日本では「認知症」が死因なのに「老衰」と書かれているだけではないか?



日本の死亡統計に潜む"情報バイアス"を考える

日本では「老衰」が年々増えています。

2024年の人口動態統計では、老衰は悪性新生物、心疾患に次ぐ主要な死因となっています。

一方、海外を見ると様子が異なります。

英国では女性の死因第1位は認知症(Alzheimer病を含む)です。

ドイツでも女性の死因第2位が認知症です。

米国でもアルツハイマー病は全体の死因第6位となっています。

この違いは、本当に病気の違いなのでしょうか。

それとも、「死亡診断書の書き方」の違いなのでしょうか。

今回は、この疑問に大きな示唆を与える2025年の論文を紹介します。


日本では認知症死亡が少なすぎる?

今回紹介する論文はこちらです。

Sato K, Shioda K, Suda S. Accuracy of Death Certificates in Attributing Mortality to Alzheimer's Disease and Other Dementias in Japanese Psychiatric Hospitals. Neuropsychiatric Disease and Treatment. 2025;21:1325-1337.

https://doi.org/10.2147/NDT.S520892

PMC(全文)
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC12239922/

この論文は、

「日本では認知症による死亡が死亡診断書で過小評価されているのではないか?」

という疑問を検証した研究です。
解説NOTEは以下。



なぜこの研究が重要なのか

日本では認知症患者さんが亡くなっても、

・肺炎
・誤嚥性肺炎
・心不全
・尿路感染
・老衰

などが死亡診断書に書かれることが少なくありません。

一方、欧米では、

「認知症が進行した結果として肺炎で亡くなった」

と考えられる場合には、

認知症を基礎疾患(Underlying cause of death)

として扱う国もあります。

つまり、

同じ臨床経過なのに、

日本では「老衰」

海外では「認知症」

となっている可能性があります。


研究方法

研究対象は、

北関東11か所の精神科病院で2010~2020年に亡くなった患者さんです。

死亡診断書だけではなく、

診療録(カルテ)も詳細に確認しました。

対象は653人。

研究者は、

死亡診断書に書かれている死因と、

実際の診療経過を比較しました。

つまり、

「本当に何が亡くなる原因だったのか」

を一人ひとり検討したのです。


驚くべき結果

死亡診断書だけを見ると、

アルツハイマー病死亡は

34例(5.2%)

でした。

ところがカルテを見直すと、

実際には

134例(20.5%)

がアルツハイマー病死亡と判断されました。

約4倍です。

さらに、

認知症全体では

死亡診断書では

45例(6.9%)

だったものが、

カルテを精査すると

203例(31.1%)

となりました。

つまり、

認知症死亡は公式統計の約4.5倍存在する可能性

が示されたのです。


何に書き換えられていたのか?

では、本来認知症と考えられる死亡は、

何と書かれていたのでしょうか。

代表的なのは

・肺炎

・誤嚥性肺炎

・心不全

・尿路感染症

・腎不全

そして

老衰

でした。

認知症が進行すると、

飲み込めなくなる

誤嚥性肺炎になる

亡くなる

という経過は非常によくあります。

この場合、

「肺炎」

だけを書くのか、

「認知症」

を書くのかで、

死亡統計は大きく変わります。


老衰との関係が非常に興味深い

今回の論文で特に注目したいのは、

老衰と認知症の関係

です。

カルテを確認すると、

死亡診断書では老衰となっていた患者さんの中にも、

認知症の進行によって亡くなったと考えられる症例がありました。

つまり、

本来認知症として扱われるべき死亡が、

老衰へ分類されている可能性があります。


WHOのルールではどうなっている?

死亡統計は、

WHOのルールに従って作られます。

WHOでは、

単なる終末状態

例えば

・心停止

・呼吸停止

・心不全

・呼吸不全

だけを書くことは望ましくないとされています。

重要なのは、何がその状態を引き起こしたのか、です。

認知症による嚥下障害が原因で肺炎になったなら、

認知症をUnderlying causeとして扱う考え方があります。


日本の死亡診断書マニュアルはどうなっている?

ここで興味深いのが、

日本の死亡診断書マニュアルです。

厚生労働省

「死亡診断書(死体検案書)記入マニュアル(令和8年版)」

https://www.mhlw.go.jp/toukei/manual/dl/manual_r08.pdf

このマニュアルには、

認知症患者が亡くなった場合、

「老衰ではなく認知症を書きなさい」

という明確な記載はありません。

つまり、認知症と老衰のどちらを書くべきかについて、マニュアルは明確に触れていない(The manual is silent)

という状態です。

そのため、医師によって判断が分かれる余地があります(というか、多くの医者は認知症を書いていない)。


実は日本では昔も同じことがあった

この話を聞いて、

私はある歴史を思い出しました。

1993年頃まで、

日本では死亡診断書に

「心不全」

と書かれることが非常に多くありました。

しかしWHOから、

「心不全は終末状態であって原因ではない」

という指摘を受け、

死亡診断書の書き方が変わりました。

すると1994年以降、

心疾患死亡は急減し、

脳血管疾患などが急増しました。

もちろん、

病気が一年で激変したわけではありません。

変わったのは

死亡診断書の書き方

だったのです。

この問題は、

WHOのワーキングペーパーでも詳しく議論されています。

Lozano R, Murray CJL, Lopez AD, Satoh T. Miscoding and Misclassification of Ischaemic Heart Disease Mortality. Global Programme on Evidence for Health Policy Working Paper No.12. World Health Organization. 2001.

https://iris.who.int/server/api/core/bitstreams/e851f52d-1311-4642-9f6c-1b7eaeccb357/content


老衰は「次の心不全」になるのか

私は、今回の認知症と老衰の問題は、30年前の心不全問題と非常によく似ていると感じています。

つまり、

昔は

「心不全」

が便利な死因でした。

現在は

「老衰」

が便利な死因になっている可能性があります。

もしそうであれば、

日本だけが認知症死亡率が低く、

老衰死亡率が高く見える理由も説明できます。

これは、

Information bias(情報バイアス)

あるいは

Misclassification(誤分類)

として理解できるかもしれません。


本当に国際比較できているのか?

英国では認知症。

ドイツでも認知症。

米国でもアルツハイマー病。

日本では老衰。

この違いは、

本当に疾患頻度の違いなのでしょうか。

それとも、

死亡診断書の文化や制度の違いなのでしょうか。

この問いは、

単なる死亡診断書の書き方の問題ではありません。

認知症政策、

介護政策、

死亡統計、

さらには国際比較研究そのものに影響する重要なテーマです。


おわりに

Satoらの論文は、

「日本では認知症死亡が過小評価されている可能性」

を実データで示した非常に重要な研究です。

そして私は、

この研究を読んで一つの仮説を持ちました。

それは、

「老衰は、1993年までの『心不全』と同じような位置づけになっているのではないか」

ということです。

もしそうであれば、日本の死亡統計は今後また見直される可能性があります。

その時、日本の認知症死亡率は大きく変わるかもしれません。

超高齢社会を迎えた日本だからこそ、

「人は何で亡くなるのか」

を、医学だけでなく疫学の視点からも改めて考える必要があるのではないでしょうか。



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