一番偉い人へ|馬車馬は急に止まれない
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産業医との面談の結果、こやつに36協定上限である月45時間を超える残業をさせてはならぬ、との提言が職場に出された。
本人の健康と仕事の両面に認められる支障、それから本人以外にも職場全体にわたり常態化している時間外労働の状況を踏まえてのものだった。
この時点では喘息の咳で息も絶え絶え、体はポカポカと熱く、気分も無性に苛々としている。すでに脱線しかけの機関車だ。
ともかく、かくして定時退勤を公然とできる理由が得られた。隣近所の皆様には悪いが、言ってみるもんである。
しかし、なんだかまだ落ち着かない。
「休む」と言ったって規定の休暇以外は毎日出て、営業時間いっぱいいる。これは記事を書いている今日現在も変わらない。
この社畜の中で「休む」とはすなわち、「残業せず定時で帰ること」と同義だった。
それは個人の解釈ではなく、経験に裏打ちされた、もはや職場の常識だった。
体の方は異変を感じつつ、飯が喉を通らないことなど全くない。お酒も普通に飲める。
まだ眠りは浅かったが、不眠というほどではない。
見た感じには不調は全くわからないだろう。
ひと昔前なら「現代うつ」などと一蹴されてしまうものにしっかり当てはまる。職場からどうみられているか気になった。当時より幾らか持ち直した今はなおのこと気になる。
昔いた職場で、体調不良を理由にやたらと仕事を押し付けてくる上司がいた。
そういう時いつも頼られるのは自分だ。
あるときこちらが困って、仕事を手伝ってもらうように頼んだことがある。そうしたらもの凄い勢いで私を罵倒し、理不尽な言葉を投げかけてきた。
周りに頼るまいと思うようになったのは、そんな人に当たらされることが何度か重なった経緯もある。
しかし今ではどうだろう、私がそのなりたくなかった者と同じ姿になっている。
みじめだ。笑ってしまう。
しかし同時に、薄々危険と限界を感じていた仕事から脱出できる安堵も少しずつ感じていた。
昨年の仕事は、ハッキリ言ってうまく行ったとは言い難いものだった。
初めての仕事、勝手が全くわかっていなかった上、周りも頻繁な交代で理解している人がいない。
職場の雰囲気は最悪、中堅以下が要領のわからない仕事を必死にこなす中、上の高圧的なやり取りだけが響いた。
かなり苦戦を強いられ、いまだに思い出すのもつらいミスもいくつかした。仕事の量もさることながら、こういう状況がこたえたのかもしれない、という気は薄々している。
翌年の続投は無理だ。適性もない。
前任の頃から属人化が当たり前になっているが、仕事はどんどん増えている。周囲のフォローがなければ成立しない。
後任が決まったとき、周りにそのことを伝え、うまく回してもらえるよう話だけはして、私は担当を外れてその他をたくさん担うことになった。お払い箱だ、そう思った。
周りはそんなことしったこっちゃない。労いの言葉もくれない。葛藤を誰かに話す気にもなれず、塞ぎ込んでいた。
はじめの頃はそんなことが頭から離れず、体もまだ馬車馬の動きしか覚えておらず、どこか上の空で気が休まらなかった。
今年の頭頃、ひと段落した直後から一ヶ月、職場の席に座っているのが辛くなり、定時で帰ってとにかく寝る、を繰り返した。
そこから二、三ヶ月なんとかもたせたが、さらに我慢していれば一体どうなったのだろう。
今ならそういう考えも少し働くようになったが、当時は仕事が減ることを、存在意義を失うこととしかとらえていなかった。
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