漱石「こころ」考察20 Kは他殺?先生は二度外出する



夏目漱石の有名作品「こころ」、大正三年(1914年)連載。

私は「こころ」のKの自殺は
「K自身が自害を図ったが、死に切れていなかったところを、先生が(勝手に)とどめを刺して殺した」
こう思っており、その論拠を書いている。

今回もそのテーマだ。
今回の論拠は「奥さんが命令した」「二度外出」「頭が命令」


1、「命令」


Kが自殺?した日の夜明け頃、奥さんとの会話について先生は、自身の遺書で奇妙な表現をしている。
Kが自害したと先生が奥さんに伝えて二人でKの部屋前まで来た場面

「私は奥さんに気の毒でしたけれども、また立って今閉めたばかりの唐紙を開けました。その時Kの洋燈に油が尽きたと見えて、室の中はほとんど真暗でした。私は引き返して自分の洋燈を手に持ったまま、入口に立って奥さんを顧みました。奥さんは私の後ろから隠れるようにして、四畳の中を覗き込みました。しかしはいろうとはしません。そこはそのままにしておいて、雨戸を開けてくれと私にいいました。
 それから後の奥さんの態度は、さすがに軍人の未亡人だけあって要領を得ていました。私は医者の所へも行きました。また警察へも行きました。しかしみんな奥さんに命令されて行ったのです。奥さんはそうした手続の済むまで、誰もKの部屋へは入れませんでした。

(「下 先生と遺書」五十)

「命令されてー」
この箇所、別に「奥さんに言われて医者と警察に行きました」で十分に同じ意味を表せる。
しかし何故か先生もしくは夏目漱石は「しかしみんな奥さんに命令されて行ったのです」と書いているのだ。

なんだろうここの「しかし」「みんな」「奥さんに命令されて」は。

そしてこの「命令」等に続く文章がこれである

奥さんはそうした手続の済むまで、誰もKの部屋へは入れませんでした


え? 奥さんなにか工作した?

前にも書いたが一度「Kは先生が殺したな」と疑った目で見ていると、それまで特に気にしなかった描写があれもこれも、怪しさ満点に見えてくる。

いやまあ、確かに死体がある部屋に誰かが出入りして変にモノや人が動かないほうがいいから人を入れないこと自体はわかる。
でもその直前に奥さん「命令」して外出させているのだ、先生を。

「命令」とまでいう以上、一定以上強い口調、反論を許さないような雰囲気で、先生を警察と医者に向かわせたはずだ。

なぜ奥さんはそんなことをしたのか?

本当にKの死が「自殺」であるのかを一人で確認したかった?
そしてもし、他殺っぽい痕跡が少しでも残っていたら、それを「誰も入れない」間に隠蔽したかった?

もちろん先生は奥さんがそんなことをしたとは、一言も書いていない。
しかし、黙示での隠蔽工作合意が、先生と奥さんとの間に、成立していたのではないか。

それを暗に、あくまでも暗に示すために、先生はわざわざこう書いているのだ「奥さんに命令されて行ったのです」と。


2、電報だけ少し後


また不審な点がある。
Kの家族への電報のみ、少し後なのだ。

 それから後の奥さんの態度は、さすがに軍人の未亡人だけあって要領を得ていました。私は医者の所へも行きました。また警察へも行きました。しかしみんな奥さんに命令されて行ったのです。奥さんはそうした手続の済むまで、誰もKの部屋へは入れませんでした。
 Kは小さなナイフで頸動脈を切って一息に死んでしまったのです。外に創らしいものは何にもありませんでした。私が夢のような薄暗い灯で見た唐紙の血潮は、彼の頸筋から一度に迸ったものと知れました。私は日中の光で明らかにその迹を再び眺めました。そうして人間の血の勢いというものの劇しいのに驚きました。
 奥さんと私はできるだけの手際と工夫を用いて、Kの室を掃除しました。彼の血潮の大部分は、幸い彼の蒲団に吸収されてしまったので、畳はそれほど汚れないで済みましたから、後始末はまだ楽でした。二人は彼の死骸を私の室に入れて、不断の通り寝ている体に横にしました。私はそれから彼の実家へ電報を打ちに出たのです。
 私が帰った時は、Kの枕元にもう線香が立てられていました。

(「下 先生と遺書」五十)

2(1)時系列


ここでの先生の行動を抜粋する

・奥さんに命令されて医者と警察に行く(一度目の外出
→・下宿へ戻ってKの部屋を眺める
→・できるだけの手際と工夫を用いて掃除と後始末をする
→・Kの遺骸を先生の部屋に移して横にする
→・Kの両親に電報を打ちに出る(二度目の外出


2(2)医者と警察の検分は?


前の記事でも、警察と先生・奥さんらが一体どんな会話をしたのかが一切記載されていない不自然を指摘した。

改めて見ると、この時に医者や警察が下宿まできて、Kの遺体や室内を検分していったはずだ。
それらについて、何故か先生は一切記していない。

書き残したくないようなやり取りがあったということではないか。


2(3)電報は最後


そしてこの書かれていない医者・警察の検分が終わり、掃除や後始末を完了して、その後で先生はKの実家宛てに電報を打ちに行く。

ここでも先生は微妙な表現を遺書に記している。

「私はそれから彼の実家へ電報を打ちに出たのです」

妙に時系列順を意識させる表記になっている、「それから~たのです」と。

上に書いたように私はもう先生(と奥さん)は怪しいと確信しているので、ここもとにかく怪しく見える。

まず、「医者と警察」を呼ぶのは義務といえるだろう。
そしてそれが完了してから、Kの実家家族、つまりこの下宿の住人以外の外部者に、はじめて連絡をしたと。その時系列を先生もしくは夏目漱石はやや強調するかのように書いている。

2(4)二度目の外出


考えてみれば、先生は既に一度警察と医者を呼ぶために外出しているのだ。
この際に、K実家への電報もまとめて済ませてしまえばよかったのではないか。

しかし先生は、一度下宿に戻っている。そこから、書かれていない警察と医者の検分等を経て、わざわざもう一度、電報のために外出している。

何故先生は二度外出したのか?
これは、医者・警察の検分や聞き取りの感触から、先生と奥さんはこう確信したからではないか。

「よし、自殺と見せ掛けることに成功した。殺人とは全く疑われていないようだ。これでKの家族にも連絡できるな」


3、もう一つの「命令」


奥さんの「命令」についてふれたが、その少し前にも、やはり不自然な「命令」が出て来る。
Kの頭と冷たい耳をさわった直後

 私は何の分別もなくまた私の室に帰りました。そうして八畳の中をぐるぐる廻り始めました。私の頭は無意味でも当分そうして動いていろと私に命令するのです。私はどうかしなければならないと思いました。同時にもうどうする事もできないのだと思いました。座敷の中をぐるぐる廻らなければいられなくなったのです。檻の中へ入れられた熊のような態度で。
 私は時々奥へ行って奥さんを起そうという気になります。けれども女にこの恐ろしい有様を見せては悪いという心持がすぐ私を遮ります。奥さんはとにかく、お嬢さんを驚かす事は、とてもできないという強い意志が私を抑えつけます。私はまたぐるぐる廻り始めるのです。

(「下 先生と遺書」四十九)


先生と疑うとやはりここも、それまで読んでた時とは異なり怪しく見えてきた。

私の頭は無意味でも当分そうして動いていろと私に命令するのです

ここの「当分」とはなんだ。
しっかり時間をかけよと命令されている、ということか。

そしてわざわざ「無意味でも」と記すのはなんだ。
わざわざ「無意味」と記すのは、なにか重大な意味がありそれを隠しているからではないか。

そして「ぐるぐる廻る」のが、自分の頭の「命令」とはなんだ。
「命令」との言葉で、逆らえない要求に仕方なく受け身で従っているような雰囲気にしている。

だが誰も命令などしていない。
先生は自分の意志で「当分の間、部屋内でぐるぐるして医者も人も呼ばずに時間を潰す」行為をしているのだ。

それを「頭」からの「命令」と記すことによって、自身の主体性・目的を持っての行動であることを隠しているのだ。

やはりここは、先生は「やった」のだ。先生はKの命を物理的に奪ったのだ。
そして先生は深夜になにもせず、ただひたすら、Kが確実に死ぬであろう時間を費やし続けたのだ。

それをごまかしたのが、もっと言えばよく読めばごまかしたとわかるように遺書に書き記したのが「無意味でも」「当分」「ーと私に命令するのです」である。


(Kが他殺であるとの考察続けます。)


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