漱石「こころ」考察55 Kの姉は亡骸を見てない?
夏目漱石の有名小説「こころ」、大正三年(1914年)連載。
前回の記事で、Kの姉についてあれこれ確認・推察した。
今回はその続き。
Kの姉は、Kの亡骸を見たのだろうか?
1、Kの姉のおさらい
前回と重なるがKの姉について再確認。
「Kの事件が一段落ついた後で、私は彼の姉の夫から長い封書を受け取りました。Kの養子に行った先は、この人の親類に当るのですから、彼を周旋した時にも、彼を復籍させた時にも、この人の意見が重きをなしていたのだと、Kは私に話して聞かせました。
手紙にはその後Kがどうしているか知らせてくれと書いてありました。姉が心配しているから、なるべく早く返事を貰いたいという依頼も付け加えてありました。Kは寺を嗣いだ兄よりも、他家へ縁づいたこの姉を好いていました。彼らはみんな一つ腹から生れた姉弟ですけれども、この姉とKとの間には大分年歯の差があったのです。それでKの小供の時分には、継母よりもこの姉の方が、かえって本当の母らしく見えたのでしょう。
私はKに手紙を見せました。Kは何ともいいませんでしたけれども、自分の所へこの姉から同じような意味の書状が二、三度来たという事を打ち明けました。Kはそのたびに心配するに及ばないと答えてやったのだそうです。運悪くこの姉は生活に余裕のない家に片付いたために、いくらKに同情があっても、物質的に弟をどうしてやる訳にも行かなかったのです。
私はKと同じような返事を彼の義兄宛で出しました。
(※ 著作権切れにより引用自由です。)
Kの姉についてまとめ
・Kと母親が同じ
・その母は死去
・Kとはだいぶ年が離れている
・Kは兄よりも姉を好いていた
・姉の夫がKの養子縁組及びその解消に深く関与している
・嫁ぎ先は生活に余裕がない
Kとは仲が良かったようで、上の引用でも姉からKに手紙を何度か大sていることがふれられている。
2、Kの死去時
2(1)父と兄しかこない
しかし、そんな仲の良かったはずの姉も、姉の夫も、さきの「下・二十二」の引用を最後に、物語にはもう出てこない。
Kが死んだときですらだ。
それから後の奥さんの態度は、さすがに軍人の未亡人だけあって要領を得ていました。私は医者の所へも行きました。また警察へも行きました。しかしみんな奥さんに命令されて行ったのです。
(略)二人は彼の死骸を私の室に入れて、不断の通り寝ている体に横にしました。私はそれから彼の実家へ電報を打ちに出たのです。(略)
国元からKの父と兄が出て来た時、私はKの遺骨をどこへ埋めるかについて自分の意見を述べました。(略)けれども私は私の生きている限り、Kの墓の前に跪いて月々私の懺悔を新たにしたかったのです。今まで構い付けなかったKを、私が万事世話をして来たという義理もあったのでしょう、Kの父も兄も私のいう事を聞いてくれました。
この箇所、先生の「外出」の不自然さは指摘してきた。
Kの死去を受けて、父と兄が田舎(新潟)から来るのはわかる。
しかし、姉の存在がまったく見えないのである。
嫁いだ身だから自由に動けないのはわかる。しかし実の弟の死去、それも若くしての自殺(私は先生による他殺と確信しているが)である。大至急でなくとも東京に来るぐらいのことはあってもよさそうだ。
しかし最後まで、姉もその夫も出てこない。
少なくとも先生の手紙(遺書)には全く書かれていない。
姉はKと仲が良かったはずなのに。
亡骸を一目見ることすら、しなかったのだろうか。
「Kの葬式の帰り路に、私はその友人の一人から、Kがどうして自殺したのだろうという質問を受けました。事件があって以来私はもう何度となくこの質問で苦しめられていたのです。奥さんもお嬢さんも、国から出て来たKの父兄も、通知を出した知り合いも、彼とは何の縁故もない新聞記者までも、必ず同様の質問を私に掛けない事はなかったのです。私の良心はそのたびにちくちく刺されるように痛みました。そうして私はこの質問の裏に、早くお前が殺したと白状してしまえという声を聞いたのです。
私の答えは誰に対しても同じでした。私はただ彼の私宛で書き残した手紙を繰り返すだけで、外ほかに一口も附け加える事はしませんでした。
Kの自殺理由について、Kの父・兄は先生に尋ねている。
しかしKの姉もその夫も、先生に問い合わせた形跡がない。手紙ですらも。
2(2)「私」の父の危機にはみなすぐ駆け付けた
このことと対比として描かれているのかはわからないが、「私」の父親が病気で危険な状態になった際には、行ける家族はすぐ集結している。
その中に動かずにいる父の病気は、ただ面白くない方へ移って行くばかりであった。私は母や伯父と相談して、とうとう兄と妹に電報を打った。兄からはすぐ行くという返事が来た。妹の夫からも立つという報知があった。妹はこの前懐妊した時に流産したので、今度こそは癖にならないように大事を取らせるつもりだと、かねていい越したその夫は、妹の代りに自分で出て来るかも知れなかった。
(略)
兄が帰って来た時、父は寝ながら新聞を読んでいた。(略)
兄と前後して着いた妹の夫の意見は、我々よりもよほど楽観的であった。父は彼に向かって妹の事をあれこれと尋ねていた。「身体が身体だからむやみに汽車になんぞ乗って揺れない方が好い。無理をして見舞に来られたりすると、かえってこっちが心配だから」といっていた。
ここで、「妹は妊娠中だから代わりに妹の夫が来た」との展開からしても、仮にKの姉に東京に来られない事情が存したとしても、姉の夫は出て来れるのではと感じる。
とりあえずここまで。
一つ、疑問に思ったことをメモしておく。
・Kの姉は、一度でも、Kの墓参りをしたのだろうか?
