ああ夜明けはやってくる 悲しみの向こうに
夢見る人 わたしはそう dreamer 明日の旅人さ
月の夜も 強い日差しの日も 歩みを止めない
(宮本浩次「夜明けのうた」)

毎朝、通勤電車から朝日を見る。
この季節は少しずつ日の出が遅くなるが、東の稜線から顔を出す光が、冬に向かってだんだんとやさしい感じになっていく。
近頃は音楽を聴くにも集中力が足りず、本当に聴きたいものだけに絞っていた。そうしたら、すべてエレカシと宮本浩次で賄う感じになっていた。
いっちょ気合いを入れようと思ったら「I AM HERO」、
一日の終わりには「今宵の月のように」、
そしていま、一日の朝に聴きたいのが「夜明けのうた」。
私の一日をひと試合に例えれば、この頃の先発投手はこの曲だ。
毎朝車窓から眺める朝日と、この歌を聴きながら電車に揺られているうち降りる駅に着く。
他にも名曲はあるが、同じ人が作ったとは思えない詞と音、歌声による表現の多様さ。
この人は本当に歌うことが好きなんだろうなと、彼の歌声を聴いていると思う。
宮本さんの詞は以前書いた「太陽と月」の関係にも、何か意味が込められているのだろうかと気になる。
パッと思いつくものでも曲名にも出ている「今宵の月のように」「孤独な太陽」のほか、「風に吹かれて」にも太陽と月が歌い込まれているが、この曲にも出てくる。
この意味も、また自分なりに何かしら考えてみたい。
夢見る人 わたしはそう dreamer 明日の旅人さ
悲しいときもうれしいときでも 歩みを止めない
(宮本浩次「夜明けのうた」)
もう一つ、彼の詞は「歩く」という動作が何か象徴的に語られている気がする。
どんな姿でも、どんな心持ちの時でも、その時の空模様がどんなものであっても、構わず歩く。歩き続ける。
人の遅れをとっていること、それはそれで悪いことばかりではない。
焦るな。周りをよく見ろ。
呼吸と歩調を整え、歩みを止めずに少しずつ進め。
必ずやってくる、夜明けを拝むために。

