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物語の欠片 象牙色の城郭篇 18 四つの謎の解 1

-レン-

 カリンについて薬師室の扉をくぐる。いつも受付に座っているユウガオの姿は見えず、そこにはレンの知らない女が座っていた。
 カリンは当然その女を知っているようで、普通に挨拶を交わす。女がレンの方を向いたので曖昧に笑顔を返した。
 昨日、建築室を出た後、カリンはひとりで予定通り考古学室へ向かった。レンは傍に居ても何もできないので、先にヨシュアの家に戻り、ヨシュアの仕事を見学していた。ローゼルの新しい馬の馬具を造っているのだと聞いた。ポプラの仕事に通じる職人の技が伺えて楽しい時間だった。
 夕方戻ってきたカリンは口数が少なく、やや心配だったが、夕食を食べ終えると、しっかりした口調で明日も一緒に城へ来てほしいとレンに告げた。それで、カリンが謎の核心に迫っているのだと知れた。
 カリンがいつも使っている薬草の調合室の扉を開けると、そこにユウガオとセダムが二人きりで座っていた。
 セダムは昨日、医局への着任が決まったのだという。カリンが考古学室でジニアから聞いてきた話だ。官吏補を飛ばして正式な官吏。ただし、最初の三月みつきは研修期間として実質は見習い。官吏補の平均二年を三月に短縮したというのが正確なところらしいが、異例は異例だ。リリィはそれでようやく納得したらしい。
 つまりセダムは今日から研修期間に入る。カリンいわく、医術の基礎は薬学なのだそうだ。医師は医術も施すが基本は診察と適切な薬の処方。薬の何たるかを知らなければ医師にはなれない。だから最初は薬学を学ぶ。ユウガオは、その講師に選ばれたということなのだろう。
 カリンはにこやかに挨拶をする。
 「おはようございます。」
 「おはよう。部屋、借りてるぞ。」
 「はい、構いません。」
 「レン殿、お久しぶり。」
 「ご無沙汰しております。お元気そうで何よりです。」
 「あ、これは医局に新しく配属されたセダムと言います。以後お見知りおきを。」
 「はい。一昨日考古学室でお目にかかりました。その節は大変失礼いたしました。」
 「いえ…。あの、カリン殿の夫君であられるのですよね?」
 「はい。マカニ族のレンと申します。どうぞよろしくお願いいたします。」
 「どこまでご存知なのか分かりませんが、私は医局長のツツジの養子でセダムと申します。先日医局の官吏試験を受けまして、本日より研修に入りました。」
 「ええ。そこまでは伺っております。」
 「あの、こちらへは何の御用で?レン殿は、その、いつもカリン殿の仕事について来られるのですか?」
 「いえ、滅多にこちらへは参りません。今日は、手伝ってほしいことがあるということでついて参りました。」
 「レン殿の翼を馬代わりに使うとは無礼なやつだなあ。」
 ユウガオが冗談めかして言うと、カリンは慌てて、そういう訳ではありません、と否定する。セダムはどう反応して良いか分からなかったようで、半端な微笑を浮かべた。
 「…という茶番は苦手なんだ。さっさと始めよう。」
 ユウガオはにやにやしながらカリンを見る。カリンが、ユウガオとセダムが居るテーブルの椅子を引いて座ったので、レンも空いている椅子に腰かけた。これから謎解きが始まるのだろうか。レンはまだカリンから何も聞いていないのだが、ユウガオは何かを心得ているように見えた。
 セダムは再び戸惑ったような表情で他の三人の顔を見比べた。
 「昨日、セダム様の医局着任が決まったという知らせを聞きました。ですから、事実確認をしに薬師室へ寄ったのです。丁度ユウガオさんが最初の講師を務めると伺いましたので、お時間をいただけるようお願いしました。」
 カリンが少し改まった口調で話始める。
 「そう。それで、私を同席させるという条件で承諾したというわけです。」
 ユウガオは、どうやらセダムを意識しての口調らしい。カリンやレンに対しては、いつももっと砕けている。
 「あの、一体何を仰っているのか分かりません。先ず、私の医局着任が決まったならば、何故カリン殿が事実確認をする必要があるのでしょうか。」
 「それならば…少し急いだ方が良いかと。」
 「急ぐ…とは?」
 「わたくしは今回アグィーラへ来てから、四つの別々の事件を耳にしました。ひとつ目はアグィーラ城下町付近で傷つけられた樹々の噂。二つ目は図書室から持ち出された本。三つ目は考古学室の小火。そしてアルカンの森の火事。」
 「おいカリン。図書室の話は俺も知らないぞ。」
 ユウガオが不満そうな声を上げる。
 「申し訳ありません。これからお話します。…同じ時期に発生したけれど、一見関連のなさそうな四つの事件。それらが繋がった時、あるひとつの物語が立ち上がってくるのです。」
 「その物語に私がどう関係するのでしょうか。」
 「セダム様。わたくしは、その物語の主人公がセダム様なのではないかと考えています。」
 「それは…つまり、その四つの事件の犯人は私だと仰りたいのでしょうか。」
 セダムは、酷く哀しそうな顔をした。信頼していた者に裏切られたような傷ついた表情だった。
 「図書室から消えた本は、古代アーヴェ語で書かれた古い本でした。その本に価値を見出せる人は少ないのです。セダム様がアーヴェ語の本についてわたくしに質問に来た時、わたくしの中に小さな疑いの芽が生まれました。わたくしもその疑いを否定したかった。ですが、次々に出てくる繋がりに、ついに否定しきれなくなってしまいました。」
 「カリン殿の考えた物語を、お聞かせ願えますか。」
 セダムは傷ついた表情のまま俯いてそう言った。カリンが頷いたのは見えなかっただろう。

 「セダム様が…捨てられたと聞いた時、わたくしは、今もこのアグィーラにセダム様の本当のご両親は住んでいらっしゃるのだろうかと疑問に思いました。その時は、人口の多いアグィーラのこと、交わらずに生活することは可能だと思いましたが、果たして幼かったセダム様は、本当のご両親を訪ねずに居られただろうかとも思いました。
 そして、噂になっている傷ついた木のひとつ、一際ひときわ傷ついた厩舎裏の木が見せてくれた映像があります。世界が闇に包まれた日、ひとつの家族が魔物に八つ裂きにされる映像でした。そしてそれを見て嘲笑うような高らかな笑い声。これは、この家族に捨てられた子供の声なのではないかと、そう思いました。子供は、自分を捨てた家族を恨んでいた。その映像を厩舎裏の木が見せてくれたということは、木を傷つけているのはその子供です。」
 セダムは否定も肯定もせず、俯いたまま黙っている。レンには少しだけ話が見えてきたように思えた。カリンは淡々と話を続けた。
 「その子供はやがて医局長夫妻に見初められ、孤児院から引き取られました。彼が城に出入りし始めてから、城では不可解な事件がいくつか起こる。図書室から無断で持ち出された本は古代の地図と人柱の儀式の本。そして、考古学室で燃えたのは、主に見つかったばかりのフエゴの火の神殿に関する資料でした。わたくしは、彼は三百年ごとに現れる闇にまつわる伝説に興味があるのではないかと考えました。興味があるというだけでなく、最終的にはその仕組みを破壊しようとしているのではないかと。仕組みというのは闇を浄化する仕組みの方です。つまり、闇がすべてを壊してくれればいい…そのような大きな悪意を感じました。彼は既に、自分を捨てた家族だけではなく、この世界の仕組みそのものを恨んでいたのかもしれません。」
 「それが…私だと?」
 セダムは俯いたままそう訊いた。表情は見えないが声は先程の傷ついた表情をそのまま引きずっているような、暗い声だった。
 「四つの事件がすべて繋がっているならば、先程申し上げた通り、アーヴェ語を読めること、森や木に恨みを持っているかもしれないこと、家族を魔物に殺されて喜ぶ理由があること、そして城に出入りできること…等の条件を満たす人物はそう多くはありません。」
 「森や木に恨みがあるって、森に捨てられたから?」
 思わずレンは尋ねる。
 「それもあるけれど、多分きっかけは桜の木だと思うの。」
 「桜?あ、そういえば桜の木の謎がまだ解けてない。」
 「セダム様の捨てられた森は、アルカンの森なのではないかと思います。アルカンの森には、中の森と呼ばれる、森の主様に許された者しか入れない場所があります。わたくしは幼い頃、知らず知らずの間にそこへ迷い込み、それからしばしばそこを訪れるようになりました。セダム様にも同じことが起こったのではないかと思います。ただし、一度だけ。」
 「一度だけ?」
 セダムもユウガオも黙っているので、何となくレンが質問を挟む役割になってしまった。
 「森に捨てられたその日、セダム様は一度だけ中の森に入ることができた。おそらくは、あの桜の木が呼んだのです。霧の中を進んでいくと小さな広場に出た。そこにピンク色の花をつける…いいえ、その時は紅い実がたわわに生っている、桜の木があった。セダム様は夢中でその実を摘んだのではないでしょうか。わたくしもかつてそうでした。初めて中の森へ行った時、本の中でしか見たことのなかった薬草を夢中で摘んだ。わたくしの場合はそれを持って母親の元へ行くと、母親は怖いものを見るような目でわたくしを見るようになりました。しかしセダム様の場合は…ご両親自体が先に森から去ってしまっていた。」
 意気揚々と籠一杯のさくらんぼを摘んで戻った先に、居る筈の両親が居なかったら…。籠を持ったままその場に呆然と立ち尽くす幼いセダムの姿が、レンにも見えた気がした。
 「…たいした想像力ですね。」
 ゆっくりと顔を上げたセダムの表情は、何の感情も宿していなかった。声にも抑揚が無い。まるで、魔物だ。真っ黒い闇でできた魔物に、表情などない。カリンは穏やかな表情を崩さずにセダムの顔を見詰め返す。
 「はい。今のところ全てわたくしの想像です。」
 「私は考古学室を燃やすことはできない。中に入れないのですから。それに、森が燃えた時も朝から城に居ました。」
 「時限発火装置のようなものが作れるということを、建築室の優秀な技師が教えてくれました。レンズ、あるいは亜麻仁油のような乾性の油を使ったのではないかと。」
 「私がそのようなものを使ったと?」
 「セダム様でなければ使う必要が無かったのです。」
 「何を…。」
 「考古学室の資料室の配置を知る者は考古学室に所属している人以外に居ません。でもあの小火の数日前、セダム様はジニア様の案内で考古学資料室を見学していらっしゃる。目録も随分熱心に見ていらっしゃったと聞いています。確かに考古学室の人間がやったならば、時限発火装置など使わずに火をつけられる。ですが、考古学室の人間は他の事件に当てはまりません。すべての条件を満たすのはセダム様だけです。」
 「考古学室の人間はアーヴェ語を読めるでしょう?本を持ち出したのも考古学室の人かもしれない。考古学室にも、世の中に恨みを持っている人が居るのかもしれない。」
 「考古学室の人間は…今回消えた本に複製があることを知っています。図書室の本だけ持ち出しても意味がないことを知っているのです。」
 「な…。」
 表情の無かったセダムの顔が見る見るうちに歪む。そしてセダムはカリンから目を逸らした。
 「…貴女と私は似ているようで違う。それが、よく解りました。」
 「わたくしの想像で、外れていたところはありますか?」
 「…私には双子の兄が居ました。」
 セダムは吐き捨てるようにそう言った。双子の兄弟。それは少なくともレンにとっては意外な登場人物だった。
 憎悪の籠もったセダムの口調は、レンの心に世界を覆ったあの闇を思い起こさせた。この部屋を出たら外は再びあの闇に包まれていてもおかしくない。それくらいに暗く、希望の感じられない声だった。


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