印刷用書体の開発とデジタルフォントの未来 #34|紙とデジタルの融合は可能か
さて、印刷に関わるものは誰もが希望し、挑戦を試みることとして、日本語組版の技術をそのまま電子デバイスに持ち込めるのか、ということがあるでしょう。
かつて「ワンソースマルチメディア」という言葉がありました。
すなわち印刷メディアからデジタルメディアまでを、一つの組版データからまかなおうとする構想です。
これが容易でないことは、この言葉が事実上死語になっていることからも分かる通り、実現できていません。
それはなぜでしょうか。
この理由を探る中で、デジタル組版の標準化を目指す団体「W3C日本語組版タスクフォース」のセミナーを聴講する機会を得ました。
この時の聴講内容を、私なりに解釈した形で以下にまとめます。
日本語組版標準化の可能性
まず日本語組版のグローバルな標準化は可能なのか。
結論から言うと、現実的には極めて困難のようです。
グローバルどころか、国内においても扱う分野や出版社等の組織ごとで、組版ルールがバラバラです。
また世界的にみて、日本では組版の可読性について実証実験を行った統計的な研究や論文はほとんどないそうです。
活字時代からのノウハウを継承しているだけで、「これはどうすべきとか」「この場合はこういうふうにする」といった客観的かつ統計学的な分析をしてきませんでした。
例えば、写研から発行されていた「組みNOW 写植ルールブック」(1975年)という組版ルールの解説書がありますが、その中の表現も「○○と言われている」という言い回しで、必ずしも明確な解説ではありませんでした。
このように組版について学術的な研究が少ないため、前回触れた「日本語組版処理の要件」でも、複雑かつ厖大な組版要件のどの項目を優先すべきかは示されなかったそうです。
このために、アプリケーション開発などの現場で日本語組版処理を実装する上で、プライオリティを決められないという弊害があるようです。
つまり、日本語組版に関するすべての要件が揃わないと、いつまで経ってもシステムとしての検証や発表ができない、ということになります。
プライオリティを決めることができれば、最初は「AからBまで」を検討し、次は「CからDまで」を検討するという形で、ステップバイステップで開発していくことができます。
ところが現状では「何を最初に実装すべきか」ということすら明確に決められない。組版の要件をすべて実装できないと使えないのではないかということで、いつまでたっても決められない状況にあるということでした(図1)。
これは私も、言われてみれば確かにその通りだなという実感を持ちました。

根本的な仕組みが異なる紙媒体と電子媒体
次に、目的は同じでも紙媒体と電子媒体では根本的な仕組みが異なることが挙げられます。
紙媒体の組版は作り手側で完結し、読者に提示されます。
一方、電子媒体は読者の手元で完結します。
読者一人ひとりのデバイス環境が異なるため、デバイスに表示される瞬間まで組版が決定されないからです(図2)。
「読者にコンテンツを見せる」という目的は同じですが、そこに至るまでのプロセスが異なるため、紙媒体とデジタルでは、制作手法や考え方も変えなければならないということです。

このような課題を踏まえ、日本語組版タスクフォースでは、デジタルテキスト組版の継承に取り組んでいます。
活字時代からの組版ルールにとらわれない科学的な調査分析に裏付けられた、新たな組版ルールが必要なのではないかということです。
例えば横組みの場合、行末を揃える「箱組み」「テキストブロック」という組み方がはよく使われますが、どうしてブロックにしなければいけないのか、という問い掛けがあります。
実際に調査対象のユーザーの中には、行末を揃えない「ラグ組み」の方が読みやすいという事例も出てきているそうです(図3)。
その他にも縦組みが読みにくいというユーザーも現れ始めているようです。

紙媒体を前提とした従来の考え方でいくと「そうではない。こうすべきだ」という常識が、時代の趨勢によってどんどん評価が変わってくる。
さらに言うと、組版で一番大事なアクセシビリティ(利用しやすさ)やリーダビリティ(読みやすさ)の価値も変わり始めているのではないかということです。
そうなると、やはり作り手側もユーザーや時代の価値観に合わせていかなければなりません。
そのためには、電子媒体のための新たな組版ルールが必要になってくるのではないか。
日本語組版タスクフォースのセミナーの趣旨を、私はそのように理解しました。
【参考】電子媒体における日本語組版処理
日本語組版タスクフォースのGitHubでは、電子媒体における日本語組版の要件を文書化していくため、現在も議論を進めている(2026年4月時点)。
Japanese Language Enablement (jlreq)(JLReq 日本語組版要件)
https://w3c.github.io/jlreq/home
デジタルフォント標準化への長い道のり
ここまでは日本語組版の標準化について見ていきました。
では現在、デジタルフォントの標準化についてはどうなっているのでしょうか。
そこで、いつもお世話になっているイワタの水野社長に伺ってみたところ、デジタルフォントの標準化には、長い長い道のりがあるということで、いろいろな話を教えて頂きました。
要約すると、文字組版にはフォントと組版エンジン双方の協力が必要で、これがまず第一原則になります。
ところが組版のための仕様、例えばCSSの制定活動やフォントについての主要な制定活動は、ほとんど連携していないのが実情なのだそうです。
連携を難しくしている原因として、まず組版の仕様があります。
ウェブの組版は主にCSSで制御することになります。
ですが紙媒体の組版で使われるアプリケーションでは、Microsoft Office や Adobe InDesign、Apple Pages など、アプリケーション独自の組版エンジンが数限りなく存在します。
デジタルフォントの文字セットに関しても、和文フォントは「Adobe-Japan 1」(AJ–1)が主流と言われているものの、その他の文字セットも多数存在しています。

また、約物の連続、縦書きの中の文字横転などのルールがまだまだ不明確であること。
すでに様々な仕様の組版エンジンとフォントが流通していることや、「OpenTypeフィーチャー」(フィーチャータグ)も仕様が不明確だったり、機能が不十分であったりするなど、標準化を妨げている理由を挙げたら切りがないそうです。
これらの解決には、今後まだまだ相当の年月を費やす必要がありそうです。しかしこれらの難問に積極果敢に取り組まれているメーカーの方々が大勢います。そんなみなさまに感謝するとともに、大きなエールを送りたいと思います。
そして組版デザイン制作者としての我々は、メーカーから提供される様々なツールの検証とフィードバックを行いつつ、知恵と工夫をもって紙媒体と電子媒体の融合化に挑戦して参りましょう。
【次回予告】
次回は、変化するデバイスや標準化など、さまざまな状況に対応していくデジタルフォントの未来について考えてみます。
