見出し画像

YouTubeはなぜ「急上昇」を廃止?データから見える「最大公約数」の揺らぎ

2025年7月11日、YouTubeから一つの、しかし時代の転換を告げるようなお知らせが発表されました。プラットフォームの顔の一つであった「急上昇」ページを、廃止するというのです。(英語版はこちら

このニュースは、当研究室がここ数ヶ月、オープンなデータだけを通じて追いかけてきたことへの、膨大なデータをもつ巨大テック企業からの「答え合わせ」のようでした。これは単なる機能変更のようには思われません。私たちが生きる時代の「文化の受け止め方」が、後戻りできないくらいに変化したことを、プラットフォームの王者が自ら宣言したに等しい、ひとつの「事件」のように思われます。

一体、私たちの世界で何が起きているのか。本稿では、この「急上昇」廃止を出発点として、音楽プラットフォームで観測される二つの重要なデータとあわせ、今起きている地殻変動の核心部を探ってみたいと思います。


なぜ「みんな」のランキングは役割を終えたのか?

まず、YouTubeが示した廃止の理由を見てみましょう。お知らせには、こう記されています。

2015 年に [急上昇] ページを初めてリリースした当時、「今のトレンドは何か」という問いに対して、誰もが注目している話題の動画を 1 つのリストで簡単に把握することができていました。しかし現在では、トレンドは多くのファンダムによって生み出される多種多様な動画で構成されており、多様なコミュニティで楽しまれるマイクロ トレンドもこれまで以上に増えています。…
こうした変化に伴い、特にこの 5 年間で [急上昇] ページのアクセス数は大幅に減少しています。

この部分に、本質が凝縮されています。つまり、社会全体の「最大公約数」を示していた一枚のランキングと、私たちユーザー一人ひとりのリアルな体験実感が、もはや一致しなくなったのです。多様なトレンドをそれぞれの情報環境で楽しむようになった私たちは、かつてほど「大きなランキング」を必要としなくなり、そこから内発的な関心が離れつつある。これは、私たちの行動の変化が引き起こした、必然的な帰結と言えます。

この背景には、リスナーあるいはユーザーとコンテンツの関係性を支える「資源」の質的変化があると見られます。後ほど詳しく触れますが、CD時代の「可処分所得(お金)」から、ストリーミング時代の「可処分時間(時間)」へと、重要視される資源が大きく移行したのです。

この変化を理解するには、まず現代のプラットフォームの動作原理をきちんと解釈しておく必要があります。

例えばGitHubにはTwitter(現X)の推薦アルゴリズムが公開されています。

それを見るとXは、静的なif文や単純なルールだけで動いているわけではないことがわかります。機械学習モデルと複雑なスコアリングロジックが組み合わさったものです。 モデルは大規模なユーザーデータ(ツイート、いいね、リツイート、フォローなど)を学習し、その結果に基づいてツイートの表示順位や拡散度を決定します。

つまりそれは、私たちを一方的に支配する静的ルールブックというよりは、私たちユーザーの無数の行動をデータとして学習する「動的学習システム」なのです。

だからそこには「リスナーである私たちの能動的な選択」が、間違いなく介在しているということになります。

  • アルゴリズムは、ユーザー行動に基づき学習し、推薦を最適化する。

  • ユーザーは、アルゴリズムの推薦を受けて行動し、その行動がまた新たな学習データとなる。

この相互作用のサイクルが生み出すものこそ、YouTubeの言う「マイクロトレンド」であると考えられます。それは、システムとユーザーの「共同作業」によって生まれる、予測不能な文化の潮流と言えるでしょう。

そして、その潮流の中での私たちの情報体験は、他の分野で起きていることと、とてもよく似ています。 それはあたかも、長い動画の「切り抜き」だけで内容を把握したり、AIによる「要約」だけで長大な文章の内容を理解したりする、現代の情報行動様式そのもののようです。「オリジナルな全体」へのアクセスがショートカットされる中で、アルゴリズムが個人の興味関心に合わせて差し出してくれる情報の断片が、その人にとっての「世界」になる。

こうした構造を背景に、私たちは今、かつてのような「世の中のヒットチャート」という一枚の大きな鏡を覗き込んでいるというよりは、アルゴリズムによってパーソナライズされた、無数の「私だけのヒットチャート」の断片からの反射を眺めている。そんな時代にいる、ということなのかもしれません。

消えゆく「50位の壁」 - “中心”の揺らぎ

では、この「共同作業」の結果、音楽の世界では何が起きているか。Spotifyのデータから探ってみましょう。

日本のSpotifyチャートの50位と51位のみの再生回数の長期時系列推移を視覚化してみます。

ご覧のように50位の再生回数は減り、51位は増えてきています。つまり、50以内に入るとプレイリスト効果で再生回数がぐんと増える「50位の壁」が、崩れつつあるのです。ランキングの持つ意味が薄れ、その「外側」にある曲がより聴かれるようになっています。

この「50位の壁」の平坦化は、「ランキング」や「ヒットチャート」という指標が持つ従来のゲートキーピング機能が低下していることを示唆しているように見えます。

次に日本のSpotifyチャートでの順位別再生回数の構成比を計算し、長期推移を視覚化しました。

1-50位の構成比がじわじわ下がり、101-200位が上がってきています。リスナーにとってのTop 50というヒットチャートの求心力が、静かにしかし構造的に低下している様子が見て取れます。

リスナーの関心が、かつてのように上位曲に集中せず、より広く多様な楽曲へと分散しているわけです。

さらに興味深いのは、日本以外の諸外国のSpotifyチャートにおいては、この「壁」が元々ほとんど存在しなかった点です。日本のチャートがその形に近づいていることは、日本のリスナーも「みんな」のランキングから「自分」のランキングへと、その関心をシフトさせている可能性を示唆しています。

アメリカと日本のSpotifyデイリーチャート Top 200の再生回数推移。日本のグラフに見られる50位と51位の隙間がアメリカでは見られないことがわかります。

世界72ヶ国分のSpotifyデータから順位別再生回数の比率推移を視覚化してみても、日本と同様にTop 50の構成比がじりじりと縮小していることがわかります。

「単一の最大公約数的なヒットチャート」に対するリスナーの関心低下が、世界各地で同時進行していると見られます

「圏外」がヒットを生む - 「点」から「線」への評価革命

そんなリスナーの関心の分散は、ヒットの定義そのものを変えつつあります。そのことを、Billboard JAPANのルール変更が可視化してくれています。

これまで集計対象外だった300位圏外の楽曲も集計に含まれるようになった結果、驚くべき実態が明らかになりました。次のグラフはBillboard JAPANが300位圏外の楽曲も集計対象とするルール変更をしたことで「新たに1億回再生突破と判明した楽曲が多いアーティスト」を徒然研究室が視覚化したものです。

RADWIMPS、SEKAI NO OWARIといったアーティストたちの多くの楽曲は、必ずしも最新の週間順位には入らずとも、水面下で膨大な回数、長期間にわたって聴かれ続けていたことが、広く明らかになりました。時間をかけて価値が熟成される「発酵するヒット」が形成されていたわけです。

加えて、Billboardチャートでの長期チャートイン曲数の推移と、Billboard/オリコンに対する国内検索数の推移を比べてみると、興味深い様子が浮かび上がってきます。

CD時代のチャートの雄、オリコンチャートに対する検索数が半減してきている一方、Billboard JAPAN関連の検索数はその減少分をカバーできるくらいまで増えていません。一方でチャートでは過去曲の比率が上昇し、最多週で「約半数近くが1年以上チャートインしている曲」という事態に至っています。

「鮮度によるヒット」から「発酵するヒット」へパラダイムシフトが進むなか、リスナーが「最大公約数的な鮮度を売りにしたヒットチャート」へ内発的な関心を持つことが難しくなっている様子がうかがえます。

この背景にあると考えられるのが、先に触れた「資源」の変化です。

CD時代、チャートはリスナーの「可処分所得(お金)」という資源の投下量を測る指標でした。ファンによる複数枚購入など、単発の金銭的支出が順位を大きく動かしました。これは、瞬間的な熱量を測る「点」の評価です。

しかしストリーミング時代、チャートが主に反映するのは、リスナーの「可処分時間(時間)」という資源です。誰もが1日24時間という厳格な制約の中で、音楽だけでなく、睡眠、仕事、学習、ゲームといった他の活動と時間を奪い合います。その熾烈な競争を勝ち抜き、「毎日の生活の中で繰り返し聴かれる」という継続的な時間投資の総量が、ヒットの大きさを決めます。これは、長期的なエンゲージメントを測る「線」の評価なのです。

Billboard JAPANのルール変更は、この「点」から「線」への評価革命を、システムとして追認する必然的な対応だったと言えるでしょう。

新しい時代の音楽地図 - 分断の危惧と、人間を信じること

ここまで、YouTube、Spotify、Billboardという三つの事象が、同じ一つの地殻変動を指し示していることを見てきました。では、この新しい時代を、私たちはどう捉えればよいのでしょうか。

もちろん、パーソナライズ化には、私たちを心地よい情報だけに囲まれた「フィルターバブル」に閉じ込めてしまうリスクが常に伴います。共通の話題や価値観が失われ、社会が分断されるのではないかという危惧は、真剣に議論されるべきです。

しかし、私たちはデータの中に、その懸念に対する希望の兆しも見出しすことができます。

例えば、2003年にリリースされた日本のヒップホップユニットHALCALIの楽曲「おつかれ SUMMER」が、22年後の2025年に突如として世界的なバイラルヒットとなった現象です。当研究室の分析では、この熱狂は単一のコミュニティというバブルの中で完結したものではないようであることが分かっています。

この現象は、米国のビートメイカーが楽曲を「発掘」しサンプリングしたアンダーグラウンドでの「一次発酵」に端を発します。そしてその熱が、国境や文化の壁を越え、ゲームやアニメなど異なる背景と関心を持つTikTokユーザーへと伝播することで、爆発的な「二次発酵」を遂げました。

これは、現代の文化のダイナミズムが、単なる個人の嗜好の強化だけでなく、「バブル」を突き破ってクラスター間に偶発的な接続を生み出す力も持つ、ひとつの象徴のように思えます。

この事実を前にした時、アーティストであり、SNSを駆使した独自の戦略で楽曲をバイラルヒットさせ、世界中から注目を集める次世代プロデューサー、Daniel Allanの言葉が思い出されます。

"忘れてはいけないのは「相手は人間」だということです。自分が話しかけてるのは「アルゴリズム」じゃなくて「人間」なんですよ"

EDMMAXX「Daniel Allan 来日インタビュー:世界中が注目”バズる”新鋭のルーツとサウンド、SNS戦略の裏にある想い」

システムとユーザーの「共同作業」の奥底にあるのは、いつでも人間の感情です。時にその仕組みが誰も望まない「炎上」を生むことがあります。しかし当研究室では、HALCALI「おつかれSUMMER」のような国境を超えたヒット現象に接するときには、「この不可思議なバイラルの奥底にある、私たちのポジティブな感情は何だろう?」という問いを立て続けたいと思います。

今までの一枚岩の地図は、消えつつあります。この変化は、私たちの「旅」のあり方が変わってきたことと、とてもよく似ています。

かつての旅は、大手出版社のガイドブックが示す定番の観光地や推奨ルートに従い、誰もが同じ「名所」を巡る一方向的な体験だったかもしれません。しかし現代の旅は、SNSの断片情報やAIとの問答、コミュニティーの声が交錯する中で、自分だけのルートを創り上げる「冒険」に変わりつつあります。「京都に行ったのに清水寺や金閣寺に行かず、地元民しか行かない町中華を巡った」という体験が、誰かに与えられたものではない、自分だけの価値ある物語になるのです。

音楽の聴き方も、まさにこのように進化しています。

リスナーは、Billboardチャートのような「公式ガイド」を一旦横に置き、SpotifyやTikTokを通じて、自分の趣味や価値観に合った楽曲をリリース日に縛られずに「発掘」し、日々の生活時間に気分を高めるための「短い寄り道」を楽しんでいるかのようです。それは、旅行者がSNSやAIを頼りに独自の旅を創造する姿と、見事に重なります。

作り手は、その変化の中で、ファン一人ひとりの「冒険」に寄り添い、その「寄り道」の先で、幸せな驚きとともに発見してもらえるような、長期的な関係性を築いていくことになるでしょう。

私たちの目の前には、無数の興味関心という目的地へと繋がる、動的で予測不能な新しい地図が広がっています。その先にどんな未知の音楽との出会いが待っているのか。そう考えると、楽しみです!

【今後の研究に向けて】「最大公約数」を信じる心のゆくえ

今回の分析で見えてきたのは、単にヒットの生まれ方が変わった、という現象面に留まらない、より根源的な問いです。それは、私たちの行動を方向付けてきた、ある種の価値観やイデオロギーそのものの変容を示唆しているように思えます。

かつて私たちは、テレビや雑誌が提示する「ランキング」「ヒットチャート」という最大公約数に自らを合わせることで、社会との繋がりや文化的な座標軸を得てきました。霊長類研究における「ダンバー数」などの成果が示すように、私たちの脳が安定して関係を維持できる集団の規模には認知的な上限あるとされます。

マスメディア時代の「ランキング」は、その上限を超えた巨大な社会と自分を繋ぎとめてくれる、強力なアンカーだったのかもしれません。それは一種の「社会的同期」のイデオロギーだったと言えるでしょう。

しかし、情報技術によりその土台が崩れつつある今、私たちは新しい行動原理に気づきつつあるのかもしれません。霊長類学者の山極寿一氏は、人類が農耕によって一つの場所に縛られる「定住」の時代から、ネットワークによって再び移動の自由を得る「第二の遊動」時代へと移行しつつあると語ります。

私たちの文化体験もまた、与えられた地図をなぞるのではなく、「自分たちだけの物語を編むわたし」とでも呼ぶべき、新しい時代の様相を呈しています。そのとき価値は、その人ならではの選択と編集のプロセスそのものに宿ります。

私たちは文化の「消費者」から、自らの世界を意味づける「編む存在」へと代わりつつあるのかもしれません。

そして、巨大な中心を失った世界で、私たちの「繋がり」はどのように再構築されるのでしょうか。HALCALI「おつかれSUMMER」の事例が示しているような、個々の世界の「共鳴」によって生まれる、予測不能で、しかし内発的な熱を帯びた繋がりこそが、その答えなのでしょうか。

この「最大公約数を信じる心」のゆくえを探ることは、徒然研究室の今後の大きなテーマとなりそうです。


【あとがき】
今回のYouTubeからの「急上昇ページの廃止」に接して、膨大な内部データと人材と計算資源を有しているプラットフォーマーと、誰でもアクセスされているゼロ円の外部データだけを一人で分析している徒然研究室が、ほぼ同じ結論に至りつつあったことに非常に驚きました。

メガプラットフォーマーが持つ圧倒的な資源にアクセスできなくても、オープンなデータの中にさえ、真実のかけらは漏れ出しているのだなと実感しました。

同時に、重要なのは、その小さな兆候を見逃さず、「良い問い」を立て続けることなのだと感じました。


以上、徒然研究室でした。Xでもオープンなデータとプログラミングで関心あることを分析してポストしています。どうぞご贔屓に🙏

いいなと思ったら応援しよう!