彼女の世界の 見えない誰か
「今日はいいお天気でしたねぇ」
デイサービスの帰り道。
夕日のなかを走る車のなかで、わたしたちはいつもの、なんでもない話をしていた。
このあと、ちょっとだけ背筋が冷えることになるなんて、思ってもみなかった。

帰りの車のなかで、彼女は窓の外のサイドミラーを指さした。
「ここにいたお婆さんは、どこに行ったのかしら?」
外にも車の中にも、私たち以外は誰もいなかった。
最初から。
こういうことは、ときどき起こる。
誰もいないはずなのに、誰か人が見えたり。
脳の働きのなかで、本人にはちゃんと「見えて」いるらしい。
だからわたしは、否定しない。
「いませんよ」とは言わない。
「どんなお婆さんでしたか?」
そう聞くと、彼女はちょっと笑って、また窓の外を見た。
何が見えていたんだろう。
こわいけど、それとは少しちがう。
彼女の世界には、わたしには見えないものが、たしかにあって。
その世界を、わたしはまだ、ちゃんとは知らない。
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