果代の山が呼んでる・1 祖父が遺してくれたもの
※苗字や地名などは実在しないものに置き換えて脚色を加えながら展開する。ジャンルとしてはあくまでフィクション。
こんなようなことに現在関心があるので、何か知っている方がいれば教えてください。
続くかどうかは不明、時々後から手直し入ります。
祖父は亡くなる数年前から、事情があり疎遠になってしまっていた。
私が現在住む家は、もともと祖父がいた場所の、彼が若い頃に作った家や庭、倉庫などがあり、これらを建て替え、家族みんなで住もうという話をして準備をしていた。
家は無事完成した。しかし、祖父が生きているうちにこの家に来ることはなかった。そのことについて、私はいまだに少し心残りがある。
亡くなる前日の夕方、親戚から病院に呼ばれて容態を見に行っていた母から電話があった。今夜は何があるかわからないと思い仕事を切り上げ、定時で帰ることにした。
電車で家の最寄駅まで帰る途中、ある一節が突然頭の中で思い出された。
この世に客に来たと思えばなんの苦もなし
なんの言葉だったか、と家に帰り調べてみたら、伊達政宗が家臣に伝えた言葉の一節との解説が出てきた。
そういえばと思い当たり、家の本棚の隅に放置された水色の装丁の本を取り出した。もうだいぶ前、祖父が綴った自叙伝である。
ページをめくっていくと、この言葉は貞山公遺訓、あるいは五常訓と呼ばれるものの一部で、祖父はその父、私の曽祖父が生きていたから聞かされたものだったとあった。
小学生か中学生の頃、祖父から曽祖父や、この家のルーツのことを聞かされたことが思い出され、そのことも本の中に記されていた。今になって不意にこれが思い出されるとは、祖父が私に伝えたい言葉だったのかもしれないと思った。
その日の深夜、祖父は息を引き取った。
葬儀が行われ、遺骨になって初めて、祖父は新しくなった我が家に帰ってきた。
夕食は家族皆で食卓を囲んだが、私の左手に置かれた空きの椅子に、なぜか祖父の気配を感じた不思議な一日だった。
おまけ。執筆開始の前日譚です。
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