一番偉い人へ|どんな時も歩くのさ
そろそろ一年が終わる。
昨日は冬至の日の青空が嘘のように、街は朝から雪がちらついていた。さむい。
帰りがけに駅の電車の時刻を見たら、雪の多い方面へ走る列車が一本「行先未定」と出ていた。
一体どこへ連れてかれるんだろう…
今年は思うように動けず、特に後半はじっと耐える中でいろんなことが頭を巡った年だった。
何もしていないようで、無我夢中で追われていた去年よりもいろんなことを考える機会をもらった一年だったと思う。
体調の方は、調子のいい時はだんだん不調を感じるよりも前の通常状態に近いところまで戻ってきている。
そうかと思えば、少し頑張った時などは頭が痛くなったり、ひどく疲れを感じたり、違和感の波が戻ってきたりしている。
感情の振れ幅が大きい。
元気になってきて、だんだんとやる気が出てきていることもあれば、これまで以上に先のことで不安になったり、怖いと感じることも増えてきた。
だんだんと力が戻ってきている感じ。長かった。
しかし、今年をリハビリと位置付けて毎日をこなす中で、新しいストレスやダメージを溜めていると感じる時もまあある。
とりあえず年末年始、煩わしいことを考えずに休息に徹してみよう。
誰にも褒めてもらえるような一年ではないが、自分としてはよく折れずにやりきったと、まずは考えたい。
今年の夏、ぼーっとして何も入ってこない頭で通勤電車の中、「今宵の月のように」を久々聴いたところから、半年ぐらいエレカシを聴く熱が再燃してきた。
(今年の記事の中で三本指くらいに読んでもらえた一本。SONGSで本人から答え合わせのような話が出て感激した一幕あり)
知っているのは有名どころばかりで、ライブなどにも足を運んだこともない。ファンと言えるかどうかもわからない程度の関わりでも、今年はだいぶ歌に励まされた。
最近は「悲しみの果て」「風に吹かれて」をよく聴いている。
他の歌手のカバー曲を聴くのも面白い。
最近はYouTubeでいろんな歌い手が動画を出してもいるが、曲と詞の骨格に、歌い手それぞれの解釈の肉付けが乗り、全く違うものになったりもする。
宮本浩次さんの書く詞は、仕事の中でもつとめて気持ちの置き方を心がけてきた「とらわれない」、禅の精神に似たところがあるような気がする。
この発想はもう誰かやってる人がいるのかもしれないが、「エレファントカシマシ、宮本浩次と禅」のぶつかるところを文章にしてみたら面白いかも、と思った時期もあった。
最近はRADWIMPSの「おしゃかしゃま」をカバーしてたし。そんなに禅は詳しいわけでもないけど、自分のメンタルの置き所を考える上で、そのうちちょっと書いてみたいと思ったりもしている。書けるかな…
ここ数日で新しく聴き始めて、これは今の自分にあてて作られたのではないかと思うくらい、しかもこの年末に聴くにぴったりな曲を知った。
「愛すべき今日」。
10年くらい前の曲だと思う。聴いていなかった時期にも、こんないい歌をつくっていたのか。
どんな時も歩くのさ
この人はやはり、人生を道とか歩く動作と捉えているのかもしれない。
いろんな曲をよく聴いていたので、いつからか私も、今年の基本姿勢はとりあえず、
どんな姿になっても歩く。
これになってたような気がする。
こけたり、ふらついたり、迷って堂々巡りしたり、隣の人の肩を思い切り支えにしていたり、
姿勢を低くして、風を受けながら歩いていた。
カッコ悪いことこの上ない年だったけど、歩くのをやめなくてよかった。
それだけは良かったと思う一年だった。
