかみしめるように沈黙を広げていた。
耳は遠いけれど、牧さんの目は、しっかりと、話の内容を追っていた。まるで鍵盤を静かになぞるような、そのまなざしが印象に残った。
「説明は、こんなところかな。三吉さんは、どうしたい?」
レントゲンやVE(嚥下内視鏡検査)の結果、胃瘻の仕組みまで一通り説明を終えると、佐藤先生は丸椅子を引き寄せ、牧さんの口元に顔を近づけた。
「あんぱんが、食べたい。口から……食べ物を食べたい。チューブなんか…… 絶対に入れない。点滴も、嫌だ」
牧さんは、痰の絡んだウィスパーボイスで、途切れ途切れに、けれど必死に語った。
「……退院したい。家で、死にたい」
佐藤先生はうなずきながら、穏やかな声で応えた。
「牧さん、気持ちはよくわかったよ。あんぱん食って、死にたいんじゃろ」
その言葉には、どこかあたたかい優しさと、強い理解が滲んでいた。
病棟では、言語聴覚士の渡邉さんが、少しでも口から食べることができるようにと、ゼリーの練習を続けていた。
けれど、牧さんにとっては「あんぱん」でなければ意味がなかったのだ。ゼリーでは心も体も満たされない。食事が摂れなければ、当然体は衰えていく。頬の赤みはすっかり失われ、骨と皮だけのようにやせ細った姿は、彼の意志と裏腹に悲しそうに見えた。
この日のICは、結論を出せないまま、静かに幕を閉じた。それから数日後、私がいつものように病棟で仕事をしていると、ポケットのスマホが鳴った。
「お誕生日会をやろう」
優しい佐藤先生の声は、スマホの向こう側でそっと消えた。窓から併設の保育室を眺める弥生さんの背中を通り過ぎ、光が差し込む廊下を抜けて、私はまっすぐと佐藤先生の元へ、足音を鳴らしながら夢中になって駆け出していた。
集合場所は、病院の外来付近にある一本の桜の木の下。
桜のはなびらが舞う、穏やかであたたかな陽ざしのある午後だった。そこには、佐藤先生と言語聴覚士の渡邉さん、そして奥様に囲まれた牧さんが、車椅子に腰かけていた。今日、牧三吉さんは85回目の誕生日を迎えた。
佐藤先生はビニール袋の中をガサガサと漁り、そこから大きめのあんぱんがころりと顔を出した。
「依田、ライター持ってきただろ。出せ」
私はライターを手渡す。先生は小さな白い蝋燭をあんぱんの真ん中にぐっと刺し、カチカチと火を点けた。
昼の明るさの中でも、蝋燭の火はしっかりと力強く、そして、なぜかとても儚く見えた。
私たちは円を描くようにして集まり、そっと手をかざしてその火を守る。
春の風が優しく私たちの髪を揺らした。髪の薄い三吉さんを除いて。
「ハッピーバースデートゥーユー
ハッピーバースデートゥーユー
ハッピーバースデーディア
牧さーん。
さんちゃんー。
ハッピーバースデートゥーユー」
一瞬にして空気が弾けた。
聞いたこともないような佐藤先生の大きく元気な声に、私たちは吹き出し、鼻息で蝋燭の火はゆらりゆらりと大きく揺れる。
「先生、その声病棟でもだしてよ」
「うるせぇな、蚊みたいに何言ってんのかわかんない新人の頃の依田と一緒にするな」
「先生って、歌えるんですねえ」
軽くディスり始める奥様に、佐藤先生は真っ直ぐと、「はい」と答えて、その光景がますます可笑しくて、私達はお腹の底から声を出して笑った。
できるだけ盛大に、そして無邪気に。三吉さんの固まっていた口元が、ほんのひととき、微かに緩んだように見えた。
「おめでとう」
三吉さんの代わりに奥様が蝋燭の火を消し、あんぱんの半分は奥様へ、残りの半分を小さくちぎって、三吉さんの口の中にそっと、運んだ。
口の中で、ゆっくりと牧さんは、あんぱんを転がしていた。いつまでも、いつまでも。
唾液の少ない牧さんの口の中で、それを飲み込むことはなくて、奥様に手を添えられながら、そっとビニル袋に戻された。自分ではもう飲み込めないことを、彼はよくわかっていた。吸引セットの準備はあったが、その出番は訪れなかった。
「あまいなぁ」
あんぱんは、三吉さんの生きがいだった。甘い甘いあんこの味を彼はいつまでもうっとりとした顔で、広がる青空を眺めながら、時々奥様の笑顔を見つめながら楽しんでいることがわかった。
桜の花びらは、私たちの足元に落ちて、風に吹かれてまた飛んでいった。
鳴り止まないスマホの着信を契機に、私たちはお誕生日会をお開きにした。
やがて、牧さんの奥様は訪問看護や訪問診療の手続きをソーシャルワーカーと共に始めた。奥様と、遠方に住む子供の手を借りて、自宅に帰ることになったのだ。
佐藤先生は、退院許可を出した。
始めは施設を探すために胃瘻を作ることに熱心だった奥様は、「とことん、主人に付き合います。あんぱんをね、ふたりでよく、半分こしたのよ」と、涙ながら話され、しきりにお礼を言っていた。
退院してからの牧さんのことは、誰も知らない。そして、これが正解で、最善だったのかも、私たちにはわからない。年老いた夫婦の人生は、また新たに桜吹雪の舞い散るあたたかい日差しの中から、前に進み始めた。
花びらは時々、落ちることをためらうように、角度を変えて風に身を委ねて、落ちる場所を自分で探していくのだ。
私はこのとき、「HOPE」について深く考えるようになった。
一人ひとりの患者は、患者である前に、かけがえのない「人間」だった。
それぞれが持つ美学、希望、そして死に方さえ、自ら選ぶことができる。そのことを私は、三吉さんから教わった。
私たち医療者にとっては何気ない日常の一コマであっても、あるいは、ありふれた疾患のひとつにすぎないように思える出来事も、患者にとっては、人生を大きく変えてしまう。私たちのその一言が、時に恐ろしいほどの力を持つこともあるのだ。
選択の余地を奪われ、静かに声を潜めて生きる人々は、きっと、私たちが気にも留めない風景の中に、たくさん存在している。人間は、治療だけではない、自分だけのオーダーメイドの死に方を選べるのだ。
そう、このエピソードを通して、私は受け身であってはならないと、強く思った。
佐藤先生は、そんな私の看護観を、ゆったりと、静かに育んでくれた。
白衣の背中は、いつも優しさで満ちていた。私はただその背を追うだけの存在ではいられない。彼の隣で、患者の人生の余白に、そっと彩りを添えられる人間になりたい。
花の咲き方を強制せず、散り方を選べるように。
すべての人が、自分自身の「終わり」を、自らの手で選べるように。
母は、突然現れた道のどんつきのように、この世を去ったけれど、私はその悲しみに、きちんと向き合わず、白い箱の中に母を置き去りにしたまま、自分の時間だけを優先して生きていた。そんな自分を、私はただ静かに、恥じた。
母の納骨も終え、私はようやく大切な人との別れを、少しずつ、受け入れはじめていた。
やがて、桜の木には葉すら残らず、枝と幹だけをさらす裸の季節がやってきた。それでも、私の心は、その季節とは裏腹に、裸足で駆け回る子どものように、夢中で仕事へと向かっていた。新しいベースコートの上に映える色を探し、自分自身を纏うように。
静かな毎日の中で、何気ない一歩一歩が、ピアノの鍵盤を踏みしめるように、音を刻んでいった。小さな命のワルツが、確かにそこに響いていた。
⇩第6章 こぼれる声 はコチラ⇩
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