一番偉い人へ|だから僕はアンパンマンをやめた
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別にそういう生き方をしたいわけじゃないが、どちらかといえばお人よしになるのだろう。
とっつきやすい外見をしているとは全然思わないのに、なぜか子どもや小さい動物に好かれる気がする。
道を歩いていると、お年寄りとか見知らぬ人からよく道を尋ねられる。
何かそういう空気が漏れ出ているのかもしれない。こう書くとすごくいい人のように思われるかもしれないが、私は自分のお人よしなところがどうも嫌いだ。
わりと抱え込みがちな性格なのは自覚している。
春夏の朝の連ドラを飛び飛びで、土曜日くらいに見ていた。やなせたかしはこういう自己犠牲みたいな精神を「逆転しない正義」と掲げていたらしい。
そんなのはいやだ。おれは酒が飲みてえ。
どう考えても力量よりも大きなものを抱えてしまっていたのだと思う。
都度できません、無理だとはいってみるものの、立場なのかキャラクターなのか、逃げられないところになんかいつも立たされてしまう気がする。
体調に異変をきたし、仕事の分担が変わることになった。
まだこの時点では、こんなになっても手を離すことを悪いと思う自分がいる。
何か手持ち無沙汰だ。
六月から新しくくる同僚のために、机の周りを掃除しておいてあげようと思った。
職場で一緒に働くおばちゃんからは、
果代さんのそういうところが素晴らしい。
とありがたいお言葉をいただいたが、
当のこのお人よしは、自分のそういう部分が何より好かないと薄々感じている。
そんな言葉やお菓子をひとつもらっても、欠けた顔と心は戻らないことは私が一番よく知ってる。
ろくに気も効かないくせに、変な風に空気を読みすぎて、手を出して勝手に疲れてしまう。
上からは、周りのことを助けてあげて、と声をかけられる。
気遣いとは分かっているが、こんな状態になってまで、これ以上何すればいいんですか、やり方は先生方の採点の俎上にはのらないかもしれないが、こちらはいやというほどやってきている。
という気持ちがせめぎ合っていた。
ここでもやもやしていても、先には進まないような気がした。
最初にやると決めたことを途中で投げ出すのはどうしようもなくカッコ悪い気はするが、どうせこうなったらとことんまでカッコ悪くなってやろうかという気になった。
今までできることをやり尽くして、うまくいかなかったのだとすれば、状況を切り開く術は今のできることの外にあるのかもしれない。
そろそろこの生き方を、ここらで一旦見直してもいいんじゃないか。
私は少しずつ、お人よしのスイッチを切ってみることにした。
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