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【つながる旅行記#452】観音寺市郷土資料館で、謎の『掛布団』を知る【香川】

前回は有明浜で謎の鳥居を発見し、いつか登ることを誓った。

それでは荒れ狂う海をあとにして、うどんでも食べに行こうか。

思えば、どちらかといえば蕎麦派だった自分だが、香川を訪れるようになってからはすっかりうどんの方が優勢になっている気がする。

旅行は食生活も変えるんだね……!

さて、地図を頼りに移動していたら、上から眺めた際に見えたビニールハウスゾーンに入ったようだ。

とはいえ、普通に畑でも何かを作っているらしい。

これは……ブロッコリーだね!!

そう、香川県はブロッコリーの栽培面積が全国2位なのだとか。

2017年当時の自分は知る由もないが、2026年4月には国が国民にとって重要な野菜として『指定野菜』にも位置付けたブロッコリー。

筋トレ愛好家たちが食べているのも、実は香川のブロッコリーなのかもしれないね……!

そしてうどん屋へ
うまい!!

はい、というわけでお腹も膨れたので、『観音寺市郷土資料館』に到着である。

やっぱり新しい土地に来たら、博物館や郷土資料館で知識をゲットしないとね!

郷土資料館の場所
(なんか今日はこの辺りをうろちょろしてただけでは……?)

さてさて、それでは展示を見ていこう。

おっ、年表があるぞ!

こういう地域の年表というのは、教科書にあるような年表とはまた違う情報が得られるので面白いのだ。

どうやら香川の出来事に関しては、ちょっと薄い字で書いてあるらしい。

おっ、空海についての記述もあるぞ!

年表を見ると、807年に観音寺を開いた14年後に、満濃池を修築したことがわかる。

こうやって時系列で整理してくれるのってわかりやすくていいね……!


でも空海が唐から帰ってきたのって806年だから、速攻で讃岐に戻ったってことか……?

(たしか空海は大宰府で数年間足止めされていた気がするのだが)

まあ細かいことはいいか!

空海だし!!


……しかしこれ、この地域の大変な歴史もしっかり書いてあるな。

大飢饉、
痘瘡の流行、
凶作による盗賊の発生、
天災、
天災、
飢饉、
大洪水、
大火、
飢饉……

いやホント、昔の日本って過酷すぎやしないか……?

香川県は現代でも渇水に悩まされたりするわけだし、昔は今以上に自然に振り回されていたのがよくわかる。


なお、年表によると観音寺村が大火で全部焼けた翌年に、日本地図を作ったことで有名な伊能忠敬が測量に来たらしい。

1808年 伊能忠敬が測量に来る

なお、到着の2か月前には大風で家屋樹木が多く倒れたらしいので、忠敬は荒廃した村を横目に、複雑な気持ちでこの地域の測量を終えたのかも……?

(もし測量したときの日記があるなら、なにか書いてそう)


おっ!

漫画センゴクでおなじみの仙石秀久が、#450で寄った神恵院を訪れていたという記述が年表にあったぞ!

そう、仙石秀久は1585年に、四国攻めの論功行賞で讃岐国(香川)を貰っているのだ。

自分の新たな領地を確認している過程で、神恵院に寄ったということなのだろうか?


……だが実は、彼による讃岐国の統治はあっという間に終了する。

なぜなら仙石秀久は、翌年の1586年九州で大敗北を喫したことで高野山に追放されるからね!!

速攻で変わる領主

ああ、こうやって漫画をきっかけに得た知識が役に立つと、なんだかお得な気分がしてたまらんね!

覚えるのって、楽しい!!


(子どもの頃の自分がそれを知っていれば、人生変わっただろうにな……)


えーと……

あとは、香川県の成り立ちのてんやわんやも学べた。

香川県名東県になる。(1871年)

名東県が分割されて、また香川県になる。(1875年)

愛媛県に吸収されて、香川県が消滅する。(1876年)

愛媛県から独立して、香川県が誕生!(1888年)

こんな感じの流れだったので、香川県は47都道府県で一番最後にできた県だそうだ。

へぇ……!


なんだか年表だけでそこそこ楽しめてしまったぞ……!

地域の歴史を手っ取り早く把握するには、もしかしてこれがベストなのでは?)

それでは、他にも展示があるので見ていこう。

おいり
コンピューター
コンピューター
人力車
(太った人は乗れないのでは……?)

おや、なにやらイチオシ展示みたいな場所に『掛布団(かけぶとん)』があるのを発見した。

いや、自分が知っている掛け布団とはなんか違うけど……。

自分が知っている掛け布団
知らない掛布団

しかしなんという目力だろうか……!

血管みたいな模様があるせいか、めちゃくちゃ生々しさを感じる。

近くの説明板によると、これは神様の寝具だそうだ。

いやまあ、凡人には座布団にしか見えないわけだが、神様的にはこれは掛布団ということなのだろう。

しかし、これは一体どう使うんだ?

太鼓台

なるほど、どうやら『太鼓台(ちょうさ)』の下部分に、前後左右で計4つの掛布団を使うらしい。

でもこれ、よく見ると上の方で大量に重ねてあるのも布団なのでは……?

布団重ねまくり

まさかこうやってふわふわ布団を大量に用意することで、神様への盛大なおもてなしを表現している……!?


調べてみると、こういう布団を積み上げた『布団太鼓』というスタイルは日本各地で見られるようだ。

当時は貴重だった布団を盛大に使いつつ、ここで神様に休憩していただくということらしい。


しかし軽く調べた感じでは、下部分に『掛布団』を置いて更なるおもてなしを表現しているスタイルは、香川特有な気がする。

かつて多くの天災に遭遇した地域としては、神へのおもてなしがより強化されていったということなのだろうか……?

いやはや、文化というものは奥深いね!


※(なお、ちょうさ祭りの様子はこちら)↓


とても小規模な資料館ではあるが、だからこそ先の展示に気を取られずに一つ一つの展示と向かい合えている気がする。

これはもう少しだけここで知識を得てから、次の場所へ向かうとしようか。


次回へ続く……!!


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