漱石「こころ」考察19 Kは他殺?警察の話がない



夏目漱石「こころ」、大正三年(1914年)連載の作品

私はこの「こころ」におけるKの自殺について、とどめをさしたのは先生だと勝手に確信している。

今回はその論拠として、「警察に関する話が何故か一度しかない」ことについてふれたい。前にもふれたがより細かく。


1、警察の話が無い


1(1)一度きりの「警察」


先生はその遺書において、Kの自殺?後、奥さん(未亡人)の指示で警察に行ったと記している。

その後、新聞やKの友人(いたのか?)から、「自殺の動機」を尋ねられた話は出て来るのだが、遺体発見状況・自殺方法等について、警察からなにをどう聞かれ、どう供述したのかの話は、一切出てこないのだ。

ー ある事柄について一回だけ示しておきながら、以降その事柄についてまったくなにもふれないことにより、よく読めば不自然さに気付けるようにする ー
これは漱石の得意の手法であると私は思っており、「こころ」の前作にあたる「行人」においても使われている。

「こころ」においてはこの「警察」と「小さなナイフ」とが、その手法にあたる。

 それから後の奥さんの態度は、さすがに軍人の未亡人だけあって要領を得ていました。私は医者の所へも行きました。また警察へも行きました。しかしみんな奥さんに命令されて行ったのです。奥さんはそうした手続の済むまで、誰もKの部屋へは入れませんでした。

(「下 先生と遺書」五十)

(※ 著作権切れにより引用自由です。)

(いままで気付かなかったが、ここで奥さんに「命令されて」医者や警察に行ったと記しているのは、なにか意味があるのだろうか? しかしこういった発見があるから漱石作品の読解をやめられない)


警察に行ったのであれば人ひとりが亡くなっているいる以上、遺体の発見状況や前後の行動等について、詳細に聞き取りされたはずである。
先生はもちろん、奥さんもお嬢さん(静)も、そして下女もだ。

しかし、それらについての記載は、一切ない。
正確に言えば先生の「遺書」においては、一切記されていない。


1(2)動機・新聞の話は記載


警察の話は一切記されていないにも関わらず、Kの自害の動機や新聞報道については、しっかりと描写されている。

「Kの葬式の帰り路に、私はその友人の一人から、Kがどうして自殺したのだろうという質問を受けました。事件があって以来私はもう何度となくこの質問で苦しめられていたのです。奥さんもお嬢さんも、国から出て来たKの父兄も、通知を出した知り合いも、彼とは何の縁故もない新聞記者までも、必ず同様の質問を私に掛けない事はなかったのです。私の良心はそのたびにちくちく刺されるように痛みました。そうして私はこの質問の裏に、早くお前が殺したと白状してしまえという声を聞いたのです。
 私の答えは誰に対しても同じでした。私はただ彼の私宛で書き残した手紙を繰り返すだけで、外に一口も附け加える事はしませんでした。葬式の帰りに同じ問いを掛けて、同じ答えを得たKの友人は、懐から一枚の新聞を出して私に見せました。私は歩きながらその友人によって指し示された箇所を読みました。それにはKが父兄から勘当された結果厭世的な考えを起して自殺したと書いてあるのです。私は何にもいわずに、その新聞を畳んで友人の手に帰しました。友人はこの外にもKが気が狂って自殺したと書いた新聞があるといって教えてくれました。忙しいので、ほとんど新聞を読む暇がなかった私は、まるでそうした方面の知識を欠いていましたが、腹の中では始終気にかかっていたところでした。私は何よりも宅のものの迷惑になるような記事の出るのを恐れたのです。ことに名前だけにせよお嬢さんが引合いに出たら堪らないと思っていたのです。私はその友人に外に何とか書いたのはないかと聞きました。友人は自分の眼に着いたのは、ただその二種ぎりだと答えました。

(「下 先生と遺書」五十一)

この記載に上で述べた、「事柄Aにはしっかりふれているが、それによって、もう一つ大事な事柄Bには何故かまったくふれていないことを、わかりにくくする」という、漱石の得意の手法がある。

・「Kの自害の動機をあちこちから聞かれて大変だった」・「新聞にどう書かれたか気がかりだった」これらは普通に理解できる心理であり、その描写が並ぶのはなんら不自然ではない。
だから読者は特に気にせず素通りしてしまう。素通りするように夏目漱石が書いている。

しかし、何故かなにもふれらていない話があるのだ。
・「警察から発見当時やその前後のことを聞かれて、嘘をつくのに大変だった
これである。

既に他の記事で書いたが、先生がその「遺書」において記したそのままを警察に供述していたら、逮捕されていたであろう。

「発見状況ですか? まず、深夜にKが突っ伏して反応ないのを見掛けましたが、駆け寄って確認するとか医者や助けを呼ぶとかは、全くなんにもしませんでした。まあでも薄暗い中一目見ただけで僕はKが既に死んでいると完全に確証しましたよ。死因はなんだと思っていた? え?、、、、 いやまあ、まず遺書を確認して、それを元の場に目立つように戻して、その後にはじめて襖に血潮が飛び散ってるの見て、、、それからKの頭を抱えて耳をもって、すぐ手放しました。冷たかったですね。え?その際に血が付かなかったか?、、、 またしばらくKの頭を眺めて、自分の部屋に戻ってしばらくぐるぐるしていました。そのまま数時間ぐらいは助けは呼ばないでいて、時間が朝六時近くになったのをしっかり見計らってから、下女を起こしにいきました。以上です。」

こう供述したわけがない。だからなにがしか虚偽供述をしたはずだ。
しかし、先生の遺書からは警察から状況を聞かれてどう答えたかとは、一切記されていない。

さらには「Kの自害する動機」についても、引用のようにKの友人・奥さん・お嬢さん・Kの父兄・Kの知り合い・新聞記者らから聞かれて困ったと記している。
しかし何故かここで、「警察から動機を聞かれた」とはふれられていないのである。
警察からも聞かれていないはずはないと思われるが、「警察」だけがすっぽり抜かれている。

私にはこれが、夏目漱石が「ここで警察だけあえて外していることに、読者のうち何人かは気付きたまえ」と語っているように聞こえる。

自害の動機については「Kの遺書に書いてあったとおり」と答えるのは、決して嘘をついたわけではない。
しかし先生は、警察には嘘をついたのだ。だから警察の話は載せなかったのだ。自分の遺書には。


2、誰かが「Kは気が狂った」と話した


上の引用で一つ気になる箇所がある。

「友人はこの外にもKが気が狂って自殺したと書いた新聞があるといって教えてくれました」

もう一つの新聞の「父兄から勘当された結果厭世的な考えを起してー」はわかる。勘当は少なくとも客観的事実であるし、当の父兄や知っている者に聞けば皆答える話だ。

しかし「Kは気が狂ってー」これは、Kの死亡直前まで親しく接していた誰かが、そう記者に話さない限り、出てこない話ではないか。「狂った」との直接的な言葉までは言わなくとも、それを示すような話を記者にしたのだ。

Kの遺書の内容は、書かれている範囲では特におかしくなったような記載はみられない。
つまり誰かが、あるいは誰か複数人が「なにか変わった様子はなかったか? そういえばKは最近こんな言動をしていて、、、」とでも記者に話さない限り、そのような記事は出ない。

Kの故郷(新潟)の父兄は勘当によりしばらく交流がなかったはずである。
そこから考えれば、「Kは気が狂って」となる内容を記者に話した人間の候補者は、天下に4人しかいない。
先生、奥さん、静、下女

これはもう、先生と奥さんとが、そういった内容を新聞記者に語ることを、密かに口裏合わせをしていたとみるべきだろう。
先生は自害の動機について聞かれた際は「一口も付け加えなかった」としている。しかしそれ以外の質問が存した場合、どう答えたとも、一言もふれられていない。

先生と奥さんは、Kの自害の理由を創り上げたのだ。共謀して。

では一体なぜ、先生と奥さんはそんな作出をしたのか?
答えは「この遺書だけだと自害の理由としては少し弱いと思ったので、念を押した」

(この考察続けます)


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