幕が上がる、その先へ 第3話
↑前回のお話
『光を受け継ぐもの』
夕方、演劇部の部室の片隅で峯村、林稔と瑠奈が机を囲んで座っている。
稔が書いた脚本の初稿を峯村と瑠奈に見てもらっている。
稔はパソコンを開き、修正している。
稔「この場面、台詞が多すぎる気がします。間が
詰まりすぎて観客が息をする隙がないです」
瑠奈「そうね。稔が書いたままだと“伝える”
より“説明”になっちゃうかも」
峯村(少し笑って)
「やっぱり兄妹ね、言うことが同じ」
稔「恐縮です。……でも、僕はあの感情の流れを
短く切りたくないんです。“信じる”という
感情が、台詞じゃなくて空気で伝わるように
したくて。」
峯村「空気で、ね……」
回想(2年前)
小林「俺、芝居のときに“台詞を言う”って感覚、
あんまりないんだ。相手の空気とか、
目とか、声の震えとかを受けて、言葉が出る。
“この人に、今この言葉しかない”って瞬間に
出てくる」
峯村「……じゃあ、脚本の意味って、あるのかな」
小林「あるよ。脚本は“嘘”を置く場所なんだ。でも、その嘘を本物にするのは、舞台で生きる人間だけ。俺さ、芝居やめたら息が止まりそうなくらい、好きでやってる。特別っていうより、“生きること”に近いんだ」
時は戻り、現代の部室
稔「峯村さん?」
峯村「あ・・・ごめん、ちょっと前のこと思い出してた」
稔と瑠奈は首を傾げた。
峯村「……稔くん、“空気で伝えたい”って感覚、すごく大事。でも、台詞を減らすんじゃなくて、“生きてる間”を残すの。」
稔「“生きてる間”……ですか?」
峯村「そう。言葉の前に、息を置くの。観客はその“息”の中で感情を読むから。それが本当に“信じてる”芝居になる」
瑠奈「さすが先輩。……生きてる脚本、ですね」
瑠奈の言葉に小さく笑いながら
峯村「うん。生きてる脚本。それが、ヒカリノカケラだからね」
部室のドアが開き、井上、中西、奥田が入ってくる。
奥田「お疲れ様です!」
井上・中西「お疲れ様です!」
瑠奈「お疲れ様、早いね」
奥田「入部してから初の部活なので!気合い入れないと!」
井上「先輩たちがどれくらいに来ているか分からなかったので…」
中西「先輩たち、この時間にいつも来てるんですか?」
稔「今日は脚本の相談に乗ってもらってたんだ」
中西「え、林先輩、脚本も書くんですか?」
稔「ああ、そのうち自分の書いた脚本で演出したいからな。それで峯村先輩と瑠奈に見てもらってんだよ」
中西「へぇ」
話しているとドアが開き、菅原咲月と男子生徒2人が入ってくる。
菅原「お疲れ様です」
奥田「さつきちゃん、お疲れ様」
奥田「あ、いろはさん。お疲れ」
三度、ドアが開き3年の女子と賀喜が入ってくる。
久保「お疲れー、全員そろってるね」
中村「15分前に集合できるのは優秀だね~」
伊藤「麗乃はのんびりしすぎだよ、今日だって出なかったらギリギリだったじゃん」
中村「まあまあ。てか、かっきー。あなたの相棒は?」
賀喜「すみません。まだ来れないっぽくって」
伊藤「あちゃー重症だね」
久保「まあ切り替えて行こう、きっと帰ってくるから。って○○は?」
中村「さっきまでいたのに」
話してると小林が来る
小林「悪い悪い。遅れた」
久保「もう、遅いよ!○○。何してたの?」
小林「ちょい野暮用」
久保「ふーん。まぁ今度は遅れないように」
小林「はーい」
中村「他はそろってるね、じゃあ始めようか」
3年、2年はそれぞれの席に座り、1年生は賀喜に促され席に座る。
久保は荷物を置いて教壇の前に立つ。
久保「じゃあこれから今年度の演劇部の活動を始めます!お願いします」
3年、2年「お願いします」
1年は驚き、会釈する。
久保「では、今年度より入ってくれた新入生の皆に軽く自己紹介と役者と裏方どっちをやってみたいか教えてもらおうかな。じゃあ、前の席の人から」
井上「あ、はい!」
井上、急いで立ち同級生、先輩の方を向く。
井上「1年2組の井上和です。演劇は未経験ですが元々、興味があったので入部しました。役者に興味があります。よろしくお願いします」
中西「1年2組の中西アルノです。私も未経験ですが先輩たちの舞台を観てやってみたいと思いました。役者と裏方どちらも興味があります。よろしくお願いします」
奥田「1年3年の奥田いろはです!中学から演劇やってました!役者やりたいです!よろしくお願いします!」
菅原「1年2組の菅原咲月です。中学から演劇やっていました。もっと役者として成長したいです。よろしくお願いします」
高木「1年3組の高木圭介です。元々野球部でしたが演劇やってみたくて入部しました!役者に興味あります。よろしくお願いします!」
片山「1年5組の片山渉です。中学から演劇部で照明と演出、脚本をやってました。裏方業務をやってみたいです。よろしくお願いします」
久保「はい、以上6名が新たに入部してくれました。よろしくお願いします!では、体操と発声練習からしていきます」
全員、椅子から立ち発声と柔軟していく。
久保「今日はオリエンテーションも含めて今日はカラダを使って自分を知ることから始めます」
小林がストレッチマットを6枚持ってきて、向かい合うように置く。
小林「じゃ1年!このマットの上にそれぞれ座って」
1年はマットにそれぞれ座り、向かい合う。
小林「この中には経験者もいると思うけど、基礎連からやっていく。これは持論だけど演劇って、頭より先に身体が動くんだ。息、足、視線、ぜんぶ“言葉より先に喋る”から」
井上「頭より先に…」
中西「カラダが動く…」
久保「じゃあ、まず“立つ”練習からいこうか」
井上「……立つ、ですか?」
久保「うん。簡単そうに見えて、いちばん大事。足の裏、全部で床を感じて。背中は糸で吊られてるみたいに、まっすぐ。でも力を入れないでね」
1年生たちはおそるおそる姿勢を整える。
奥田「こう……ですか?」
久保(優しく頷いて)
「うん、それでいい。でも、“誰かに見られてる”と思って立ってみて。」
その言葉で、空気が少し変わる。全員の背筋がわずかに伸びる。呼吸の音が部屋に満ちる。
中西「なんか……緊張して、足が重くなります」
菅原「ここまで深く考えていなかった…」
久保「それでいい。“見られる”ってことは、自分の存在を意識するってこと。舞台ではその緊張が、命になるの」
久保が拍手をして、雰囲気を切り替える。
久保「はい、次は“声”の練習いくよ!発声じゃなくて、“届ける声”。台詞じゃなくて、まずは名前を呼ぶだけでいい。井上さん、中西さんのこと呼んでみて」
井上が少し戸惑いながら中西の方を見る。
井上「……なかにし!」
その声は小さく、空気の中で消える
久保「うん、悪くない。でも、声ってね、音じゃなくて“気持ちのベクトル”なんだ。相手の胸の奥に“届けたい”って思う方向に出してみて」
井上、深呼吸してもう一度
井上「——なかにし!」
声が空気を突き抜け、部屋の奥まで届く。中西が一瞬びっくりして、笑う。
中西「びっくりした……でも、すごい。ちゃんと届いた感じがしました」
久保「そう、それが“声が届く”ってこと。演技って、まず“届く”ことから始まるんだよ。そこに腹式呼吸などの技術が重なることで届き方が変わるんだよ」
端で見ていた峯村がメモを取りながら、稔と小声で話す。
峯村「台詞じゃなくて、“呼びかけ”から始めるのが久保のやり方。言葉よりも前に、“心の向き”を作る」
稔「脚本に書かれてない“関係”を、こうして築いてるんですね」
峯村(小さく頷く)
「うん。ヒカリノカケラの芝居は、そこから始まる」
呼び練習を数分行い、久保が新入生たちに声をかける。
久保「これを応用して“台詞稽古”をやってみよう。この短い会話を使って、“読む”と“演じるの違いを体験してもらいます。」
峯村が紙にはわずか四行の会話が印刷された紙を1年に配る
A:「どうして来なかったの?」
B:「……ごめん」
A:「ごめんで済むと思ってるの?」
B:「……思ってない」
峯村「じゃあまず、座ったまま読んでみよう。井上さん、菅原さん、お願い。」
2人が椅子に座ったまま読み始める。
菅原「どうして来なかったの?」
井上「……ごめん。」
菅原「ごめんで済むと思ってるの?」
井上「……思ってない。」
2人は淡々とした空気で読み終える
峯村「ありがとう。今のは“文字を声にした”だけの状態。次は“立って、相手の顔を見ながら”言ってみようか」
2人が立ち上がる。少し間があって、もう一度始まる。
菅原「どうして来なかったの?」
井上「……ごめん」
菅原「ごめんで済むと思ってるの?」
井上「……思ってない」
声が揺れ、少し間が生まれる。“読む”ときにはなかった“空気”がわずかに
動く。
中村「今の、さっきより“人がそこにいた”感じがしたね」
久保「そう。“読む”と“演じる”の違いは、紙にある言葉を、“自分の身体”に通すかどうか」
菅原「……身体に通す?」
久保「うん。声って、喉から出るんじゃなくて、“気持ち”から出るの。相手を見て、心が動いたら、体も一緒に動く。その瞬間に、言葉が
“生きる”んだよ。」
小林が一歩前に出る。
小林「……史織里、ちょっと見本やろっか」
久保:「いいね。やろっか」
ふたりが舞台スペースに立つ。部室の空気が一気に張り詰める。
久保「どうして来なかったの?」
声は静かで、でも奥に熱がある。小林がわずかに視線をそらす。
小林「……ごめん。」
久保「ごめんで済むと思ってるの?」
小林(小さく息を吸い、低く)「……思ってない」
その一言で空気が変わる。誰も動けない。声が“身体”を通って届くのを、
全員が感じている。
中村「……ね、言葉が“聞こえる”んじゃなくて“伝わる”でしょ。」
久保「“読む”と“演じる”の差は、そこ。同じ台詞でも、声に“心と身体”を通すと、その人だけの言葉になるの」
菅原(小さくうなずいて)
「……もう一回、やってみたいです」
峯村「うん、やってみよう。」
菅原が再び立つ。井上が向かい合う。今度は足を踏みしめ、相手を真正面から見つめる。
菅原「どうして……来なかったの?」
声が少し震えたが、真っすぐに響く。井上が答える。
井上「……ごめん。」
菅原「ごめんで済むと思ってるの?」
菅原の一言に感じた静かな怒気、井上は自身が菅原の台詞から生じた思いを乗せて
井上「……思ってない。」
沈黙。久保がふっと笑う。
久保「うん、届いたね。」
峯村(小声で稔に)
「“読む芝居”が“生きる芝居”になった瞬間だ」
稔「台詞が……息になったんですね」
部室の窓から夕陽が差し込み、白線の中に立つ1年生たちの影が、
少しだけ長く伸びていく。
稽古後。部室の中。白線で囲まれた舞台スペースには、まだ少し熱気が残っている。
窓の外はオレンジから群青へ。日が沈む直前の時間。新入生たちは汗をぬぐいながら
片付けをしている。机を動かしながら、自然に会話が生まれる。
奥田「……ねえ、さっきの稽古、すごかったね。小林先輩と久保先輩、空気が変わってた」
井上「うん。あれ、なんか……“芝居”っていうより、本当に会話してるみたいだった」
中西:(静かに)「ああやって、言葉って届くんだね」
高木(台本をくるくる巻きながら)「でも井上と菅原もスゲーよ。あのアドバイスだけで変わったんだもんな」
奥田「でも、あれ見てたらちょっと悔しくなっちゃった。同じ台詞でも、あそこまで伝わるって、ずるいよ」
(照れ笑いする井上。)
井上:「ずるいって(笑)。でも、わかるかも。自分が読んだとき、全然響かなかったのに、先輩たちが言うと、胸の奥が動くんだよね」
菅原「たぶん、“演技”っていうより“生き方”なんだと思う。なんか、あの人たち、本気で“そこにいる”」
片山「……でも、俺、さっき立って話しただけで足ガクガクだったよ。“ごめん”って言うだけで、心臓がバクバクしてた」
(中西が笑いながら)
中西「それ、いいじゃん。そういう“心臓の音”も、芝居の一部なんだってさ」
奥田「うん。だって久保先輩が言ってたよね。“声は喉からじゃなくて、気持ちから出す”って」
井上「……この白い線の中、誰でも入れるけど、入ったら、もう“本気”じゃなきゃダメなんだね。」
菅原「うん。でも、それってかっこいい。」
高木「なんかさ、ここから“自分たちの芝居”が始まる気がする。」
(片山が笑いながら)
片山:「まだ全然できてないけどね!」
菅原「井上さん、今日から和って呼んでいい?」
井上「いいよ、私も咲月って呼んでいい?」
菅原「もちろん、よろしく。和」
井上「よろしく、咲月」
中西「なに、2人だけいい感じになってるのよ!」
奥田「そうだそうだ!」
高木・片山「俺らもいるんだぜ!」
全員が笑う。笑い声が夕暮れの中に響く。
中村「はいはい!皆!青春してるとこ悪いけど、早く帰らないと見回りの先生にブチ切れられるから帰えるよー」
久保「だね、じゃあこれで活動終わります。ありがとうございました」
全員「ありがとうございました」
1年が「お疲れ様でした」と各々が言って帰っていく。
稔「……いいですね。あの感じ。」
峯村「うん。 “光”って、渡した瞬間に“受け継ぐ側”の色になるんだよ。」
瑠奈「色、ですか?」
峯村「そう。史織里や○○が照らしてくれた光を、今度はあの子たちが自分の色で照らす番」
小林「なにカッコつけてんだよ!みね!まあいいか。皆いつもんとこ行くか?」
久保「私、行こうかな」
中村「行く行く!」
伊藤「私も行く!」
峯村「俺も行くよ」
稔「俺ら、今日別件あるんで帰ります」
瑠奈・賀喜「すみません」
小林「おっけー、じゃあまた明日な」
続く
↓次のお話
