【連載小説】第二夜『王さまお伽草子』(The Sultan's Otogizōshi)
第二夜
港町チャンドラ
港では大勢の人夫が大わらわしていた。
あちこちで何やら騒がしい。
「そこが彼と言葉を交わした町。
でもそのときは私も彼も、それが運命の変わり目だとは、思いもしなかった」
『放せ! 畜生!』
何事かと覗き込むニザム。
両腕を後ろ手で縛られている子どもが一人。
黒い髪はボサボサで伸び放題。それを後ろで一つにまとめて括っている。
着ている着物はボロボロ。鉢金や手甲、脚絆などは革製のものを纏っているが、それらがどれもこれもはっきり云って、くさい。
大暴れしている子どもを厳重に縛り上げて人夫が二人の前に連れてきた。
「倭言葉でございますね? これは?」
「倭寇だと思う。
一週間前の嵐で遭難していたようだ」
「倭寇?」
なおも暴れる子どもの目の前にスルタンがこれ見よがしに何かを引っ張り出す。
「――これだろう? お前さんの捜し物」
それは刀だった。
憐れ、海水に浸かっている。これではいずれ錆びてしまうだろう。
『俺の!!』
スルタンはつかつかと子どもに近づき、拳で思いっ切りその頬をぶん殴った。
『――ッ!』
殴られて茫然とする子ども。すると、子どもの襟元を掴んでスルタンは云った。
「うるせぇ! 騒ぐな!」
ボーッとする子どもに追い打ちをかける。
「返してやる! そのうちに! だが今じゃねぇ!」
そして手を放すスルタン。
「後でな!」
『何だ畜生!!』
すかさず、また飛びかかろうとする子ども。
だがスルタンはそれをサッと避けた。
人夫が強引に子どもを引っ張って連れて行き、人波の中にまた紛れて喧騒はなお続く。
見るとスルタンはニヤニヤしている。
それは明らかに楽しそうな風情だった。
「性格の悪さが如実に表れていますな」
「よぉし、鞭打ち三十回」
と云いつつもスルタンは気にした風でもない。
「――な? おもしろい土産だろう?」
と持っていた刀をニザムに手渡してスルタンは迎えの馬に跨った。
「刀を直せ。
貿易商の伝手を辿れば刀工も見つかるだろう。
それから拾ってきたアイツの身体を風呂で洗ってやってくれ。爪を切って歯を磨かせて。
着替えも用意してやれ。においの原因は身に纏った、あのボロ布だ。
あとは飯も。腹いっぱいな。たらふく食わせてやれ。だいぶ腹を空かせていたみたいだ。
グーグーと腹の虫が鳴いてらァ」
「やれやれ、クルアーンの教えでございますか? それとも道楽でやがりますか?」
「ハハハ。まぁどっちもだ」
「もの好きも大概にしやがれ、でございます」
「よぉし、鞭打ち四十回」
「今夜の宴もお忘れなきよう」
「宴? 何の?」
「日没後の礼拝の後、不本意ながら無事に航海から帰国した祝いの宴にございます」
「あゝ、そうだっけ? 忘れてたよ」
そのとき、近侍ニザムの心にそれは少しばかりの棘となって引っ掛かった。
(まただ。特に王妃が亡くなられた頃から多くなった気がする)
「耄碌して、そんな予定も忘れてしまいましたか?」
「よる年波には勝てん。
それよりお前、今、“不本意”って云った?
よぉし、鞭打ち五十回」
笑って云って、スルタンは馬の首を巡らせて常歩でゆっくりと歩かせた。
「私が連れて行かれた後のことだ。
荒んでいたその頃の私に、彼らがどれほど静かに沁み入っていたかを、語ったことはない。
私はバサラの名を拝命した者。
孤児となった私を娘として迎え、父となった御方が、スルタン、アブドゥラ・マリク・シャー、その人である。
『偉大なる王、そして偉大なる王“だった”人』。
このお伽草子は、私と彼、そして彼の美しい妃たちが経験した冒険の記録なのだ。
どうか、願わくば、貴方の耳を傾けておくれ」
つづく
<次回、第三夜 家族の在り方>
