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一番偉い人へ|「ほどほどちょうどいい」を探る

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引き続き「白黒つけない」の話。
まあしばらくおいとけ、とのことで、ちょっと雑談も織り交ぜながら。

この「ほどほど」とか「いい塩梅」を意味する概念にどんなものがあるのか、少し調べてみる。
まず儒教に「中庸」という言葉があるらしい。
もう一つ。仏教には、「中道」という概念がある。

一見似た言葉。政治の世界では、「中道政治」というスタンスがあり、これから書くことを踏まえると「中庸」の方が正しいのでは?と思ったりする。
こんなふうに同じような概念と取られる両者だが、似て非なるものらしい。

「中庸」について。
かたよることなく、常に変わらないこと。
過不足がなく調和がとれている「真ん中」のこと。

一方の「中道」。こちらは長い説明が出てくる。
「不苦不楽」のように、苦しみと快楽の両方に振れすぎない真ん中、と解されるところもある。しかしこれは中庸との混同が見られ、本質ではないとのこと。
本来は両極や両者の比較からも離れて、自らのベストな選択を求めていく姿勢を説いている…らしい。

なぜこんな語りを唐突にするかといえば、
私自身も何かと白黒つけねば、とする姿勢に囚われていたことに、医師の先生の一言ではたと気付いたところでもあり、
シリーズのタイトル「一番偉い人へ」のきっかけとなった高市自民党総裁のワークライフバランスに関する発言も、この中道と中庸の考え方から何か言えたりするのかも、と思いついた。

辞書的な言葉ではちょっとわかりづらい。
またそんな大仰な話と絡めると、考えたり書いたりするのがホネだ。
とにかく頭を休めろ、といわれている。
ひとまず前回のカフェオレの話になぞらえてみると、

中庸とはすなわち、コーヒーと牛乳との配合のなかで、ちょうどいい「真ん中」をとること。
中道とはコーヒーと牛乳の両極に囚われず、「おいしい」と感じる地点を探していくこと。
つまり割るものは、コーヒーや牛乳にとらわれる必要もない。

そういえば。

豆乳ラテから派生して、あっためた豆乳に粉末のほうじ茶をとかしたらこれが結構いけた。
これ、低糖質のチョコレートとかでやっても美味しいかもな。

いろいろ試しながら、しばらく飲んでみることにする。

次回↓

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