(〇✖ってなに?)離婚がバツイチなら、結婚はマルイチなのか?
やなせ桔梗さんのnoteを読んで、タイトルのことを思った。
ちょっと文脈は異なるかもしれないが、わたしなりに書いてみようと思う。
誇らしいバツイチ
わたしはバツイチを誇っている。謳歌している。
・パートナーがいないので、休日は自分の好きなようにできる
・子どもと一緒に暮らしている
・ゆえに、本当に好きな人とだけ暮らしている
・暴力や不安におびえることのない生活がある
そりゃあ仲良くパートナーと暮らしている人もいるだろう。
でも、赤の他人同士。
価値観の違いで衝突したり、いらぬ争いがあったり、
相手に飽きたり、目移りしたり。たのしいだけの一生を送っている人はいないと思う。
その点、いまの私は成人男性の暴力におびえることもなく、
ただ愛する子どもを愛でるだけの暮らしである。
こちらも、日々子ども同士のケンカがあったり、学校でいざこざがあったり、ハッピー満開ではないけれど、不安や恐れはない。
結婚していれば、マルなのか?
離婚前のわたしがそうだったが、仮面夫婦だっているし、お互い承諾の上で別にパートナーがいる人もいる。そんな中、戸籍上“結婚”しているだけで、どうしてマルだと言えるんだろう。わたしには分からない。
今のわたしの暮らしはマル、それも二重マルである。
なんだったら花マルである。
プリントに穴が開いてやぶけるくらい、力強く書ける自信がある。
結婚(〇マル)していたとき、心と体は死んでいた。
離婚(✖バツ)した今、心も体も生き生きしている。
「ひとりで大変だね」
「あまりシングルだって言わない方がいいよ」
などとアドバイスしてくれる人。
誰が不幸だって言っただろうか。
わたしの人生に勝手にバツをつけないでもらいたい。
あなたのNO、受け取り拒否。
離婚したから私は自由を手にした。
結婚した事実があったから、子どもに会えた。
ゴミみたいな結婚生活をコンポストに入れて、自分の花を咲かせた。
だから、誰かのジャッジなんていらないのである。
△お前のNOは無意味
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