読まれたい。でも書きたくない。中堅note書きの面倒くさい午後──note書きたちの会話《今週の三題噺発表》
「読まれたいんですよ」
向かいの男はアイスコーヒーの氷をカラカラ言わせながら、かなり真顔でそう言った。
「うん」
「でも書きたくないんです」
「急に壊れたね」
昼の喫茶店は平日のわりに少し混んでいた。隣の席では会社員らしき二人が、声を潜めながらぜんぜん潜めきれていないトーンでコンプライアンスの話をしている。こちらはその横で別の種類の不適合性をじわじわ告白していた。
「いや、ほんとそうなんですよ。読まれたいんです。ちゃんと反応ほしいし、スキもほしいし、コメント来たらうれしいし」
「うん」
「でも、いざ書くとなると、急に何も言いたくなくなる」
「面倒くさい恋愛相談みたい」
「自分でもそう思います」
彼も私もnoteを書き始めたばかりの人間ではない。初心者特有の書けるだけでうれしい時期はもう過ぎている。かといって何を書いても安定して読まれるほど盤石でもない。中堅というのは、いちばんややこしい。書ける。だからこそ書けない日がやけに目立つ。知っている。だからこそ雑に出せなくなる。
「昔はさ、もっと雑に出してなかった?」
「出してましたね」
「今は?」
「出す前に3回くらい自分で嫌いになります」
「ちゃんと育ってるね、悪い方向に」
彼は笑った。こっちも笑う。笑うけれどわりと深刻な話でもある。
「読まれたいって、結局さ」
と私が言うと、彼は少しだけ身を乗り出した。
「書きたいじゃなくて、届きたいなんだと思うんだよね」
「それ、わかる」
「でも中堅になると届かなかったときの感じを知ってるから、出す前から少し怖い」
「はい」
「で、その怖さを“今日は書きたくない”って言い換える」
「ちょっと、言語化しないでください。胃がきゅってなる」
彼はストローをいじりながら、窓の外を見た。道の向こうにマクドナルドがあって、でかでかと「新作」の文字が出ている。
「あれですよね」
「どれ」
「マクドナルドの新作は食べたいんですよ。ぜんぜん迷わない。新しいから」
「うん」
「でも自分の新作は出したくない。なんなら1回試食会やって、身内に味見してもらって、できれば世間には匿名で出したい」
「ハンバーガーでそんなことしてたら店つぶれるよ」
彼は笑ってから、少しだけ真面目な顔に戻った。
「でも中堅ってそうなりません? いろいろ知っちゃってるから」
「なるね」
「タイトルも、書き出しも、構成も、ちょっとは考えられる。考えられるからこそ考えすぎて出せなくなる」
「で、最終的に“今日はインプットの日にしよう”とか言い出す」
「そうです。便利な魔法の呪文」
「インプットは悪くないよ」
「悪くないんです。でも僕の場合、だいたいそのあと童謡聴くみたいな顔でYouTube見て終わります」
「童謡みたいな顔ってなんだよ」
「無垢そうで中身が空っぽな顔です」
「童謡に失礼すぎない?」
少し沈黙があった。隣の会社員たちはまだコンプライアンスの話をしている。世の中には守るべき線がいろいろある。書き手にもある。言っていいこと、悪いこと。書けること、書きたくないこと。そういう線を知れば知るほど自由は少し慎重になる。
「でもさ」
と私は言った。
「結局、読まれたいんでしょ?」
「読まれたいです」
「だったら、たぶん書きたくないの正体って、怠けじゃなくて照れなんじゃない」
「照れ」
「こんなこと書いてスベったら嫌だな、とか。今さらこんなの出してサムいかな、とか。そっち」
彼は少し黙って、ああと言った。
「それ、かなりあるかもです」
「中堅ってさ、実力がついたんじゃなくて、照れの種類が増えただけの時期があるから」
「救いがない」
「あるよ。笑えるからまだ大丈夫」
彼はそこで、ようやくちゃんと笑った。
「じゃあどうしたらいいんですかね」
「出すしかないんじゃない」
「最終回答が雑」
「でも本質だよ。中堅ってうまくやろうとしすぎて止まるから。ちょっと雑なくらいで出したほうが、たぶんまだ人に会える」
「会える、か」
「書くって、そういうことだし」
彼はアイスコーヒーを飲み干して、小さく息を吐いた。
「なんか書きたくないっていうより、ちゃんと読まれたいから怖い、のほうが近いかもしれません」
「うん。それならまだ健全」
「じゃあ今日、帰ったら1本出します」
「えらい」
「その前にマクドナルドの新作食べます」
「それは食べよう。話はそこからだ」
中堅note書きというのは書けないのではない。書く意味を知ってしまって、少しだけ重くなっている。だから面倒くさいし、そこにちょっと笑える。
その面倒くささごと出してしまえば、また少し先へ行ける。たぶんその繰り返しなんだろう。
《前回の三題噺》
1.マクドナルドの新作
2.童謡
3.コンプライアンス
説明しよう!三題噺とは、まったく関係のない3つの言葉を強引にひとつの話にまとめる文章遊びであーる。頭をフル回転させながら、「どうつなげる?」「オチどうする?」という落語的プレッシャーが味わえます。エピソード構成力、語彙力、そして無茶ぶり耐性まで育つ、文章版・筋トレRPG。それが三題噺。やってみなきゃ、もったいない!
《今週の三題噺》
1.泣き寝入り
2.宿題を持ってくるの忘れたという嘘
3.眼精疲労
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