【毎週ショートショートnote】読書手術
「読書手術を受けると、不思議と肩の重さが消えるらしい」
同僚が言った。寝ても休んでも抜けない疲れを抱えていた私は、その一言に縋った。
案内された部屋は手術室というより、静かな図書館だった。渡されたのは古びた分厚い本。医師に促され、ページを開いた瞬間、文字が滲み、世界が反転した。
気がつけば私は森の中にいた。
湿った土の匂い。風に揺れる枝葉。読み進めるごとに景色は変わり、胸のざわめきが嘘のように静まっていった。
以来、私は何度も通った。
本を開けば騒音も不安も遠ざかり、物語の中でだけ心が安らいだ。
けれどある日、会社へ行こうと玄関を開けたとき、異変に気づいた。
視界いっぱいに、あの森が広がっていたのだ。道も隣家も消え、鳥の声が響いている。
慌てて振り返ると、背後にあったはずの自室も消えていた。
物語は終われない。だってもう、ページを閉じる術がない。
森の奥から、湿った足音が近づいてくる音がした。
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