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【連載小説】第一夜『王さまお伽草子』(The Sultan's Otogizōshi)

第一夜
スルタンの帰還


「もしも運命というものがあるとして。
 それが大きく一変したのは、あの優しい黒い瞳をした男に出会ったから」
     __バサラという名を拝命した者也。


 ラマダンの断食が終わり、ここ港町チャンドラでは大勢の人が忙しそうに行き交う。

 商談、陸揚げされた海産物のやり取り、その他にも諸々。運び込まれた各地で採れた香辛料や、金銀や鉱物、絹織物、民芸品や工芸品など枚挙に暇がない。

 大陸の東南にある緑豊かなマレー半島。
 大海に面したそこに、海洋貿易で繁栄している
『プンダリーカ王国』という国がある。

 国を治めるのはスルタン王さま、アブドゥラ・マリク・シャー。
 豪放磊落ごうほうらいらくな性分で、口は悪いが人情味に溢れ、庶民レイカットに人気があった。

 今日は港に人々が集まり何かを待っている。祭りが始まるのでもない。
 実は長い航海を終えてスルタンの帆船が戻って来る日だった。

 常夏の海と空はどこまでも続き、上空からのしかかるほどに濃く重かった。
 染み一つない青空に、白い雲が浮かぶ。
 眩いばかりの太陽の日差しが溢れんばかり。
 浮雲が此方こなたから彼方へ、頭上を遙かに越えて背後に広がる密林へと流れていく。
 港町での人々の喧騒は海猫の鳴き声さえも呑み込んでしまう。
 さざめく波の音は足下から打ち寄せていた。

「帰って来た〜〜!!」
 誰ともなく云った。歓迎の銅鑼が鳴り響く。
 ジャ――ン!

 甲板から張られた白い大きな三角帆セイルが海上に吹く潮風を受けてブワッと大きく膨らむ。
 前方に傾斜した二本並んでいる内の太いメイン帆柱マストの上端には、二頭の向かい合ったマレー虎と中央に白く開いた蓮華の王家の紋章。
 遙か古代から続く長い伝統の中で多様な文化の影響を受けてきたその証の旗でもある。
 それが誇らしげに、たなびいていた。

 金ピカの帆船の先端に尖った反りのある船首が、青い海にうなる白浪を切って進む。
 やがて船は減速していき、港に入ると埠頭の岸壁に錨を下ろして停泊した。

 船員が行き交う甲板から足場板が下ろされて一人、大股で大胆に歩く。

 アブドゥラ・マリク・シャー。その人である。

 日に焼けた赤銅色の肌。白髪混じりの髪と髭は潮を浴びたせいか、やや末端が褐色であった。
 齢は五十歳前後。だが活力は心身にみなぎり枯れた風体ふうていではない。
 その首には代々伝わる秘宝と噂の、墨のような漆黒と堆朱ついしゅで縁取られた出処不明な首飾り。
 耳と手の指には豪奢な金の耳飾りピアス指輪リングを着けて、頭にはオレンジ色の派手な頭巾を被っている。その柄は植物文様アラベスク
 山吹色のタンクトップと腰に黒くて太い革のベルトを巻き、黒蝶貝ブラックパール瑠璃ラピスラズリの見目麗しい短剣クリスを佩剣している。
 蛇行クランク状の隕鉄製の剣身に特徴があり、それはこの地域独特なものである。
 祭祀用ではない。
 王家の持ち物なので華美に装飾されてはいるが、スルタンは実際に使うこともある、十分に実用性を兼ね備えた短剣である。

「お帰りなさいませ。スルタン陛下」
 出迎えた近侍ハスこうべを垂れて云った。だがスルタンは訝る。
「よぉし。で、本音は?」
「ちっ、帰ってきやがった」 
「お前は鞭打ちの刑二十回」
「……改めて。お帰りなさいませ、スルタン陛下」
 右手を挙げて応えるスルタン。 
「何か変わったことはなかったか? ニザム」「何もありません。すべからく順調ですよ」
「お前以外はな」
「馬を待たせております。陛下」
 何事もなかったかのようにニザムは云った。そしてもう一度拝礼する。
「まぁ待て。土産がある」
「――土産とは?」
 スルタンは「フフフッ」と微かに微笑む。


つづく


<次回、第二夜 港町チャンドラ>



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