一番偉い人へ|忘れる能力の扱い方
↑前回。しあわせだったあのころにかえりたい。
久々にこのネタを書いてみる。
年末年始は、ちょっと忘れようと思ってあえて書くのをやめていた。
新年もとりあえず二日の勤務が終わった。
正月休みを経て、ストレスから解放されたせいか頭痛がこなくなった。
まだ明け方に頭がモヤモヤしたりはするが、大きな前進かもしれない。
同時に、頭痛の原因があの場所にある、ということも、残念ながら浮き彫りになってしまったようだ。
こんなことなら、秋ごろに思い切って連休でもとってしまえばもっと回復は早かったかも、と思ったが、一方でそれをやってしまったら、今頃ほんとに会社を辞めようとしてしまっていたかもしれない。
本音言えば、このまま居座り続けることが安全な場所だとは思っていない。
ここだけの話。
しかし、特段特技や能力を磨いてこなかった、田舎に住んでいる者の感覚とすれば、ここを出てどこかへ行けるだけのものはおそらく持ち合わせていないし、こんな私を拾ってくれる場所もそうそうないだろう。
脱線が過ぎた。
まだ時々Excelを眺めているのがしんどくなる瞬間がありつつ、だんだん集中も長く保てるようになってきたのをここ数日で実感した。
しかし一方で、注意力と記憶力がまだ追いつかず、頭が少しぼんやりする時もある。
段取りを考えたり、判断をする仕事で苦戦する感じがある。
各所で得た情報を総合して、答えを出すような話。
A:遠足にはおやつを持って行ってよいです。
B:果物は、おやつの中に含めます。
そこでこんな問いが来たら、どう判断、回答するか。
C:バナナは遠足に持って行っていいですか?
(※仕事に関わらないことでなんとなく思いついたもので例題作りました。職業は学校教諭ではありません)
…こんな感じで、AとBの情報が記憶、整理されていればCの問いにもたやすく答えられそうだが、どうもこのA、Bが頭に入らず忘れてしまったり、両者とCとの関わりに意識がいかなかったり、という感じで散漫になってる感じがする。
秋ぐらいからの違和感がなんなのか?と考えていくと、多分こんな感じのことのような気がする。
過緊張状態の時は、一つのことに関わりそうなことをあれこれと考えて、人から聞いた話をかなりしっかり記憶して、神経を尖らせて働いていた気がする。
また、もともと文章を書くのが好きなので、いろんなアイデアと配置とをあれやこれや考えて、頭の中がタコ足配線みたいな状態になってたのかもしれない。
多分このままでは負荷が大きすぎる、とリミッターがはめられているような感じがする。
SNSなどを見ても、いろんな格言めいた物を集めている人の投稿に「メンタルを病みやすい人は、記憶力がよすぎる人です」みたいなやつを見かけた。
たしかに、一頃からはいろんなことで湧く感情を一旦離してみようと試みたり、考えすぎる前にやめてみたり、つとめて忘れることを試している。
おかげでストレスはだいぶ減ってきたが、このままだとちょっと諸々支障が出そうだ。
この状態からどう持ち直して復興を図っていくか。
この忘れる、ということをもっと意図的に、オンオフ切り替えられたらもう少し燃費が良くなるのではないか。
そんなことを考えられるくらいには、前に進めているらしい。
