【映画】「箱の中の羊」感想
こんにちはうみです🐬✨
漫画編集者を目指す大学生です。
今日は気になっていた「箱の中の羊」を見てきたのでその感想とうみなりの解釈をお伝えしたいと思います😊😊
作品情報
この作品は「万引き家族」、「怪物」などの作品を手掛けている是枝裕和監督の作品で今年(2026年)の5月29日に上映が開始されました。舞台はそう遠くない未来の日本社会で、主人公である甲本音々(綾瀬はるか)と甲本健介(大悟)は2年前に息子を亡くしています。
息子の死から2年がたった時、2人のもとに亡くなった人のヒューマノイドを無償で提供するお知らせが届きます。音々と健介が息子のヒューマノイドを迎えたことから始まる物語から「生きているとはどういうことか」や「家族とは」、「悲しみとどう付き合うか」というメッセージが伝わってきました。
公式HPはこちらです!ぜひご覧ください😊
印象に残ったこと
①「生きている」とは?
初めにも述べた通り、音々と健介のもとにやってきた翔は人間ではありません。彼は生前の翔の情報と生成AIから生まれたヒューマノイドであり金属とシリコンから構成されています。しかしAIによって感情を持っているかのように動作を行い、作中では心臓のような部分が動いていたり、血液のような液体(緑色ですが)が体を巡っていたりします。まるで生きているように作られている分、音々が「生きている」と思いたくなるのも無理がないなと思いました。そして、音々が彼を「翔」であると思えば思うほど見ている私たちはもう戻らない過去にすがっている音々の姿の痛々しさ、喪失感を強く感じました。
もう一つ、彼は「翔のヒューマノイド」ですがヒューマノイドのリーダーに「君は自分の肉体を得た」と言われたり、自分で捨てられたヒューマノイドとともに住む家を作ったりするなど、ベースは翔でありながらもヒューマノイドとしての翔でない部分も持っています。ここから、彼はヒューマノイドなのか「翔」なのかと人格が重なっている要素が見受けられ、「生きている」とするならば誰として生きているのかというのも難しい部分であると感じました。
②家族の形
この作品では様々な家族の形が登場します。音々の家のヒューマノイドという選択肢、亜利寿の家の養子縁組という選択肢、羽野家の母と同居しようとするも母親は自分の恋人とともに最期を過ごすという選択肢、音々の母親との関係性、鐵子の家庭環境。これらの殆どはは現実でも存在する存在であり、それぞれが家庭に抱く思いは多様です。作中で幼少期にかけられた「お母さんやめる」という言葉に対して怒りを露にしていた音々も、その後に翔のヒューマノイドに対して同じ言葉をぶつけています。大人になってもだれもが家族の正解を知らず、毎日「家族」模索している描写が多くあり、親になっても完璧になれる人なんて存在しないという事を思いだしました。
③悲しみへの向き合い方
喪失の悲しみという感情への向き合い方は人によって様々です。音々のように昔の記憶からヒューマノイドに可能性を見出して翔を生きていると思い込む、大悟のように表面上は翔がもう戻ってこない存在と理解していてもその罪悪感に苛まれ続けている、音々の母のように「未来を見ないといけない」と思っている人もいます。これらはどれが最適解かは決めることはできないし、決めるものでもないと思いますが、自分が最適解だと思っていても第3者として冷静な状態で感情を受け止めたからこそ、「あ、こんな風に見えるんだな」と気付けました。向き合い方が多様だからこそ「なんでわかってくれないの」という対立も生まれるんでしょうね。
「箱の中の羊」とは・まとめ
うみはたまたま「箱の中の羊」の話が作中で出てきたときに「星の王子様」を思い出したんですけど、「箱の中の羊」が「星の王子様」のお話であることが分からないと2つが結びつかなくて?(はてなマーク)が付いたまま物語が進んでしまうかもしれません。少し解説すると『星の王子様』(作:サン=テグチュペリ)の中にこのような文章があります。
(前略)なので、ぼくはかいた。
それで、その子は絵をじっとみつめた。
「ちがう! これもう、びょうきじゃないの。もういっかい。」
ぼくはかいてみた。
ぼうやは、しょうがないなあというふうにわらった。
「見てよ……これ、ヒツジじゃない。オヒツジだ。ツノがあるもん……」
ぼくはまた絵をかきなおした。
だけど、まえのとおなじで、だめだといわれた。
「これ、よぼよぼだよ。ほしいのは長生きするヒツジ。」
もうがまんできなかった。はやくエンジンをばらばらにしていきたかったから、さっとこういう絵をかいた。
ぼくはいってやった。
「ハコ、ね。きみのほしいヒツジはこのなか。」
ところがなんと、この絵を見て、ぼくのちいさなしんさいんくんは目をきらきらさせたんだ。
「そう、ぼくはこういうのがほしかったんだ! このヒツジ、草いっぱいいるかなあ?」
ある男の子から「ヒツジ」を描くことをねだられた主人公が、何度描いても満足しない男の子に向けて箱を描いて「この中に男の子の理想の羊が入っている」と伝える部分ですね。
これを今回の「箱の中の羊」という映画に重ねて考えると「箱」というのはヒューマノイドのことでしょうね。作中で「翔に感情があるように思ったのならそれは音々の感情である」とセリフがあるように音々は最初ヒューマノイドの中身に「生き返った翔」を信じていました。しかし物語が進むにつれて音々のヒューマノイドの中身と感じる存在は変化していきます。最終場面で音々が「実際に箱の中にあったのはお母さんの本当の気持ちだったんだろうね」というようなニュアンスのセリフを言いました。ここからも音々はヒューマノイドの翔との関わりを通して「彼は翔でない。でも一緒にいたい。」という感情へと変化したことが分かります。
この視覚化することの出来ない「感情・想い」を『星の王子様』の中の文章を用いてたとえるのはすごく面白いと思いました。
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