一番偉い人へ|明鏡止水の深みには
前回↑
当時のことを思い出し、感情の動きをなるべく隠さず描いてみる。攻撃的だった頃の話。
※不快に感じる方がいたらすみません。そっと閉じてください。
ゴールデンウィークに体調を崩す前後、一時言動がかなり刺々しくなった。
人の過剰な期待に比べ、私は至って普通の人間だ。
むしろ人より不器用まであると思ってる。
この時点で相当疲労が溜まっていたのもある。過去やってきた頭の使い方とだいぶ違っている今の仕事、しかも取っ替え引っ替え違うことをやらされては、そんなになんでもすぐにはできない。
どう考えても、一人に依存しすぎ。

もともとの私は、調子が上がってくるとだんだん怒りの感情が原動力になるところも一部あった。勢いで押す感じ。
気づいているのかいないのか、手前のやるべきことをばっくれておいて、調子のいい言葉で人を煽てておいて、当の本人は早く帰っては誰かと飲みに行ってる。そんな輩もいた。私は知ってる。

人は気づいていないが、意外と周りを見ている。
崩さない表情の下、腹の内では渦が巻き、ざわざわと波が立つ。

あるとき、我慢が限界に達した。
我慢ならねえ、やりきれるか。

鉄砲水を二、三発浴びせた。
伝え方が良かったかどうかは、いうまでもない。
何よりまず私が疲れた。
しかし相手に対して申し訳ない気持ちは、思ったほど浮んでこなかった。
ぶちまけたことでタガが外れたのか、休みに入ると安心からか体調が正直に悪くなった。
穏やかな物言いをすれば話を聞いてもらえたか?
そんなわけない。思い込みかもしれないが、少なくとも私はそう思っている。
前の年は、周りで見ていてそこに介入したり、フォローしてくれる人はまるでいなかった。
なんの説明もなく放り込まれて、曲がりなりにも孤立無援で数年間耐えてきた奴が、そんなにすぐに人は信じられない。
なにかこう自分を奮い立たせる責任感とか、怒りの勢いとか、そういうものに頼らず、安定的に歩みを止めず行けるようになりたい。
少なくとも今の周りの者のためではない。
自分のためだ。
今年に入り、殺伐とした空気が一掃されつつある職場では、楽しい雑談の声が聞かれるようになった。
しかし私は、体調が回復してくると同時に頭痛と疲労感、感情の波が時折押し寄せてくるのを敏感に感じるようになり、気持ちを乱されないよう乗ることをしなくなった。
時々耳に入る周囲の声。聞く。放す。
蘇るつらかったこと、これからへの不安。思い出す。放す。
これまでのこだわり、思い込み。見つめる。…思い切って放す。
私がこの水を揺するから、大きく揺れる。
そのことによって、私自身もまた乱されているところはある。
仕事は全然進んでいかない。まずこの水面をどうやって沈めるか。禅の修行のような日を、ここ最近は送っている。

次回↓
