難病の私が輝けるまで第四話(最終話)(創作大賞2025恋愛小説部門連作短編)
S.Able社に、公共性の高い「多様性と共生をテーマにした広告キャンペーンの大型案件が舞い込む。
官公庁・企業連携のプロジェクトで、世間からも注目される。
聖夜は言う。
「この案件、まきなにメインプランナーを任せたい」
社員たちは驚く。
だが、聖夜はこう続ける。
「彼女は”当事者であり、”伝える力”を持っている。今のこの会社で、誰よりこの仕事にふさわしい」
プレッシャーの中、まきなは葛藤するが決意する。
「逃げたくない。これは、私にしかできない表現があるって、信じてみたい」
リハビリと両立しながらも、徹夜でプレゼン資料を作成。
杖を手にしながら、大手企業の前で堂々と企画を語る。
その言葉には、”真実味と説得力”が宿っていた。
「”違う”ことは、恥じゃない。”同じようになろう”とするんじゃなくて、違いをどう受け止めるかーー。それが、共に生きるって事なんだと思います」
審査員たちの沈黙の後、拍手が起きる。
プロジェクトは無事、S.Ableが総合ディレクションを担当することに決定。
数日後、プロジェクト成功の打ち上げパーティー。
会場の一角に設けられた静かな中庭で、聖夜がまきなを連れ出す。
星がきらめく夜空の下、聖夜はひざまずき、小さな箱を開く。
ジュエリー店で選んたシンプルなプラチナに、青く澄んだサファイアが一粒あしらわれた綺麗な指輪。

「あの日、君が”時間がほしい”って言ったとき、待つと決めた。今日、まきなは、自分の力で未来をつかんだ。その姿を、誰よりも誇りに思ってる」
「改めて、言わせて。まきな。結婚しよう。君と生きていきたい。すべての季節を、一緒に歩こう」
涙ぐむまきなは、今度こそ迷いなくうなずく。
「はい。私も、一緒に未来を歩きたい。よろしくお願いします」
夜空の星よりも、まきなの目が輝いていた。
S.Ableの広報部が、まきなを中心に据えた「リアルな声の発信」を始める。
投稿された動画やインタビューがSNSで拡散され
「こんなに美しい障害者がいるなんて」
「奇跡の人」
「リアルシンデレラ」
というセンセーショナルなラベルと共に、まきなは半ば”顔”として話題にされていく。
まきなは戸惑う。
(私を見ているんじゃなくて、”障害者”っていう看板を見てる気がする…)
それでも、まきなは聖夜に言う。
「でも、私の言葉が誰かの役に立つなら、もう少し前に出てみたい。逃げずに」
ある日、聖夜の母の海 冴絵がS.Ableに突然現れる。
洗練された黒のスーツに身を包み、冷たい目でまきなを見つめる。
「あなたが”財閥の嫁”として、ふさわしいと思ったことは一度もない。今、人気があるのは話題性だけ。いつまで続くのかしら?」
まきなはゆっくりと立ち上がる。
杖を握る手は震えていない。
「ふさわしいかどうかを決めるのは、あなたじゃない。私と、聖夜自身が決めることです」
聖夜が現れ、母に静かに言う。
「母さん。彼女は俺の”選んだ人”だ。もう二度と、傷つけるようなことは言わせない」
海 冴絵はその場を去る。だが、その目には、以前にはなかった”動揺があった。
その夜、まきなは聖夜に言う。
「私は”強くなりたい”わけじゃない。ただ、”自分の人生を自分で選べる私”になりたいの。誰かの評価じゃなくて、”私の言葉”で生きていきたい」
聖夜は優しく頷き、まきなをそっと抱きしめる。
カメラのフラッシュのない、誰にも見せない世界。
ふたりきりの朝食のテーブル、同じマグカップ。
まきなが笑って「パン焦がした」と言い、聖夜が笑いながらそれを食べる。
(”幸せ”って、こういう瞬間を言うんだ)
(今の私は、誰のものでもない"私の人生”を歩いてる。)
その表情には、病を超えて、生きる力が宿っていた。
結婚式はあげないことにしたまきなと聖夜。
話し合った結果、ふたりだけのウエディングフォトを撮影することに。
撮影は、都内の有名なクラシックホテルの中庭。
午後のやわらかな光が、緑と石畳を優しく照らしている。
祝福の鐘も招待客の拍手もない。
けれど、それ以上に深く静かな、ふたりだけの「誓い」があった。
まきなは、長めのスリーブの純白ドレス。
ドレープが美しく流れるシルエットで、立ち姿にも座り姿にも気品がある。
左手には杖。
けれどそれは”支え”ではなく、彼女らしさを象徴する「一部」として、しっかりと馴染んでいる。
聖夜は、細身のブラックタキシードに、ライトグレーのベスト。
髪をきっちりとセットしても、まきなを見る視線には変わらぬ優しさが滲んでいる。
カメラマンが「どうぞ、自然に」と声をかけると、まきなはゆっくりと聖夜の腕を取り、いつものように微笑んだ。
「やっぱり、結婚式はやらなくて正解だったね」
「うん。だって、まきなのこの笑顔を見てれば、何もいらない」
背景には、風に揺れる白い花。
カメラのシャッター音とともに、その一瞬が、永遠になった。

ウエディングフォトを素敵に撮ってもらったまきなと聖夜。
さっそくSNSに投稿したまきなと聖夜。


結婚式はしなくても「これからも、何があっても一緒にいる」ってちゃんと誓い合ったふたりに迷いはなかった。
ウエディングフォト撮影の後、ふたりはその足で行きつけの静かなレストランへ。
予約席のテーブルには、まきなが好きなカモミールの花が飾られていた。
聖夜の手配だった。
ドレスを少しだけ着崩しながら、白ワインを口にするまきな。
「ドレスに杖、変だった?」
聖夜は笑って、グラス越しに目を合わせる。
「一番美しかった。自分のままで立つ花嫁って、あれ以上ないと思う」
食後、ふたりは撮った写真をスマホで見ながら、肩を寄せ合って静かに笑い合った。
(結婚式よりも、私たちらしくてきっとこの日のこと、ずっと忘れない)
後日、海 冴絵のもとに、まきなと聖夜のウエディングフォトブックが静かに送られてくる。
一人で書斎のソファーに座りながら、冴絵はベージをめくる。
そこには、清楚なドレスに身を包んだまきなと柔らかい笑みを浮かべる聖夜の姿。
沈黙がしばし続いたあと、冴絵は写真にそっと指を這わせ、かすかに微笑んだ。
「あの子、強くなったわね。あの子を選んだ聖夜も、ね」
写真を閉じたその手は、もう震えていなかった。
まきなの家族のもとに届いた一枚のウエディングフォト。
柔らかな光に包まれた写真には、満面の笑みを浮かべるまきなと、優しく寄り添う聖夜の姿があった。
その写真を見つめる、母の目には涙がにじんでいた。
「こんなにも幸せな顔…」
まきながどれだけの想いでここまで歩いてきたのかを、家族はようやく深く理解する。
”共に歩く、それだけで十分だった。”
写真に添えられた言葉が、心の奥まで静かに沁みわたっていた。
スマホでSNSをスクロールしていた氷室 桐華。
偶然、まきなのウエディングフォトが流れてきた。
そこには、”障害も個性として美しい”という称賛とともに、圧倒的な好意的コメントの嵐が|並んでいた。
唇を噛みながら桐華はつぶやく。
「まさか、こんな形で時代の顔になるなんて。でも、私は負けない。あの女の背中、いつか抜く」
桐華の目には、悔しさとほんのわずかな敬意が混じっていた。
まきなのウエディングフォトの投稿をSNSで見た人たちから称賛の声が届く。
「この写真、心を奪われました」
「ドレスに杖、こんなに美しい花嫁は初めて」
「障害は弱さじゃない。生き方そのものが強さだと教えてくれた」
「涙が出た。いつか自分も、こんな風に愛されたい」
中学校の同級生の松本 杏奈もまきなのXでウエディングフォトを目にして
「世界一素敵な花嫁さんね。幸せになってね」
と称賛の声を送っていた。
フォロワー数は数日で爆発的に伸び、メディアも取り上げ始める。
でもまきなは、ただ静かに、日々の暮らしを続けていた。
SNSで話題となったウエディングフォトをきっかけに、テレビ番組や雑誌から続々と出演依頼が届く。
聖夜は「本人の意思を尊重する」と言い、まきなは一度だけ、報道ドキュメント系の番組に出演を決める。
スタッフは丁寧だが、打ち合わせでの言葉が胸に刺さる。
「”奇跡の美女”ってキャッチーコピーどうでしょうか?」
「”ハンディーがあってもこの美しさ”というメッセージを出したくて」
(まって、私って、”障害”と”美しさ”のコントラストで見られてる?)
まきなは笑顔でうなずくが、胸の中に冷たいものが残る。
収録は和やかに進む。
だが、編集された映像を見て、まきなは戸惑う。
「障害をものともせず、笑顔を絶やさない”美人”のまきなさん…」
「杖を使いながらも華やかに暮らす姿に、視聴者から感動の声が」
感動、勇気、キレイ、奇跡、強い女性。
けれど、そこには「努力」も「つらさ」も「失敗」も「ふつうの私」も、映っていなかった。
(”見られる私”と”本当の私”が、違ってしまう)
(このまま”奇跡”になって、私はどこへ行くの?)
まきなは夜、マンションで聖夜にポツリとつぶやく。
「褒められてるはずなのに、息がつまるの。”障害があるのに美人”って、それって、どこかおかしくない?」
聖夜は、そっとまきなの髪を撫でながら答える。
「人は、わかりやすい言葉でラベルを貼りたがる。でも、まきなが伝えたいのは、”綺麗さ”じゃなくて”生き方”だよね」
まきなは少し黙ったあと、真っすぐに聖夜を見た。
「うん。私は、ちゃんと”言葉”で伝えていきたい。”私”として、誰の幻想でもなく、ね」
Xでまきなは自分の想いをつぶやいた。

この投稿がSNSで注目を集める。
まきなのテレビ出演をきっかけに、聖夜が立ちあげたS.Able社も、一気に話題になる。
「障害とデザイン」「多様性と働き方」などをテーマにしたプロジェクトが、若者や企業の関心を集める。
S.Ableのことが週刊経済誌で特集を組まれる。


特集を見た人たちの声
・「御曹司が”福祉ベンチャー”?冗談かと思ったら本気だね」
・「妻の存在が会社の”顔”になってる」
聖夜は浮かれず、まきなの負担を第一に考える。
「まきな。前に出るかは君の判断でいい。俺の夢には、無理をさせたくない」
まきなを気遣い聖夜は優しく諭す。
「ありがとう。だから私は、ちゃんと”自分の声”でやっていきたい」
まきなは強い声で返す。
(”自分の声”で闘いたい……)
(もう病気を言い訳に逃げない)
まきなが、自分の想いや葛藤を綴ったエッセイ『”ふつう”になりたかった私へ』を出版。
素朴な語り口が、多くの読者の心に届く。
週刊ビジネスフロンティアから特集インタビューを受けるまきな。


「『私は”広告モデル”』じゃない。ひとりだけの人間として、ただ”存在を受け入れてほしい”だけだった」
SNSでの反響、誹謗中傷、そして救われた声。
星まきながいま語る、”伝えること”の意味。
講演会では、最初は緊張していたが、ゆっくりとした口調で一言、一言かみしめるように話す。
「私は特別じゃない。むしろ”ふつう”に埋もれたくてずっと苦しかったんです。でも、”わたし”として立つことが、誰かを勇気づけるなら、歩いていこうと思います」
会場の誰かが涙ぐみ、やがて拍手が起こる。
その様子が、SNSや記事で拡散され、さらなる共感の輪が広がる。
その様子を、聖夜の母の冴絵もテレビで静かに見ていた。
まきなの言葉に胸を突かれた冴絵は、数日後、ひっそりとボランティア団体の門を開く。
「手伝えることはありますか?私、不器用ですけど、人と関わることをしてみたくて…」
そこで、出会った子どもたちや障害のある方とのふれあいを通じて、冴絵は初めて”守る立場”ではなく、”寄り添う側”を知る。
ある日、聖夜にだけそっと言う。
「私も、少しずつ”見えるもの”が変わってきた気がするわ」
「ありがとう。聖夜。そして、あの子にも」
引っ越した新しい部屋で、夕食後の時間。
ソファーに並んで座るふたり。
まきなが、ふと口を開く。
「ねえ、聖夜。私ね、子どもは望まないって決めた」
「治療のこと、体力のこと、それに、”誰かを守る覚悟”をするより、今は私が生きることで精一杯なの」
しばらく黙ってから、聖夜は小さくうなずく。
「俺は、まきなと一緒に生きたくて結婚した。家族は”つくる”ものじゃなく、”築くものだと思ってる」
まきなは少し目を潤ませながら、微笑んだ。
親戚や世間から、やんわりと「子どもは?」と聞かれる場面もある。
でもふたりは、無理に否定せず、誇らしげにこう答える。
「私たちは、ふたりで支え合って、誰かの力になる道を選びました」
「愛のかたちは、人の数だけあるから」
ある日、まきながSNSに投稿したつぶやきが静かな話題を呼ぶ。

(子どもがいない人生でも、私たちは幸せを育てている)
(親にならなくても、人は未来を照らせる)
”未来を育てる”
子どもがいなくても
わたしたちは、愛で日々を照らしている。
ふたりで蒔いた幸せが
静かに、未来を育てていく。
中庭に面したテラスで、並んで座るまきなと聖夜。
まきなが杖を脇に置き、聖夜に寄りかかる。
「誰かの”理想”じゃなくていいよね」
「うん。”私たち”のままで、生きていこう」
空は夕焼け、風はやわらかくて暖かかった。
ただ、静かな幸福だけがそこにあった。
~聖夜が語るまきな~
出会いは中学生の保健室。
あの頃はふたりとも社会の厳しさなど知らなかった。
同窓会での再会で僕の運命が大きく変わったと言ってもおかしくない。
周りの人たちをも大きく動かす存在となったまきなを誇りに思う。
風が少しだけゆるくなった春の終わりのある夕暮れの日、まきなは杖を手放して俺の方にもたれかかりながら俺の目を真っすぐ見て「ふたりで未来を築く」と言ったその言葉が、まきなと俺の歩幅を揃えた。
誰かの理想にならなくてもいい。
何かを成し遂げなくてもいい。
君が君でいてくれることが、俺にとっての希望なんだ。
誰かに何を言われてもいい。
拍手も、羨望も、偏見も。
この人の隣で生きていく。
それが俺の人生だ。
ー君が隣にいるだけでもう充分だー
これからも、季節を数えながら、「今」という日々を、ふたりで守っていく。
~まきなは語る~
杖を持つこの手で、誰かの心に触れる日が来るなんて、昔の私には想像もできなかった。
難病が分かったとき、自分の世界はここまでかもしれないと思った。
大学も、就職も、人を好きになることも、夢なんて言ったら、笑われると思ってた。
でも、そんな私に「一緒に生きよう」と言ってくれる人が現れた。
聖夜はただ私を支えるのではなく、同じ歩幅で並んで歩いてくれた。
「美人障害者」と呼ばれたとき、少しだけ胸が痛かった。
私は、”美人”でも、”障害者”でもあるけれど、それよりも「まきな」という一人の人間として見てほしかったから。
今は違う。
その言葉すら、誰かの見方や偏見を変える入り口になるなら、堂々と受け止めようと思える。
仕事も、生き方も、愛し方も、自分で選べる。
「少しの勇気で何とかなる」
空を見上げると、夏の星座のなかでいちばん明るい星こと座の1等星「ベガ」が光り輝いていた。
「大きな幸せじゃなくていい。
ただ、今日を誇れる私でいたい。
それが、わたしの未来」
聖夜が部屋からベランダにいるまきなに向かって柔らかい声で「まきな」と呼んでいた。
ーあの夏空に燦然と光る「ベガ」のように、わたしたちの歩む道を、希望の光で染めていけたら…そう願っていますー
(完)
