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もう再訪が叶わない最北の木造駅舎に降り立ち、寂寥感に浸ったあの日のこと

先日、高田郁さんの「駅の名は夜明」を読んだ。

鉄道を舞台に繰り広げられる9つの物語に心打たれるとともに、自分の中で最近息を潜めていたローカル線マニアの血が騒ぎ出した。

私は、大学2回生の時に突如一人旅にハマり、ローカル線に乗って日本の各地をぶらりとしていた。
旅をすればするほど、短い車両でゴトゴトと走るローカル線が大好きになった。

本数は少ないし、スピードは遅いし、運賃は高いし、何かと不便な点ばかりが目につく。
けれど、私はそんなローカル線に、いつも懐かしさと哀愁みたいなものを感じて、心を鷲掴みにされていたのだ。

小説の舞台の一つである、北海道の道東を走る釧網線にも乗ったことがある。
読みながら、脳内の引き出しの奥から、当時見た光景や聞こえた音、肌で感じた温度などの記憶を引っ張り出した。
旅の道中のワクワクした気持ちを今改めてなぞるのは、もう戻れない寂しさも感じるけれど、とても懐かしくて心地よい。

そして、思ったのだ。
一人でローカル線に乗り込み、心ときめかせていたあの頃のことを、今思い出して書いてみたい、と。

ということで、これから気が向いた時に、昔の旅で印象に残った鉄道ネタをしたためていきたいと思う。

まずは、釧網本線…ではないけれど、同じ北海道、道北を走る宗谷本線にあった、とある駅のこと。


北海道稚内市にあった抜海駅

2025年3月。
宗谷本線の抜海(ばっかい)駅は、その役割を終えた。
日本最北に位置していた、約100年の歴史をもつ木造駅舎も、同年中に撤去されたという。

今から12年少々前の、2013年9月に初めてこの駅を訪れて以来、いつか再訪したいと思いながらも、結局叶わなかった。
廃駅となって1年が経った今、改めて当時の写真を見返すと、懐かしさ、切なさ、諦念、いろいろな気持ちが湧き上がる。

当時私は大学4回生で、無事に就職も決まり、大学生活最後の夏休みを過ごしていた。
社会人になったら、当分は夏場にこんなに長い休みを確保できないだろう。だったらこの夏、最後にめちゃくちゃビッグな思い出を作ってやるぜ!と思い立ち、私はかねてから行ってみたかった北海道に、2週間に渡る一人旅を計画した。
移動は全て、公共交通機関である。

行程もさほど細かく決めずに敢行する長期旅。
初日に感じた「これからどんな日が待っているのだろう」というワクワクに満ちた高揚感は、今でも忘れられない。

北海道のローカル線は、私の「好き」が凝縮したような空気を纏っていた。
1両編成で、単線で、架線がない非電化区間。
列車は1日数本。時刻表はスカスカ。
そんな、お世辞にも利便性が高いとは言えないローカル線に乗ると、私の心は躍る。

沿線の自然あふれる景色。
ディーゼル燃料がこびりついたような列車の匂い。
地元の高校生や高齢者が思い思いに過ごし、たまに地元の方言で話す、その声。
ゴトゴトと走る列車の揺れ。

乗るたびにわくわくした。今思い出しても、本当に幸せだった。
たとえそれが、誰かにはなんてことのない日だったとしても、私にとってはここでしか見えない世界と出会えている日。
そんな自分の中での非日常感に、ずっと酔いしれていた。

そしてもう一つ、北海道の鉄道旅で私がたまらなく好きだったのが、道中いくつも出会った木造駅舎だ。

時代から取り残されているような、鄙びた佇まい。
時が止まったような、待合所の空気。
煤けた駅舎の木の色と、燻んだ駅看板。

その駅舎が醸し出す、静かで懐かしく、もの寂しい空気に浸っているのが、至福だった。

その中でも印象に残っている駅が、抜海(ばっかい)駅だ。
宗谷本線の終点の、稚内(わっかない)駅の二つ手前、日本最北の無人駅で、最北の木造駅舎だった。(稚内駅は有人駅)

旅に出る前から、その存在は知っていた。木造駅舎を紹介する本を図書館で借りたことがあり、そこに掲載されていたのだ。
写真で抜海駅を見た時、私の目は釘付けになった。

周囲には何もない。ただ荒涼とした大地の上に、ぽつんと佇むその駅舎。
北海道の厳しい気候に晒されていることが、写真からも想像できて、なんだか駅舎に対して畏怖のような感情を覚えた。

北海道に旅に出たら、絶対に抜海駅に行ってみよう。

私はその時決意した。

そして、秋の日の昼下がり、旅をしていた私は、本当に抜海駅に降り立ったのだ。


駅のホーム


看板

穏やかに晴れた日だった。
やっと来れた、という達成感もある。
けれど私はそれよりも、一種の寂寥感を感じた。

地元の人は、使うのだろうか。
否、おそらく車移動ばかりで、よほどのことがない限り使わないだろう。
列車の本数も少なく、運賃も安くなく、決して使いやすいとは言えないだろうから。

広い空と大地の中に、忘れられたようにひっそりと、その駅は存在していた。

西に傾いてきた日差しが、駅舎の中を照らす。
しんと静まり返っている駅の中。少しひんやりとした空気。
そこには、誰もいない。


古びた駅の中。冬は寒そう。
上下線ともに1日5本の列車

駅舎を見渡しながら、この駅が耐えてきた厳しい雨風や雪、段々と乗り降りする人が少なくなる日々、そんなものを想像した。
『田舎のノスタルジー』と簡単にまとめられるものではなかった。

でも私は、時が止まったようなこの空間を、全身で感じられているのが、とても貴重なことに思えた。
当時は廃駅は決まっていなかったけれど、そう遠くない未来に、この駅は役目を終えるのかもしれない、と脳内にちらとよぎった。
けれどどんな運命が待っていても、この駅は黙ってここに佇み、毎日数えるばかりの乗降者たちを見守り続けるのだろう。
駅としての役目を全うする、その日まで。

この駅が紡いできた歴史に思いを馳せる。
もちろん訪れるのは初めてだけれど、懐かしいような、寂しいような気持ちになった。
駅があるからと住んだ人もいただろうから、ありがたさも感じる。
地域の人々の生活や、駅を訪れた旅人たちの胸の内。そんなものへの想いが膨らんでいって、まるでその場にタイムスリップしているような気分になる。
木造駅舎に佇んで、心の旅をする。その時間が、私は好きなのだと思う。

1年前に役目を終えた抜海駅。
いつの時代も諸行無常だけれど、あの時に抜海駅を訪れて感じたことを、これからも覚えておきたい。

そしていつの日か、もう一度宗谷本線に乗って、当時を思い出しながら、最果ての地を訪れたいと思っている。


2/19追記

2/16の「今日の注目記事」に選んでいただきましたー!!👏👏
(通知のスクショ撮り忘れた…!!)

結構な偏愛記事になりましたが、のぞいてくださった皆様、ありがとうございます!!



普段、子どもとのことや読んだ本の感想などを書いていますが、実は私は結構なローカル線マニアです(笑)
この時の旅で訪れた場所で、もう廃止された路線や廃駅になったものがいくつかあります。
残って欲しいと思うのは、外の人間のエゴだとわかってはいるものの、やはり寂しさを感じます。

今は幼い子がいて、また自宅のある地域は交通の便もあまり良くないため、私自身、こういう旅とは長らくご無沙汰しています。
でも、いつかまた、「それ、どこ?」みたいなマニアックでディープな場所へ旅したい。
そんな思いを忘れずにいたいので、これからも「鉄道旅をしていたあの日」シリーズを、たまに綴って行ければと思います。



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読んでくださり、ありがとうございました!


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