バラバラになる世界の音楽チャート:Spotify6年分のデータから探る「ローカル化」現象
以前、当研究室では「洋楽離れ」をデータから検証し、それが日本だけの現象ではなく、世界中で「アメリカのヒット曲離れ」が進行していることを報告しました。また「文化的雑食性(オムニボア)」という視点から、サブスク時代のリスナーが時代やジャンルや言語を軽々と越えて音楽を楽しむ様子も可視化してきました。
今回はその続編として、さらにデータの範囲を広げた検証を試みます。具体的には、世界最大規模の音楽サブスクリプション・プラットフォームSpotifyが公開している 世界73カ国のWeekly Top 200チャート、約6年分(2020年1月〜2026年3月)のデータ を分析し、世界の音楽チャートが本当に「バラバラ」になりつつあるのかを、複数の角度から検証していきたいと思います。
まず「ローカル率」を定義してみる
世界中の人々がSpotifyで同じ楽曲を聴いているのか、それとも国ごとに異なる楽曲を聴いているのか。これを確かめるには、各国のチャートに占める「その国でしか聴かれていない曲」がどれくらいあるかを追跡してみるのが、最もわかりやすいアプローチではないでしょうか。
ただし、Spotifyのチャートデータには「この曲のアーティストはどの国の出身か」という情報が直接含まれていません。そこで、ここでは少し異なる方法を考えてみます。それは、
各トラックが「同じ週に何カ国のチャートにランクインしているか」をカウントし、3カ国以下にしかチャートインしていない曲を 「ローカル曲」 と定義する。
というものです。3カ国以下という閾値は、「同言語圏の隣国でチャートインするケース」を許容しつつ、「グローバルヒット」とは明確に区別するための設定です。たとえば日本のチャートで1位になった曲が台湾でもチャートインしていれば、それは「文化的に近い近隣国での人気」であって「グローバルヒット」ではないだろう、というような考え方です。
この定義で各国・各週のTOP 200におけるローカル曲の割合を計算し、73カ国の平均値の推移を可視化してみましょう。

まず緑色の線(曲数ベース)に注目してください。2020年の左端では約37%だったローカル率が、右端の2026年には52%程度にまで右肩上がりに上昇しています。つまり、2020年にはチャートの6割以上がグローバルヒットで構成されていたのが、2026年にはローカル曲が過半数を占めるようになった、ということになります。6年間で +16ポイント の上昇です。
次に赤色の線(再生回数加重ベース、再生回数で重みづけした場合)を見てみましょう。緑の線より常に数ポイント低い位置を推移しています。これは「ローカル曲はチャートにランクインしてはいるものの、1曲あたりの再生数ではグローバルヒットにやや劣る」ことを意味しています。ただし、2本の線の間隔が年々縮まっている点に注目してください。ローカル曲の再生シェアも着実にグローバルヒットに迫りつつあることが読み取れます。
散らばっている点は各週の実測値、色のついた帯は73カ国間のばらつき(四分位範囲)を示しています。帯の幅が広いのは、日本のようにローカル率が90%を超える国からアメリカのように20%程度の国まで、国ごとの差が非常に大きいことを反映しています。
国ごとに見ると、何が起きているのか?
この全体トレンドの内側で、国ごとにどのような違いがあるのでしょうか。
各国のローカル率の変化スピードを「年あたり何ポイント変化しているか」で評価し、全73カ国をランキングにしてみました。

ゴールドの鉛筆型のバーが右に伸びている国ほどローカル化が速く進んでおり、下部のブルーのバーが左に伸びている国はグローバル化が進行しています。一目でわかるのは、ゴールドが圧倒的に多いということです。ほぼ全ての国でローカル化が進行しています。
上位に注目すると、 南アフリカ(+13pp/年)、ルーマニア(+10pp/年)、ハンガリー、ブルガリア、エジプト といった国々が突出しています。一方、ブルー側(グローバル化が進行)に出ているのは イギリス(-1.6pp/年)、ニュージーランド(-2.0pp/年) など、下部に集まっている英語圏の国々が中心です。
この非対称性は興味深く感じます。英語圏の国々のチャートは元々グローバルヒット(=英語楽曲)で構成されているわけですから、「ローカル化が進まない」のではなく、「自国の音楽がそもそもグローバルヒットそのものである」という構造的な特性を反映しているに過ぎないのかもしれません。
では、主要な国の個別の推移を見てみましょう。20カ国を4段に分けて並べたパネルチャートです。

各パネルの左上に国旗が表示されています。1段目がローカル化の進行が速い国、2〜3段目がSpotifyの再生規模が大きい主要市場、4段目が変化の小さい国です。緑の線が曲数ベース、赤の線が再生回数加重のローカル率を示しています。
こうして並べてみると、いくつかの類型が浮かび上がってきます。
高位安定型(日本、ブラジル、インド):元々80〜90%と高いローカル率を維持しており、自国の音楽市場が強固であることがうかがえます
急上昇型(インドネシア、フィリピン、韓国):2021〜2022年頃から急激にローカル率が上昇しています
低位安定型(アメリカ、イギリス):20%前後で横ばいとなっており、先述の構造的理由によるものと考えられます
韓国の上昇は、K-POPの国内回帰(あるいは国内市場の成熟)を示唆しているのかもしれません。インドネシアやフィリピンでの急上昇は、これらの国でローカルな音楽シーンが急速に成長していることの反映であるように見えます。たとえばインドネシアではBernadyaさんのような国内インディーアーティストが数億回再生される規模に成長しています。
フィリピンでもDionelaさんらOPM(Original Pilipino Music)のアーティストが同様の存在感を示しています。いずれも素晴らしい音楽なのでぜひ聴いてみてください…!
各国チャートはどれくらい「独自」になっているのか
ローカル率という指標に加えて、別の角度からも検証してみましょう。次のグラフは、「各国のTOP 200に含まれる曲が、平均して何カ国でチャートインしているか」を追跡したものです。

上のパネルは「独占率」、つまり1カ国でしかチャートインしていない曲の割合です。緑色の線が右に向かって上昇しているのは、「その国だけでしか聴かれていない曲」が年々増えていることを示しています。
下のパネルはより直感的です。青い線が示す「平均チャートイン国数」に注目してください。左端の数値と右端の数値を比べてみると、18.2カ国から10.1カ国へとほぼ半減 していることがわかります。つまり「TOP 200の曲が同時にチャートインしている国の数」が、6年間で半分近くになったわけです。
この2つの指標はいずれも、先ほどのローカル率の上昇と完全に整合しています。世界の音楽チャートが「バラバラ」になりつつあることは、複数の異なる指標から頑健に支持されていると言えそうです。
インドの逆説:ローカル化とグローバル進出の同時進行
ところで、国別の独占率トレンドを確認したときに、面白い発見がありました。 インドの独占率が下がっている のです。
ローカル率は80〜90%と非常に高い(=インドのチャートはインド音楽が支配)にもかかわらず、独占率が低下しているということは、「インドの曲が他の国でもチャートインするようになっている」ことを意味します。次のグラフでその2つの指標を重ねてみると、逆説がくっきりと浮かび上がります。

オレンジの線(ローカル率)が右肩上がりに96%まで上昇しているのに対し、ティールの線(独占率)は逆に64%から52%へと低下しています。2本の線がはさみのように開いていく構図が、「自国チャートのローカル化」と「自国音楽のグローバル進出」の同時進行を視覚的に物語っています。
これは矛盾しているように見えますが、インドの音楽市場の巨大さ(人口14億人)と、Arijit Singhさんのようなアーティストに代表されるボリウッド音楽やパンジャブ音楽の国際的な浸透を考えれば、むしろ自然な現象なのかもしれません。
社会学者ローランド・ロバートソンが「グローカリゼーション」という概念で示したように、グローバル化とローカル化は対立するものではなく、同時に進行しうるものです。インドの事例は、まさにその好例なのかもしれません。
ジャンルの中身を覗いてみる:何がローカル化を駆動しているのか
ここまでの分析では「何カ国でチャートインしているか」という指標でローカル化を捉えてきましたが、実際にローカル曲を構成しているのはどんなジャンルの音楽なのでしょうか。
Spotifyのデータから今回分析対象とした約11.6万曲のアーティストのジャンル情報を取得し、「国名や地域名を含むジャンル」をローカルジャンルとして分類してみました。j-pop、german hip hop、afrobeats、reggaetonなどがこれに該当します。これらを10の大カテゴリに集約し、それぞれのストリームシェアがどう変化してきたかを可視化してみましょう。

太い線で強調されている4つのカテゴリに注目してください。これらが近年急成長しているジャンル群です。
最も上を走っている赤い線が Latin(ラテン) で、圧倒的なシェア(約25%)を占めていますが、2022年をピークにやや低下傾向にあります。一方、太い線の中で右端にかけて急上昇しているのが SEA(東南アジア) で、2022年以降にシェアを急拡大しています。これは先ほど見たインドネシアやフィリピンのローカル化と見事に連動しています。同様に Desi/Indian(インド系) と Arabic/MENA(アラブ・中東) も2022年以降に目に見えて上昇しています。
薄く表示されている線は変化が緩やかなカテゴリで、Euro LocalやJ-popなどは比較的安定したシェアを維持しています。
国境を越えるジャンル、越えないジャンル
そして最も示唆的だったのが、次のチャートです。ローカル曲とグローバル曲のジャンル構成を左右に並べて比較してみましょう。

左のパネルがローカル曲(3カ国以下でチャートイン)、右のパネルがグローバル曲(3カ国超でチャートイン)のジャンル構成です。
まず右のパネルに注目してください。 グローバル曲のジャンル構成は、実にLatinが78.7%を占めています。 他のカテゴリとの差は歴然で、国境を越えて多数の国のチャートに同時ランクインできるローカルジャンルは、ほぼレゲトンを中心としたラテン音楽だけだということになります。たとえばこのような楽曲が、数十カ国で同時にチャートインしています。
次いでK-popが11.5%で、ローカルジャンルでありながらグローバルに浸透する稀有な存在であることがわかります。
ここで左のパネルに目を移してみてください。ローカル曲の世界では、Euro Local、Latin、SEA、Arabic/MENAなど多様なカテゴリがバランスよく分布しています。右のパネルとの対比は鮮烈です。グローバルに「勝てる」ジャンルはごく限られているのに対し、ローカルの世界は実に多彩であることがわかります。
J-popは左のパネルでは5.1%の存在感がありますが、右のパネルではわずか0.4%にとどまっています。日本の音楽はチャートの外側で聴かれている可能性はありますが、少なくともTOP 200のレベルでは極めてローカルな存在であるようです。
ここに、以前の徒然研究室noteで分析した、日本のインディペンデント・アーティストLampさんの海外での人気構造との接続が見えてきます。Lampさんはアメリカで日本の10倍以上聴かれていましたが、

アメリカのSpotifyチャートには登場していませんでした。チャートの「外側」で静かに浸透するタイプのグローバル化と、チャートの「内側」で数字として表れるグローバル化は、異なるメカニズムで動いているということです。
今年のSpotifyのまとめが出ました。
— Lamp 染谷大陽 (@lamp_someya) December 7, 2024
僕たちの音楽をたくさん聴いてもらえてとても嬉しいです。
Spotify以外の配信サービスで聴いてくれた人も、CDやレコード等で聴いてくれた人も、本当にどうもありがとうございます。
是非また来年も聴いてください! pic.twitter.com/IFdW9KFur9
「文化的雑食性」のゆくえ
ここまでのデータを総合すると、世界の音楽リスニングには明確な「ローカル化」のトレンドが確認できます。各国のチャートは6年間で着実に「バラバラ」になりつつあり、それぞれの国のリスナーが自国や自言語圏の音楽をより多く聴くようになっています。
では、これは徒然研究室がこれまで追いかけてきた「文化的雑食性」の後退を意味するのでしょうか。
当研究室には必ずしもそのようには思われません。
文化社会学者のリチャード・ピーターソンが1990年代に提唱した「文化的オムニボア」の概念は、「社会的地位の高い人々は単一のハイカルチャーだけでなく多様な文化を消費する」というものでした。しかし、ストリーミングとアルゴリズムが普及した現代において、この「雑食性」はもはや社会階層の問題ではなく、情報環境のアーキテクチャの問題になりつつあるように思えます。
チャートレベルでのローカル化と、個人レベルでの雑食性は、矛盾しないのです。
たとえば、ある日本のリスナーがJ-POPを中心に聴きながらも、アルゴリズムの推薦を通じて韓国のインディーロックやブラジルのMPBに出会い、それらを日常的に楽しんでいるとします。このリスナーの個人的な音楽体験は極めて雑食的ですが、その人のJ-POPのストリーミングは日本のチャートの「ローカル率」を押し上げ、韓国のインディーロックやブラジルのMPBの再生は各国のチャートに微小な貢献をするだけです。
つまり、集合的なデータとしてはローカル化が進んでいても、個々のリスナーの体験レベルでは雑食性が高まっている、ということが起こりうるわけです。
この構造は、ヒットチャートという仕組みそのものの意味を変えつつあるのかもしれません。
ヒットチャートの意味が変わりつつある
2025年7月にYouTubeが「急上昇」ページの廃止を発表した際、YouTubeは「トレンドは多くのファンダムによって生み出される多種多様な動画で構成されるようになった」と説明しました。
Billboard JAPANも「リカレントルール」を導入し、長期チャートイン曲への対応を始めています。
こうした動きの背景には、今回のデータが示すのと同じ構造変化があるように思えます。各国のリスナーがそれぞれの嗜好に沿った多様な音楽を聴くようになった結果、「社会全体の最大公約数」であるヒットチャートと、一人ひとりのリスナーの実際の音楽体験との乖離が大きくなっているのではないでしょうか。
かつてヒットチャートは「みんなが聴いている曲」を映す鏡でしたが、その「みんな」が聴いている曲のバリエーションが増え、チャートの外側で静かに愛されている曲の総量も膨れ上がっている。そうした状況では、チャートという一枚の鏡に映る像は、リスナー一人ひとりの体験実感からますます遠いものになっていく可能性があります。
過去の徒然noteで紹介した「音楽版ダンバー数」という考え方、つまり一人の人間が本当の意味で関心を持てるアーティストや楽曲の数には認知的な上限がある、という仮説をここに重ねてみましょう。
限られた認知の枠の中に、これまでになく多様なアーティストがモザイクのように詰め込まれていく。しかしその一つ一つは異なる国のチャートに散らばるため、集合的に見ると各国チャートはますます「独自」に見えます。
ローカル化と雑食性の同時進行。これは矛盾ではなく、まさにグローカリゼーションの音楽における現れなのではないか...と当研究室は感じています。
「再部族化」を再考する
ここで、以前Xで考察したことに立ち戻ってみたいと思います。
昨年「英語圏市場は輸入曲にシェアを奪われている一方、非英語圏市場はローカルコンテンツがシェアを拡大」というLuminateレポートを紹介したのですが、改めて代表的日本発アーティストの海外での視聴回数を視覚化してみました。海外は劇的に伸びているわけではなく、米津さんを除いては平衡状態に近い… https://t.co/NgFEoSFoUE pic.twitter.com/IAfzrO6ALP
— 徒然研究室✍🏻 (@tsurezure_lab) February 17, 2026
当研究室はこの投稿で、マーシャル・マクルーハンが予見した「再部族化」、つまり電子メディアによって世界が縮小した結果、人々がかえって自分たちのルーツや言語、文化的な帰属へと回帰する現象が、音楽ストリーミングの世界でも部分的に起きているのではないかと述べました。
今回の分析結果は、この仮説をかなりの程度裏付けているように見えます。73カ国のうちほぼ全てでローカル率が上昇しているというデータは、世界中の人々が「自分たちの音楽」をより多く聴くようになっていることを示唆しています。無限の楽曲にアクセスできる環境が整ったことで、かえって「私たちは何を聴く人々なのか」というアイデンティティの問いが浮上し、それぞれの土地の音楽への回帰が起きている…マクルーハンの予見は、少なくとも 、チャートの集合的なデータのレベルでは、かなり正確だったのかもしれません。
地理的な再部族化と、感性の共鳴による再部族化
ただし、今回の分析を通じて、当研究室の認識も少し更新されました。
以前の投稿では「地理的な再部族化」、つまり生まれ育った土地の音楽への回帰という側面を中心に考えていました。しかし今回のデータ、とりわけジャンル分析の結果から見えてきたのは、もう一つの層の存在です。
たとえば、ルーマニアのManeleやエジプトのアラビックポップが自国チャートで急成長している一方で、それらの音楽に国境の外からアクセスするリスナーも確実に存在しています。
日本の2003年の楽曲、HALCALI「おつかれSUMMER」が22年の時を経てTikTokでバイラルしたように、
あるいはLampがチャートの外側でアメリカのリスナーに深く愛されているように、生まれた土地とは無関係に、自分の感性が共鳴する音楽のもとに集まるリスナーたちがいます。
マクルーハンが予見した「再部族化」は確かに起きているようです。しかしそれは、単に地理的な帰属への回帰だけではなく、同時に、国境を越えた「感性の共鳴による再部族化」とでも呼ぶべきものも並行して進行しているのではないでしょうか。
チャートデータという集合的な指標には、地理的な帰属への回帰がくっきりと表れています。しかしチャートの外側では、感性の共鳴による国境を越えた集まりも、静かに、しかし確実に進んでいる可能性があります。K-POPのグローバルなファンダムも、日本のアニメ音楽を熱心に聴く海外のリスナーも、その現れなのかもしれません。
「界隈」と「再部族化」の違い
ここで日本語で近年使われるようになった「界隈」という言葉について考えてみたいと思います。「界隈」はしばしば、同じ関心を持つ人々が閉じた空間に集まり、ときに外部との接点を持たなくなるネガティブな文脈で語られます。しかし音楽における「感性の共鳴による再部族化」は、「界隈」とは少し異なる性質を持っているように思えます。
「界隈」が同質的な価値観の中に閉じていく運動だとすれば、音楽リスニングにおける再部族化は、むしろ開かれた選択の結果として生じています。南アフリカのAmapianoを聴く東京のリスナーは、地理的にも言語的にも「界隈」の外に出た上で、自分の感性に従ってそこにたどり着いています。こうした帰属は強制されたものでも閉じたものでもなく、いつでも離れることも、別の音楽的部族に同時に属することもできるものです。
再部族化にはフィルターバブル的なリスクが伴うことは事実ですが、音楽の領域で起きているそれには、リスナーの能動的な好奇心が介在しているという点で、一定の希望があるように当研究室には感じられます。
「バラバラ」の先にあるもの
世界の音楽チャートが「バラバラ」になりつつあるという事実は、一見すると寂しい現象にも思えます。かつてのように世界中が一つのヒット曲で繋がるマイケル・ジャクソン的な時代は、もう戻ってこないのかもしれません。
しかし見方を変えれば、それは世界中のローカルな音楽文化が、かつてないほど豊かに花開いている時代が到来しつつあることを示しているように思えます。南アフリカのAmapiano(南アフリカ発祥の、中毒性のある低音(ログドラム)とジャズ風のピアノが融合したダンスミュージック)はその象徴的な存在です。
こちらはナイジェリア出身のアーティスト Asake代表曲で、のAmapianoのログドラムやベースラインを基調としつつ、バイオリンやサックスを取り入れた美しくメロディアスな楽曲です。よい曲です…
インドネシアのローカルポップ、そしてK-POPやラテン音楽のように国境を越えていくものも、それぞれの土地から湧き上がっています。
そしてその中で、J-popのグローバル曲シェアがわずか0.4%であるという事実は、日本の音楽が世界に届いていないことを意味するのではなく、日本の音楽がチャートという「最大公約数」の枠組みの外側で、別の仕方で受容されている可能性を示唆しているのではないでしょうか。以前の投稿で述べたように、地理的な再部族化の中であえて国境や言語の壁を越えてJ-POPに手を伸ばす海外のリスナーは、ショート動画のBGMとして消費しているのではなく、強い意志を持って「自分の好きな音」を選び取っているとも考えられます。
今回のデータ分析から見えてきたのは、世界の音楽がかつてないほど「バラバラ」になりつつある、という事実でした。しかしそれと同時に、一人ひとりのリスナーの中では、その「バラバラ」な音楽たちが、アルゴリズムと人間の好奇心の共同作業によって、思いがけない形で繋がり合っている可能性も見えてきました。
その繋がり方は、CDショップの棚やテレビの音楽番組のプログラムが規定していたものとは、まったく異なるものになっていくのでしょう。一人ひとりのリスナーが自分の感性でつくり上げていく、固有の音楽地図のようなものが、世界中のあちこちで同時に描かれ始めているように思えます。
世界がバラバラになっているのではなく、世界が、一人ひとりの内側で、それぞれ固有の仕方で、繋がり直しているのではないでしょうか。
データはまだ、その全貌を語ってはくれません。しかし、その兆しのようなものは、確かに見え始めているように思えます。ワクワクします…!
以上、徒然研究室でした。Xでもオープンデータとプログラミングで関心あることを分析してポストしています。どうぞご贔屓に🙏
BTSさん復帰作『ARIRANG』収録曲のSpotify初日順位を国別で視覚化しました。グローバルチャートで1-14位を独占する脅威的な記録の一方、地域的には明確な傾向があります。最も強いのはラテンアメリカです。ペルーやベネズエラ、ボリビア等で平均7-8位です。続いて北米、東アジア。北欧・西欧は大幅に… pic.twitter.com/ouVdJ4itgj
— 徒然研究室✍🏻 (@tsurezure_lab) March 21, 2026
