【連載小説】第4話『真昼に潜む影と真夜中に猛る獣の物語』
人生の岐路に立ったとき、
ままならぬ恋の末に、
立ち行かぬ想いの果てに、
人は何を得て、或いは失うのか。
運命は貴賤を問うことなく、誰であろうと平等に、それをもたらす。
その日、イオリは自らが目に見えぬ守護に護られていたことを知る。
そしてそれは、多くの犠牲を伴う独善的な力であり、イオリ自身の運命を例外なく変えてしまう。
※残酷な描写を含みます。
心身の状態に留意してお読み下さい。
始まり④ 無情 イオリ編
かの女の美しさと気高さは罪の一つなのか
それを誰もが思い知ることとなった
幻想と現実が交わる祈りと魂の叙事詩
イオリは美しいことで評判の女だった。
白磁の肌に烏の濡れ羽のような艶やかな長い黒髪が映える。靭やかな体躯。そして優美な所作。
唇はほんのりと紅色で、出会う男たちは皆、その麗しさに目を奪われた。
たいそうな豪商や高貴な公家なども興味を示したほどで求愛や求婚などは枚挙に暇がなかった。
彼女もまた人ではないものに愛された。
『太陽の巨人』である。
太陽の巨人は日出る三奏の地において、日が東の空から昇り西の果てに沈むそのときまで日中に君臨した怪異である。
自らを「明るい日差しの中の支配者」と称した。
「父上!!」
お白洲でイオリの叫び声が響き渡る。
白砂利の上に真っ赤な血が飛び散っていた。
「介錯仕る」
無情にも振り下ろされる大刀。
父と呼ばれた初老の武士は自ら腹を切った後、首を刎ねられた。
「あああぁぁ……!」
イオリの嘆き。
そんなイオリの様子をじっと見る見物客。
周囲を囲む多数の役人と、縁側とお白州を望む座敷にも位の高そうな役人たちが幾人か。
皆、御役人である。
中央に鎮座しているのは大名その人。一番偉そうにしているのでよく判る。
彼らは悲劇的な二人の様子を、何の感慨もなく見ていた。
座敷の一人が腕を挙げ合図をする。
と、見物客を除く周囲の役人たちが一斉に腰に差していた脇差を抜いた。
「キッ!」
と座敷を睨むイオリ。
目が合った大名は鼻で笑っていた。
イオリはただ黙ってじっとしている。
大名が「!」言葉を発せようとした刹那、大声でそれを遮った一言。
「やめよ! やめよ!」
見物客だけでなく大名もイオリすらも驚いて、声のした方を振り返った。
そこには。
声の主と思われる九十九髪の老人が一人。
険しい顔をして皆を見ていた。
役人ではない。
見物客でもなさそうだった。部外者だ。
「何だ、貴様は!?」
大声で老人につかみかかった者が一人。
だが、
「うわあああぁぁ!!」
悲鳴を上げた途端白い炎に包まれて、後には灰になって燃え尽きた。
見物客たちがざわつく。
大名も驚く。
イオリは驚きながらもことの推移を見守った。
「何だ貴様は? ジジイ!!」
問いかける大名の声が上ずっている。
老人は無視して続ける。
「何のことはない。
フラレた腹いせに無理難題を吹っ掛けて親子ともども仕返ししようか、というところ。
ホント、男の風上にも置けん。情けなや〜〜」
それを聞いて気色ばむ大名。
「黙れ! 黙れ!! 黙れ!!」
図星。
顔を真っ赤にして激昂した。
「誰ぞ! こやつを追い払え! 始末せよ!」
先ほどの燃え上がった仲間を見ていて、二の足を踏んでいた動きが鈍い役人ども。
彼らに構うことなく、その老人はイオリの傍らまで近づくとこう云った。
「お父上さまは残念でした。
間に合わず申し訳ございません。
よろしければ、今よりご助力いたしますがいかがでしょうか?」
イオリはよくことの次第が判っていない。
頷きもせず、ただ黙って聞いている。
この老人は何者だろう?
さっきは何をしたのだろうか?
これから何をしようというのか?
私の味方なのか?
父を目の前で亡くして動揺が収まらない。
思いがけない事態に混乱して首を傾げるばかりのイオリだった。

老人が美しい珠を連ねた数珠を取り出して、イオリに差し出した。
「これは“御守”です。
お持ちなさい」
「御守……?」
「貴女を護ってくれます。
霊珠『玉梓』」
「玉梓?」
その淡く蒼白く光る霊珠をイオリが受け取る頃には、周囲が落ち着きを取り戻しつつあった。
ようやく平静になった役人たちが声を掛け合い、老人に近寄ろうとした。
振り返ってそれを見た老人が一言。
「去ね」
そこからは地獄絵図となった。
つづく
