スランプはちゃんと歩いてきた人にだけ現れる。《今週の三題噺発表》
最近、何を書いてもしっくりこない。
書けないわけではない。書こうと思えば書けるし、最後まで書き切ることもできる。
でも読み返すと「これじゃない」が残る。
昨日の自分なら笑えた言い回しが今日はなんとも平凡に見えるし、「これはうまく書けた」と思った文章ほど翌日には手を入れたくなる。
こういう時期をスランプと呼ぶのだろう。
昔はスランプが嫌だった。「ああ、調子が落ちた」と思っていたし、できれば来てほしくないものだった。
でも最近はちょっと見え方が変わってきた。
スランプって何もしていない人には来ない。昨日と今日の違いがわからないくらい歩いていない人は、そもそも「調子が悪い」という感覚を持ちようがない。
比べる相手がいないからだ。
スランプというのは案外ぜいたくな悩みなのかもしれない。少なくともそれまで真面目に積み重ねてきた人にしか現れない。
文章も同じだと思う。
毎日書いていると急に書けなくなる時期がある。いや、書けなくなるというより自分の目が厳しくなる。
昨日なら合格を出していた文章に、自分で赤ペンを入れ始める。
それは下手になったというより見る力だけが先に育ったのだろう。
苦しい。
書く力は昨日のままなのに、読む力だけが一歩先へ行ってしまう。その距離がスランプという名前で現れる。
ピリ辛チャーハンを初めて食べた子どもは、「辛い」としか思わない。
でも何度も食べている人は、「今日は胡椒が強いな」とか、「今日は油が少ないな」とか、細かい違いまで感じるようになる。
味覚が育ったからこそ不満も増える。
文章も少し似ている。
書けば書くほど自分の文章の粗が見えてしまう。だから、「前より下手になった」と勘違いする。本当は舌が肥えただけなのに。
人生もトーナメント戦ではない。一回勝ったら次へ進み、負けたら終わりという単純なルールなら、どれだけ楽だっただろう。
でも実際は昨日勝った相手と今日もう一度戦うような毎日である。しかもその相手は昨日の自分だったりする。
だから勝ったり負けたりを繰り返す。
それでいいんじゃないかな。
毎日同じように書いているつもりでも、自分の中では少しずつ基準が変わっている。その変化がある限り、スランプもまた仕事をしている。
夏になると日焼け止めを塗る。塗ったからといって、太陽が弱くなるわけではないし、焼ける日は焼けるし、汗をかけば塗り直さなければならない。
それでも塗るのは積み重ねた先の違いを知っているからだ。
文章を書くこともどこか似ている。
毎日書いたからといって、翌日いきなり名文が書けるわけではない。
それでも、
今日も書く。
明日も書く。
その繰り返しの中で自分では気づかないくらい少しずつ景色が変わっていく。
スランプが来たら少しだけ安心してもいい。「ああ、ここまで歩いてきたんだな」と思えばいい。
立ち止まっている人には道の傾きはわからない。坂道だと気づくのは、ちゃんと前へ進んでいる人だけなのだから。
《前回の三題噺》
1.ピリ辛チャーハン
2.トーナメント戦
3.日焼け止め
説明しよう!三題噺とは、まったく関係のない3つの言葉を強引にひとつの話にまとめる文章遊びであーる。頭をフル回転させながら、「どうつなげる?」「オチどうする?」という落語的プレッシャーが味わえます。エピソード構成力、語彙力、そして無茶ぶり耐性まで育つ、文章版・筋トレRPG。それが三題噺。やってみなきゃ、もったいない!
《今週の三題噺》
1.怪談話
2.4月始まりの手帳
3.日傘
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