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甲本ヒロト&真島昌利の楽曲から連想する映画について語ろう!【Part3】

先日6/29(月)25:00放送のTBSラジオ番組『伊集院光 深夜の馬鹿力』で、ザ・クロマニヨンズガス人間がかかっていた!

「NETFLIXで7月から放送されるドラマ『ガス人間』は見ますか?」というリスナーからのメールに答える流れで、ドラマのもととなった1960年の映画『ガス人間第一号』の話題を出しつつ、クロマニヨンズのガス人間という曲が好きだということについて話す伊集院さん。
ガス人間のBメロでヒロトの歌に併走してくるマーシー、コビー、カツジの「ガス人間、ガス人間」のコーラスが好きだと言っていて、ホントそれ!って嬉しくなっちゃったよね。

ガス人間

作詞作曲:甲本ヒロト

もう何も言うな ああ 愛しの人
忘れて欲しい ガス人間はいく
野良犬だけを 道連れに

『ガス人間第一号』という映画のことは全く知らなかったので、早速観てみた。
そしたら、やっぱりうっすらクロマニヨンズガス人間っぽい映画だった(ハナからそういうバイアスをかけて観ているから、というのもあるけどね)。

『ガス人間第一号』ゴジラシリーズの監督で知られる本多猪四郎と、ゴジラウルトラマンシリーズの特撮技師であり"特撮の神様"と言われた円谷英二のタッグによってつくられた一作。
怪獣やナントカ星人などの地球外生命体ではなく、人間を異能化させるSFなのだ。
頑なに芸の道に生きる美しき日本舞踊の踊り手・藤千代を八千草薫が演じている。
最初はガス人間が気体になって銀行強盗を繰り返すケイパーものなのかと思いきや、意外にも後半は藤千代とガス人間による悲しく儚いラブロマンスへと展開されてゆく。

で、映画には別に野良犬は出てこないんだけど、藤千代の小鼓方を務めている爺やが野良犬っぽい。
藤千代以外に寄る辺のない爺やの佇まいが醸し出す哀愁が、完全に野良犬のそれ。
そして爺やは何かに気づき、道連れになるのだ。
おぉ…クロマニヨンズガス人間っぽいじゃないか…!

こんな具合に、自分のなかで特別な関係として勝手に結びついてしまうヒロト&マーシーの曲と映画についてぶちまけたのが、1年半ほど前に書いた以下2つの記事。

今回はこれらに続く3回目を書いてみたい。

なぜなら日々を重ねるごとに、ヒロトとマーシーの曲と映画が、新たに自分のなかで勝手にどんどん結びついていって膨れ上がってきてしまうから。

そういう手に負えないものって、定期的にぶちまけるしかないじゃない。

今回はクロマニヨンズから(ガス人間含めて)4曲ハイロウズから1曲ブルーハーツから2曲をピックアップする。

尚、最初に断っておきたいのですが、この記事は映画の主題歌やタイアップの楽曲を羅列していくものではありません。また「ヒロトやマーシーがこの映画にインスパイアされてこの曲を作ったに違いない…」みたいな考察をしたいわけでもない。あくまでこっちが楽曲を聞いて連想した映画を挙げていくだけの妄想記事です。


ひどい目にあいながら下北沢

作詞作曲:甲本ヒロト

ああ ひどい目にあいながら 下北沢
ああ 遠ざかる 機関車は シカゴ行き

『街の上で』

『君は映画』

『ブルース・ブラザーズ』

クロマニヨンズ18枚目のアルバム『JAMBO JAMBO』のラストに収められているひどい目にあいながら下北沢

下北沢といえばヒロトが若かりし頃に過ごした街であり、音楽や演劇や映画、ファッション(古着)にカフェやグルメなど、言わずと知れたサブカルチャーの発信地である。
そんな下北も再開発が進み変わりゆく昨今。
かっての下北への郷愁が滲む、余韻の深い一曲なのだ。

そんな一曲に対してピックアップした映画は、いきなりの3本立て。

まずは2021年公開の今泉力哉監督作品『街の上で』

下北沢を舞台に描かれる青春群像劇で、撮影されたのは2019年ごろだそう。現在の再開発された街並みへと移行しようとしていた時期。下北の古い街並みの面影もありつつ、工事現場が映っていたりと街が変わっていこうとしている様子が画面の端々から感じ取れる。

ヒロト&マーシーファンにまず注目していただきたいのは、開始早々、若葉竜也演じる主人公の青が珉亭にフラッと立ち寄りラーメンを啜るシーンが出てくるところ(念のため補足すると、珉亭とはヒロトがブルーハーツを結成する前後の時期にアルバイトしていた下北沢の中華料理屋さんのこと)!
これだけでもういきなりの200点満点でしょう。
青は彼女に浮気されてそのままフラれたり、「自主制作映画に出演してくれ」と頼まれて頑張ったのに萩原みのり演じる学生監督にケチョンケチョンに言われるなど、結構なひどい目にあう(嫌な感じ演技が冴え渡る萩原みのり最高です)。

そんな青がとあるシーンでカフェのマスターとこんな会話を交わす。

マスター:文化ってすごいよね。創作物。漫画とか映画とか。あと小説とか音楽とか。やっぱ残るから。街とかよりもすごいなと思う時あるよ。街はどんどん変わるから。店も景色も。

青:街もすごくないですか?変わっても、無くなっても、"あった"ってことは事実だから。

このような会話からも感じとれる通り、この映画には、「いまはもう無くなってしまったものが、ここに確かにあった」ことをしっかりと捉える眼差しがある。文化的な営みのすべてを受け止めてきた下北沢という街を作品そのもので讃えている。
つまりは下北沢への郷愁がうっすらと漂うひどい目にあいながら下北沢っぽい映画なんである。

続いて2本目は現在絶賛公開中の『君は映画』
下北沢の映画館Tollywoodで映画を鑑賞する男女2人が、スクリーンを通して交錯するファンタジックな下北沢映画である。
Tollywood全面協力のもとに撮影されている。
余談だけど、さっきの『街の上で』の作品内で撮影される自主映画の上映会が行われる劇場は、このTollywoodなのだ。

下北沢に行ける地域にお住まいの方は、『君は映画』が公開されている間に、是非ともTollywoodで一度鑑賞してみて頂きたい。
自分が見ているスクリーンに、ついさっき歩いてきた道や階段、今いる場所が映し出され、物語が動き出していくという何とも不思議な映画体験が味わえちゃう。
そして映画を見ている自分もまた映画を生きているような気分になる、メチャクチャ楽しい映画だよ。
あと劇中「赤いチャーハン」というセリフが出てくるのも、ヒロト&マーシーファンには堪らない(珉亭のチャーハンは見た目が赤いことで知られている)。
Tollywoodの両隣にあるブリティッシュパブ・グッドヘブンズと居酒屋・三日月ロックも作品内でバンバン出てくるので、上映後にロビーや外に出れば、自分が立っている半径5メートルぐらいが、いきなり今観た映画の聖地巡礼なのだ。
そしてTollywoodは商業ビル・シェルボ下北沢の2階にあるのだが、1階のテナントはというと、古着屋シカゴである。
そう。下北沢の古着屋といえばシカゴじゃないか。
このシカゴが作品内で、それまで別々だったものを結びつけるリンクポイントになっていて、むちゃくちゃ重要な場所として登場するのだ。

ひどい目にあいながら下北沢では、ヒロトの詩的な想像力によって下北沢からアメリカのシカゴがひとつの線路で繋がっちゃうのだが、アメリカのシカゴへリンクする入り口は古着屋シカゴなのかもしれない。

アメリカ・イリノイ州シカゴといえばミシシッピ河流域の北部最大の都市であり、シカゴ・ブルースを生み育んだ場所である。
とくれば最後に当然シカゴが舞台の超名作『ブルース・ブラザーズ』に触れないわけにはいかないでしょう。

『ブルース・ブラザーズ』は1981年公開のジョン・ランディス監督作品。
ジェイク(小さい方)とエルウッド(大きい方)の兄弟が、自分たちを育ててもらった孤児院へ恩返しするためにバンドを組んでメイクマネーしようとするお話し。

この映画を簡潔に表すと「シカゴを舞台に繰り広げられる荒唐無稽な超絶バカコメディ&ミュージカル」。

まずジェームズ・ブラウンアレサ・フランクリンレイ・チャールズといった本物のシンガー達の圧倒的にパワフルかつソウルフルな歌声が聴ける!
それにシカゴの路上で、これでもかと言わんばかりに、おびただしい数の車をアホみたいにガンガンぶつけまくる…(多分200-300台ぐらいの車を無駄使いしている)!
そして劇中一箇所だけジェイクが満を持してトレードマークのサングラスを外すシーンがあるのだが、このタイミングとバカバカしさとつぶらなお目々が本当に秀逸…!
作品全体を貫くとんでもない熱量に唖然とさせられつつ、爆笑させられるのだ。

ぶっちゃけ荒唐無稽でくだらなさ過ぎて「どこがおもしろいのか全然わからん…」ってなる人も全然いると思う。
一方で劇中ジェイクがJBの歌を聴いて「これだ…」って神の啓示を受けるように、人生変わるほどブッ刺さっちゃう人もいたりする野蛮なエネルギーに満ちた作品なのだ(私が知っているだけでも、星野源Hi-STANDARD横山健恒岡章などがブルース・ブラザーズから受けた影響の大きさを公言している)。

ということで『街の上で』『君は映画』そして『ブルース・ブラザーズ』の3本立てで、ひどい目にあいながら下北沢を違った角度で味わって頂くのもオツなものですよ。

フルスイング

作詞作曲:真島昌利

フリフリ フレフレ フル フルスイング

『アルプスタンドのはしの方』

ひどい目にあいながら下北沢と同じく最新アルバム『JAMBO JAPAN』に収録されているフルスイング

以前この記事にも書いたのだが、フルスイングは三三七拍子に乗せた応援ソングである。

この曲から連想するのは、アルプススタンドで野球部を応援する高校3年生たちを描いた『アルプススタンドのはしの方』
2020年公開の城定秀夫監督作品である。

余談だけどさっきの『街の上で』には"城定イハ"というなかなかに忘れ難い関西弁の登場人物が出てくるのだが
「城定イハです。城定秀夫監督の"じょうじよう"です。」
と、自己紹介するシーンが出てくるよ。

この作品は主に4人の高校生を中心とした会話劇になっていて、舞台は野球場のスタンド席とコンコースの二箇所のみという限られたシチュエーションに絞られている。
野球の試合そのものは映さない。
つまりは演劇的な、想像力を掻き立てられる作品になっている。

本来アルプススタンドに集う観客は、試合をする野球部の子たちを応援するために集まっているが、この映画ではスタンドの端っこのほうに座っている子たちの方を応援する映画なのだ。

で、この作品ではブラスバンドの演奏によってブルーハーツTRAIN-TRAINのメロディが聴けちゃう。
しかもTRAIN-TRAINは割と重要な曲として扱われていて、劇中2回演奏されるので、これまたヒロト&マーシーファンには堪らない。

映画が公開された2020年はコロナ禍真っ最中である。一生懸命に頑張ってきたのに感染症によってハレの舞台を奪われてしまった子たちへ、ささやかながらでも、せめてもの後押しをしたいという、送りバント的な尊い小品である(作品内で出てくる感染症はコロナではなくインフルエンザなんだけど)。

なのでこの映画を観ると、フルスイングも、バッターボックスに立つ選手たちだけではなく、球場に集まってきた観客たちまでも全部ひっくるめて応援しているかのように聴こえてきゃうのだ。

紙飛行機

作詞作曲:真島昌利

団地の窓から 飛べ紙飛行機
メロン色 若い空を 突き抜けてゆけ

『どこまでもいこう』

シングル曲であり2ndアルバム『CAVE PARTY』のオーラス曲である紙飛行機。以前この曲はジブリの『耳をすませば』を思い出すと、この記事で書いた。


しかしもうひとつ新たに結びついてしまった映画がある。
それは1999年公開、塩田明彦監督の『どこまでもいこう』

この作品はサブスク配信されておらず、DVDも廃盤になっているため気軽に観ることが難しい状況になってしまっているが、去年運良く地元の映画祭で上映されていたのを観ることができた。

で、これがもう控えめに言って名作でして。

団地で暮らす小5か小6の男子2人の特別な関係を描いており、もともと団地に住んでいた是枝裕和監督が、最も好きな"団地映画"に挙げている作品らしい(是枝監督は『海よりもまだ深く』『万引家族』で団地に暮らす家族を描いている)。

個人的な見立てでは是枝裕和監督の『怪物』は、是枝版『どこまでもいこう』じゃないかと思っている。
『どこまでもいこう』も『怪物』も、特別な関係の2人が、どこまでも行きたかったのに行けなかった話し(『怪物』の方はひょっとしたら行けたのか?と思わせる余白があるが)。

話を戻すと、この映画の中にまさしく「団地の窓から 飛べ紙飛行機」なシーンがあるのだ。

主人公アキラの団地の部屋に友だちの野村くんが遊びにくる。
窓の外には向かいの団地の棟が建っており、そこには気になるあの子が住んでいる部屋がある。
ベランダにはなんとその子が立っていてこちらを見ている。
そんな状況で、アキラは紙飛行機を何機も窓から飛ばすのだ。
しかしアキラは身の回りのもので工夫して創造する能力に長けていて、単純にただ投げて飛ばしたりなんかしない。
紙飛行機にロケット花火をくくりつけて、導火線に火をつけて飛ばすのだ。
「スーイ スーイ スララ」
ではなく
「ヒューーーーーン パァーン」
と高速でメロン色の若い空を突き抜けて、弾け飛ぶ紙飛行機。

ちなみに後の展開によってこのシーンの余韻がとてつもなく増幅される、作品全体でもかなり重要なシーンになっている。

クロマニヨンズは一旦置いといたとしても、隠れた名作映画として激プッシュしておきたい。
これぞ
「人気はないけど ぼくは好きなんだよ」(『映画』ザ・ハイロウズ)
な一作である。

アジア(愛のテーマ)

作詞作曲:ザ・ハイロウズ

『世界残酷物語』

アジア(愛のテーマ)ザ・ハイロウズが99年にリリースした罪と罰のマキシシングル収録されているシークレットトラック。
その後アウトテイク集版『flip flop』に正式収録されている。
作詞作曲はハイロウズのテーマブラックハワイ(愛のテーマ)と同じくザ・ハイロウズ名義。
どうやら"テーマ"系の曲はみんなでつくるみたいだね。

この曲はちゃんとした歌詞がほぼ無くて不穏な音が鳴っているなか、ひたすら「ウゥゥ…、ハッ!」とか呻き声なんだか叫び声なんだかよくわからん奇声がずっと聴こえるというシュールな怪曲。
このどこか原始的で文明未開花な雰囲気が漂っている一曲を聴いていると、毎回モンド映画を連想させられるのだ。

"モンド映画"とは世界各地の奇習や風習、あるいは衝撃映像を、虚実取り混ぜて構成したドキュメンタリー風映画のことね。

モンド映画といえばヤコペッティであり、ヤコペッティといえば1962年公開のドキュメンタリー映画『世界残酷物語』(イタリア語原題 "Mondo Cane" 直訳:「犬の世界」)である。
この映画は文明が開かれた現代(といっても60年前だけど)においても未だ残る世界各国の奇習、奇祭などを集めた映画で、その後のモンド映画ブームの先駆けとなった一作である。
「残酷」とタイトルにあるのでグロテスクで観るに堪えない映像ばかり見せられるのかと思うかもしれないが、意外とそこまでじゃない。
もちろん目を覆いたくなるようなシーンもあるにはあるが、酔っ払いが千鳥足で踊ってたり、じじばばがハワイでフラダンスを踊っていたり、ぜんぜん普通の映像ばっかりだったりする。
なんならフラダンスのシーンはブラックハワイ(愛のテーマ)を連想させたりもする。

『沈黙の春』(レイチェル・カーソン)ばりの自然破壊への批判を込めたような社会的メッセージも感じさせる一方、かなりシュールで諧謔的な雰囲気があって笑っちゃうシーンも多い。
アジアに関しては日本、中国、台湾、シンガポールなどが出てくる(日本は2回出てくる)。
一応ドキュメンタリーと謳っているものの、「いやいや、明らかに演出つけてるだろ…」と心の中で突っ込まずにはいれなくなる、どこか胡散臭くていかがわしい雰囲気も漂っていて、虚実皮膜の妙がある。
それにシーンが切り替わって次のシーンへ移行する際、前のシーンと関連する映像を意図的に持ってきて、つないでいくというDJっぽいセンスも感じられる。
単なる奇抜な映像の羅列ではなく、全体でひとつの作品として浮かび上がるように手が入っている。

決して残酷なものばかりを集めた悪趣味で奇怪な作品というわけではない。
むしろ人間の原始性ってどこまでも行っても変わらないよね?普遍的だよね?というようなヤコペッティの愛のある眼差しや包容力を感じさせたりもする。
作品のビジュアルをもう一度よく見ていただきたいんだが
「VIVA!ヤコペッティ」
とか書いてあって茶目っ気もある。

このシュールで奇怪なんだけど、どこか愛と茶目っ気が感じられる、ってところがアジア(愛のテーマ)っぽい。
モンド映画の魅力をわかった上でこの曲聴くと、わりと豊かに聴こえたり聴こえなかったりするかもよ。

ホームラン

作詞作曲:真島昌利

野球をやりにいこうよ 河川敷のグランドへ
野球をやりにいこうよ みんなを集めて

『さよならはスローボールで』

この曲と映画についてはさっき上でもリンク貼っているこの記事にガッツリ書いたので、再度リンクだけ貼っておくに留める。

リンダリンダ

作詞作曲:甲本ヒロト

ドブネズミみたいに 美しくなりたい
写真には写らない 美しさがあるから

『シド・アンド・ナンシー』

最後はこの曲。
日本の音楽史上における革命的な一曲であり、全く耳にしたことがない人なんてほぼいないんじゃないかというほどの、ブルーハーツの代名詞的な一曲である。

そんな曲から連想するのはSEX PISTOLSのベーシスト、シド・ヴィシャスとその恋人ナンシーを描いた『シド・アンド・ナンシー』

作品の前半はピストルズの音楽がガンガンかかってイケイケで、ど真ん中にシドがソロで歌う『My Way』のPVオマージュがあって、そこからの後半は2人だけの世界にだんだん閉じていくという構成になっている。
前半のピストルズのLiveシーンとツアーに出て移動するバンの中で楽しそうにワイワイしているあたりのシークエンスは映画『ボヘミアン・ラプソディ』で観られるQUEENのツアーシークエンスを彷彿とさせたりもするので必見。

で、わりと序盤のとあるシーン。
まだイケイケでヤンチャな悪友といった趣のシドとジョン・ライドン(ジョニー・ロットン)が、2人でリンダという女友達のアパートの前に車で乗りつける。
車から降りた2人はリンダの部屋の窓に向かって交互にこう叫ぶのだ。

ジョン・ライドン「リンダ!」
シド「リンダ!」

!!!

そんなの絶対リンダリンダ連想しちゃうじゃん…!

さらに後半。
ドラッグ漬けの日々で見るも無惨な状態へと陥っていくシドとナンシー。まるで誰からも忘れられてしまったかのように2人だけの世界に閉じてゆく。
そんな2人がとあるNYの路地裏の吹き溜まりに佇んでいる。
ゴミが風で舞い上がる吹きっ晒しのなか、小汚らしいシドとナンシーのシルエットが重なるシーン。
ここがもう息を呑むほどに美しい。
ドブネズミみたいに汚らしくてうらぶれた2人が、それでも互いを「君を離しはしない」と言わんばかりに抱きしめる。
ロマンチシズムに満ちたフォトジェニックな美しさに、ほぉぉぉぉっ!と息を飲まされちゃうのだ。

ろくでなし過ぎてどうしようもない2人なのに、なぜだかとてつもなく美しくて、かけがえのない存在に見える。
リンダリンダと同じように"美しさ"の価値が反転してしまう魅力が綴じ込まれている映画なのだ。


以上、「甲本ヒロト&真島昌利の楽曲から連想する映画」についての記事Part3でした。

正直『ブルース・ブラザーズ』以外はあまり知られていない映画たちかもしれないけど、もしも気になる作品があったら是非とも観て頂きたいです。
その映画を通して、ヒロト&マーシーの曲がさらに味わい深く感じるようになるかもよ…。

いやぁロックンロールと映画って、やっぱり本っ当に良いもんですねぇ〜!

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