一番偉い人へ|選挙に行ったよ
久々に一本書いてみる。
正直、金曜とかに休暇やリモートワークを織り交ぜてみるようになり、正月休みにも増してぐんぐんと回復が進んできた一月だった。
今となっては、なぜこんなに時間がかかったのだろうと思ったりすることはある。
時々疲れたり、やる気や集中力にムラが出たりするときはまだまだあるが、ともあれ今年度も残り二ヶ月。外も明るくなってきた。
世は衆院選挙戦真っ只中。
この記事もシリーズっぽく連載タイトルをつけようと思ったきっかけは、高市総理が自民党総裁になった時の演説だった。
昨年の秋冬と痛む頭で記事を書いていく中、仕事と生活とのいい塩梅を探りたい、という意味で「中道」という言葉を取り上げたら、どこかの野党がくっついて中道…改革…なんとか?
そんな名前になって驚いた。
あんまりにも具体的な政策がなく、中道どころか中庸でもないじゃないか、と思ったのは内緒だ。
普段は正直、政治に関心を持っても何か目に見えて世の中が良くなるとか、変わっていく実感が持てないと思っていた。
高市さんに関しても、最初はそれほど応援したい、という強い思いがあったわけではないが、どこかの国会答弁で、関節リウマチの話を持病であると明かし、当事者の立場でありながら、制度設計について議論した、というネット記事を見たあたりからなんとなくこの人を見る目が変わった気がする。
昔、小泉純一郎が総理大臣をしていた時代、大相撲で全盛期を過ぎ、満身創痍のなかで優勝を掴んだ貴乃花へ送った言葉を思い出す。
痛みに耐えてよく頑張った!感動した!
貴乃花や最近の手にテーピングをしながら選挙の応援に立つ高市総理と比べるのも情けないほどだが、痛みに耐えながら頑張る、ということについて、自分もちょっとだけ考える機会を得た一年弱だった。
場合によっては、診断書を取ることもできたのかもしれない。
社内で定期的に面談してくれる保健師さんは、秋頃の頭痛が連日ひどく、原因がわからなくて苦しんでいたあの頃は、顔色がかなり悪かったと話していた。
確かに、考えも、精神状態も結構追い詰められていたかもしれない。
それでも、職場に来ないという選択肢は自分の中で取りたくなかったし、あり得ないと思っていた気がする。
それをやって仕舞えば、自分に嘘をついて二度と帰って来れなくなる。
それが漠然と怖くて、それで無理して来続けてしまった。
仕事の出来は散々だったけど。
それで今、ようやくこうして少し穏やかに過ごすことができている。
痛みに耐えることは本当に必要なことなのか。
耐えてでも戦わなければいけない場、なさないといけないこととはなんなのか。
何だったら、痛みに耐えてでも自分は戦に出るのか。
いやむしろ、痛みに耐えずに戦う、もっと賢い戦法はないのか。
そんなことを考えたり、考えなかったりしながら、ひとまず今日は月曜なので、まだまだ続く一週間に向けて体力を温存するべくさっさと寝ることにする。
…しかし、直近の日曜に市役所で期日前投票を済ませてきたが、
日本の選挙もいい加減インターネット投票導入すればいいのにね。
そうすればこんな足元の悪い中投票に行くことも、体の痛みを押して寒い街頭に立つこともないのに。
