子どもの視点がくれるもの、子どもから学ぶこと
こんにちは!
日々うさぎです。
みなさんは子ども言葉にハッと何かを気づかされたり、子どもならではの見方に感心したことはないでしょうか?
ああ、そういうものを見ていたのね、とか
なるほどそこに気づいたのね、とか
大人の視点では見られない景色を見、まったく別のことを感じたり経験していたりすることがあると思います。
■こぼれたクッキー
娘がまだ幼児だったころ、公園に遊びに行って、ベンチでおやつを食べていたとき、クッキーのかけらが少し地面に落ちてしまったことがありました。
私は、落ちた量が少しだったことと、娘が拾って食べてしまったりしないように、
「アリさんが食べるから、拾わないでそのままにしとこうね」
と言いました。
すると娘は、持っていたクッキーをさらにボロボロと地面に落としてしまったのです。
「落とさないように気を付けて食べよう!」
そう注意すると
「アリさんにもっとごはんあげるの」
と。
アリさんにおやつを分けて一緒に食べようと思った気持ちを知って、ハッとしたのでした。
■カナダでおいしかったのは
息子が4歳の時、昔住んでいたカナダの街を訪ねることになりました。息子は初めての海外でした。
3泊5日の旅程だったこともあり、幼い息子は時差ぼけをするどころか、日本時間のまま現地を過ごし、夜じゅうホテルの部屋で起きて過ごすという毎日でした。
時間もさることながら、困ったのは食べ物です。
ハンバーガーやチャイニーズのチャーハンなどなら食べられるだろうと思っていたのですが、日本と味が違うのか、息子の口には全く合いませんでした。まともな食事はほんとうに少しだけしか食べてくれなかったのです。
5日間、息子が主食にしていたのは何だと思いますか?
なんとチョコエッグです。
息子は5日間のほぼすべてをチョコエッグでつなぎました(苦笑)
帰路、成田空港で乗り換えでしたが、その時ようやくうどんにありつけました。
息子の久しぶりのまともな食事に、私もほっとしていました。
後日、カナダの思い出を聞いてみました。
私「カナダでおいしかったもの、なにかあった?」
息子「うどん!」
(笑!)
うどんを食べたのは成田空港でしたが、幼い息子の中ではカナダでの出来事だったようです。
そうですよね。
きっとどこからが日本でどこからがカナダなのか、まったくわかっていなかったのだと思います。
そういえば、カナダのお土産屋で、店員さんに
「これください!」と大きな声で話しかけていました。
店員さんが英語で対応しても、まったく気にせず、日本語で会話を続けていた息子でした。
日本と外国を区別せずに生きられるって、なんだかうらやましいようにも感じたのでした。
■子どもから教えてもらったこと
日本では家族の仕事の関係で、東北から西日本まで、いろいろなところに住みました。
どこも、初めて住む場所でした。
初めは方言が聞き取れず、コミュニケーションの取り方や距離感など、ちょっとしたところに自分のなじみのある感覚とは異なるものを感じて、日本国内でありながら、異文化を感じたものです。
東北に住んだときには、長女が幼稚園に行きだすとたちまち
「どこさいぐ?」「んだね」など言うようになり、
また英語教室に来てくれていた生徒さんからもいろいろな方言を学びました。
西日本に住んだときは、こんどは次女や息子がたちまちその土地の方言を話すようになり、子どもを通じて私もずいぶん方言を話すようになりました。
方言もさることながら、子どもたちが成長してくると、若い人たちがよく使っている言葉、たとえばSNSでバズってる(笑)ものやよく使われている言葉などを教わるようになりました。
歳を重ねるごとに、新しく登場し続ける言葉をキャッチするスピードが遅くなります。
人によっては「日本語が乱れてる、良くない!」と感じる人もいるようですが、私は単純に、若い人たちが使っている言葉を時々教えてもらっては、感心したり楽しんだりしています。
言葉は生きている・・・新しく生まれてきた表現は、すぐに消えもするし、辞書に残るような単語になる場合もあります。生き証人として、言葉の誕生や死滅を見られるのは貴重な体験かもしれません。
■まとめとして・・・
子ども達(自分の子に限らず、教室の生徒さんも)の視点から、いろいろなことに気づかされたり、感動したり、生活の中の彩りになったり、隠し味のようになったりしています。
歳を重ねて、少し鈍感になってしまったり、これまでのやり方に慣れすぎてしまったりしているとき、子どもや若い人たちから学べることは、うれしいことです。
みなさんはどう思われますか?
こちらもどうぞ↓
未来人から学ぶ
小さな気づきに光が当たるとき
